32.女神と対峙致しますわ

キャロレンが落ち着いた頃、ドアから「覚えのある魔法の気配がすると思ったら」とエメリスお兄様が顔を出した。


あら、姿を変えたルーベルンね。

私の魔法を追ってきたなんて上手い部屋の入り方。彼は大袈裟にちょっと涙ぐんだりして私を小突いてくる。


「ハリエッタ、心配してたんだよ。家族に何も話さずパーティ当日にあんな事をするなんてひどいじゃないか」


「エメリスお兄様、色々ごめんなさい。わたくしにも事情がありましたの。けど、今は先に確かめたい事がありますわ」


さっさと聞いた方が良いわよね。


「キャロレン。あなたはエメリスお兄様をお慕いしてるのではありませんか?」


「…えっ?」


キャロレンは目を丸くしてから赤くなり、エメリスお兄様の姿であるルーベルンも驚いた顔をして見せてくる。

キャロレンはさすが分かりやすい。


「お姉様…ひどいっ。わたくし、お墓に入るまで言わないつもりでしたのに」


「キャロレン。それは…本当かい?」


「お兄様。迷惑をかけるつもりはありませんわっ。義理だけど、わたくし達兄妹ですもの。お兄様には素敵な奥様がいて、わたくしは別の男性と結婚したら何も問題がない。そうよね?わたくしはここで育てられてお兄様とお姉様に出会えて…それでもう充分幸せだから、これ以上なんて望みませんわ」


「キャロレン」


赤くなって一生懸命話すキャロレンの手を、エメリスお兄様の手がそっと握る。


「嬉しいよ。血が繋がってないのは皆も周知だ。リーウェも私のそういう気持ちを分かっていて、ずっと「だから大丈夫」だと周りにアピールしていた」


「お兄様…も?」


「初めて見た時から守りたい。愛しいと思った…大きくなると女性として好きだった。だけど、私達は義理とはいえ兄妹になってしまった。どうしたら良いのか分からなかったよ。だから避けたし好きじゃない振りをするしかなかった」


「お兄様…っ」


「家族の形を少し変えて、私の第二夫人になってくれるか。周りに何か言われても、これから何があっても君を守るよ。第一夫人になるリーウェは身体があまり丈夫では無い。だから、色々お互いに教え合って支えて欲しい。変わった動向をいつもわくわくして見て、リーウェは…キャロレン。おまえが大好きなんだよ」


「…はいっ!」


そういう感じにするのね。

さすがルーベルン。上手いわ。でもリーウェ嬢の事なんて持ち出して、後々のフォローは大丈夫かしら?


(キャロレンがエメリスお兄様と第二夫人としての結婚を決めるなんて、すごい展開ね)と気持ちで呼びかけてみた。


すると「そうなんですか?」とルーベルンの声が返って来る。


(そうなんですかとは…?)


「僕はグレース家に来ていたマリアさんを尾行して、行けなくなってたんです。気配を勘付かれない為に静かにしてました。この短時間で何があったんですか」


(!マリア、来てるの?大丈夫なのっ?)


「屋敷の塔に登り始めてます。身体に真っ黒な影がついていて…あれは邪気だな。何をする気か分かりません。泣きながら、でも穏やかな顔で階段を登っています。どういう事なのか、どうしてキャロレン嬢の魂の方に来ないのか…僕にはさっぱり…」


ざあっ、と今までのマリアの言葉と皆の本当は優しい隠された気持ちの言葉が私を巡った。


マリアにも隠していた気持ちがあったんじゃないの?


「自分が恵まれてると自慢しに来たなら、帰ってくださいません?」


「わたくし、あなたみたいなタイプは嫌いですわ」


「どういう意味ですの。我が一族があまり良くない扱いというのはいつか話した通りですわ。ハリエッタ、あなたもしかして。今になってわたくしに不穏な感じがするから縁を切りたいとおっしゃるおつもり…?」


「あなたって本当におかしなお友達ね」


利用するつもりで近付いたのは私も一緒。

形は違うけど、理不尽な扱いを受けて怒ってるのも一緒。

私とマリアは愚痴仲間だった。

それが苦痛じゃなかったのは、『私たちは境遇が似ているから』。


マリア。

そうだったのね。



私はキャロレンと本物のエメリスお兄様をそのままにして部屋を飛び出し「落ちたら死んでしまう。だから入ってはいけないよ」と教えられていた自分の屋敷の階段を初めて駆けた。


ルーベルンが「そちらへ行きます」と言ってくるけど、私は(マリアが無事か見張ってて)と返した。


「では魔法で補助致します」


(ありがとう)


ルーベルンの風魔法が足首周りに出現し、私は身軽になってぽんぽん階段を3段跳び、四段跳びしあっという間に塔のてっぺんについた。


ああ、思った通り。

マリアは塔の端に向かって歩いてる。


「キャロレンは生きてるわ!」


私が大声で彼女の小さな背中に声をかけると、マリアは真っ青で白眼部分も黒い、牙が口から少しはみ出ている悪魔みたいな顔で振り向いた。

なんだか天候も嵐が来そうな強い風、刺さる勢いの斜めの雨。アニメで見た悪魔召喚ってこんな感じだったような気がするわ。

そのリアル場面に自分が主役で立ち会うなんて人生って本当に分からないものね。


「良かったですわ。また、あなたが…止めたんでしょうけど」


「マリア。女神様。あなたは自分が死ねば解決だと今思ってる!そうでしょう?」


「……」


「そうに決まってる!私とあなたは似てるんだもの!」


私がそう言うと、「似てないわよ!」とマリアは掠れた声で大きく泣き声を上げた。

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