30.言葉の神様ラング

私はパルパル様の言う通り飛び出すのはやめて、こそっと顔を瓦礫の隙間から覗かせてシュナイツァーとルーベルンの様子を見る。


ズラッと並んだ朽ちた椅子と椅子の間にある場所で、シュナイツァーは神様の割れたステンドグラスの方を向いておりルーベルンとは顔を合わせてない。

ここからじゃシュナイツァーがどんな顔をしているのか見えないわ。ラング様は自我が強くなっているみたいだから、顔つきを見ればどちらが話してるか分かりそうなのに。



「ハリエッタ。私達のハリエッタ、出ておいで。いるのは分かってるよ。君はちゃんと話さないで一方的に別れを投げつけるような人だとは思えない。隠れて安全な場所から見てるんだろう?そんなのはずるいじゃないか、君はあれから自分で何を決めたっていうんだい?」


「やめろ、ハリエッタ様は僕の忠告でそうしてるだけだ。人の優しさにつけ込むな。例え神とて、僕の大切な人に侮辱は許さない」


ルーベルンが怒って言い放ち、その時にぱっと瓦礫の隙間から覗いてる私と目が合う。即座に「やめなさい」と心に呼びかけが来て、私は身体を引っ込めた。


「君達を傷つけたくはないんだ。私が言ってるのはシュナイツァーのシナリオの事だよ。ハリエッタだって最初はシナリオクリアに向けて頑張ってただろう?今はリスク承知で独立したみたいだから。彼も仲間に入れてやって欲しいんだ。もれなく私もついてくるがね」


「なんだと…」


「シュナイツァーのシナリオは最初に言った通りのものだ。だが彼はもうやりたくないと言ってる。一生ハリエッタ以外の女性とは関わりたくないそうなんだ。つまりもう死のうとしてる。女神のシナリオについては独自に調べたよ、魂の浄化に使えるなら本来はハリエッタがいなくなった後に糧にする予定のシュナイツァーでも問題はなさげだった」


「ハリエッタが扱いずらかったから、次はシュナイツァーの魂で埋めるつもりだと?そんな人を人とも思わないような…」


「こんなシナリオを考える女神に慈悲があると思うのかい。実際、シュナイツァーの気力を吸い取ってキャロレン嬢はすごく元気になっている。ルーベルン、君もハリエッタがいなくなった後、犠牲者が1人も出ない未来を想像していたんだろう?パルパルは最初から分かっていて黙っていたんだ。友愛の神は揉め事に対して慎重だからね」


「パルパル様を侮辱するな」


「するわけがない。憎しみと犠牲が増えるのを減らすのが仕事なんだからパルパルの仕事は完璧だ。みっともないのは私だよ。私がこんなに粘って騒いでるのは君達が悪意無しにシュナイツァーに全てを押し付けてるのに気付いて欲しかったから。シュナイツァーも同じ気持ちだろうに、彼は上手く話せない。おかしいじゃないか、言葉は通じて話せるのに分かり合えないなんて…そんなのは悲しすぎる!!だいたい、君達の敵は女神だろう…シュナイツァーが何をしたというんだ。だから、私がこうして…」


軽快だった口調が、だんだん弱くなっていき、私がまた覗くとシュナイツァーの身体がよろめく。


「ラング様、」


ルーベルンが駆け寄って抱き止めるが、もうシュナイツァーの身体がずっしりと重く動きにくいのだと遠くからでも分かる。


「私は良い…私は、消える予定だった神だから。最後に人と沢山話せて楽しかった。だけど、シュナイツァーは何も悪くない。私を助けただけだ。後は利用されていただけだ。他にも同じ子が…どうか彼を、彼女を、助けて…ほしい…」


「ラング様、ラング様…っ」


私はもう分からなかった。

ただ、シュナイツァーもラング様も悪い人じゃなかったんだと安心して同時に泣きそうになって、

飛び出して眠ってしまったシュナイツァーの身体ごと2人を抱きしめた。


♢♢♢♢



「外側や言葉で判断していたのは私も一緒だった…私、女神と話をつけなきゃいけないわね。ラング様とシュナイツァーと、もう一度話したい。喧嘩でも良いわ、2人の元気な姿を見たい」


眠ってるシュナイツァーは、パルパル様が教会の小部屋に目隠し魔法の壁を作り、その中に生命光花ローズティンクルをふんだんに入れたベッドに横たわっている。こうしていれば、当分は死んだりしないという。

花に囲まれて眠ってるシュナイツァーは王子様みたい。白雪姫の逆バージョンね。

私が彼を目覚めさせるのよ。


「僕もお供します」


「ルーベルンがいたら甘えちゃうから」


「貴女が何を考えてるかは分かってます。どうせ自分の魂をあげるとか考えてる。それだと僕も、ラング様もシュナイツァーも全く嬉しくありません」


「う」


バレてる。

ルーベルンたらさすが私の事分かってるわね。


「そうは言っても女神に会いに行くなんてどうしたら良いのかって話よね」


「え?気付いてるから話をつけにいくと言ったんじゃないですか」


「気付いた?何が?」


「何がって……まさか…美月さん、本当に気付いてないんですか…?」


「ん?」


「あの人は、僕が見えていた。パーティで助けてくれなかった。グレース家に出入りしてた。キャロレン嬢にパーティの騒動の後なぜか近づいていた。これら全部をしてる相手が、貴女のすぐそばにいたじゃありませんか。呪いの一家と忌み嫌われている一族という割に、何代も続いて血が絶えないのは何故か」


「…嫌われてる一族…」


「誰かに利用価値があるからです。この世界で好きに動く為に。僕達がしたような契約をして、身体を乗っ取ってる可能性は高い。実際にシュナイツァーの身体はラング様が動かしていた。もう分かるでしょう?」


「…っ…」


考えないようにしていたけど、

そうね。無理ね。

これには私も怒った。


何がシナリオよ、悪魔の呪いよ。

女神がどんだけ辛いか知らないけど、人の気持ちや人生引っ掻き回して…っ


大変なのは私だけじゃなかった。

いつから?仕方ないのに、気付かなかった自分がもう許せなかった。



「パルパル様、だからあなたが来たんですね。堕天使になったのも…」


ルーベルンが黙って怒りで震えてる私の肩を、そっと抱いてくれる。

それで少しは落ち着けた。


「…女神が、悪魔に変わる寸前まで来てます。ごめんなさいね、ラング。嫌な役を引き受けてくれて。私はやっぱりあなたにはまだ敵わない。事なかれなんて考えで人の気持ちを考えてなかったわ」


パルパル様はシュナイツァーの袖をまくり、猫キスをした。


「あなたは口が悪いけどやっぱりかっこいいです。ルーベルン、美月さん。私がラングとシュナイツァーさんを守ります。私達が行くと女神は勘づいて逃げるでしょう。あと5人の神に呼びかけてます、それまでどうか時間稼ぎをお願いします。女神が悪魔になってしまったら…沢山の魂が巻き込まれて永遠に消えてしまいます」


「はい!私は元々餌ですから、任せてください!」


「美月さん、ご自分をそんな風に言わないでください。確かに僕は美月さんに吸い寄せられますが」


「え、う、うん。ありがとう…?」


ルーベルン、すかさずラブコール送ってこないでよっ。ちょっと気が抜けたじゃないの。


やけにおおごとになってきたけど、私は自分の見てきた小さな世界を守る為にやってやるわ。これで女神に殺されたら、それはそれ。あ、とか考えたらルーベルンが…


「僕より先に死んだら怒りますよ?」


「うーん、気をつけるね」


私は苦笑して「待っててね」と反応の無いシュナイツァーの手を握った。


うっすらとラング様は光って応え、私達を勇気づけてくれた。


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