23.婚約破棄へのプレッシャー
婚約の正式お披露目パーティの当日。
私は真っ直ぐな想いを伝えてくれたルーベルンにどう接したら良いのか分からず、朝食も放心したまま食べてドレスに着替え女中達に身支度を整えてもらってふよふよとした足取りで家族と馬車に乗り込んだ。
「美月さん、緊張するのは分かりますが…ハリエッタとして今日はしっかり胸を張って過ごしてください。シュナイツァーが何をしてくるか分からないのでキャンベング家のマリア嬢に以前伝えた作戦のつもりで挑みましょう」
(あ、はい…)
「僕がついてます。婚約破棄をされた後何処かに追放されてもそれはそれで自由だ。処刑はさせません、必ず助けます」
う。キュンとする…シュナイツァーに敵対心抱いてるのか呼び捨てになってるし。
そして顔が近いわルーベルン。
今までもこうだったかしら…
作られた姿って分かってるのに透き通るような瞳に程良い彫りの深い顔立ち、ショタイケボ。
今まで中身はともかく外見は目の保養だわ〜くらいに思っていたのに、中身が私に気持ち傾いてるとなると照れまくっちゃうじゃないの…っ
「ハリエッタ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
「はは、一人前の振る舞いをしていたからどうなるかと思っていたがまだまだ子供だなあ」
「そうよお姉様。わたくしもついてますわっ」
私は一体どんな顔をしていたのかしら。
キャロレンはともかく、両親も優しくしてくれる。木の香りが少しする揺れる馬車の中で久しぶりに見た両親の笑顔はひきつっていなかったわ。
♢♢♢
王家から直々に貸し出されたというパーティ会場はとてもとても広く、床も壁も天井もぴかぴかに光っていた。天井画が描かれていて、7人の神様がいる。
そういえば思い出したわ。ずっとずっと前に神話の勉強をした時。今は信仰がほとんど薄れたけれどかつてはこの神々が王家を護り国をあげて丁重に祀られていたとか…
パルパル様もその内の1人なのかしら。
「さあさあ、未来の花嫁さんはこちらへ」
「どうぞ、ハリエッタ様」
家族と別れた私は控室に案内され、グリンド家の召使い達が身の回りのお世話をしてくれる事となる。まるでもう結婚したみたい。
休憩用のソファ、ベッド、化粧台、沢山の鏡。控室って特別ゲスト感があって芸能人みたい。そうよ、私は今日の主役だもの。
前世では擬似結婚体験すらした事ないから、周りも祝福モードだしお祭り前や発表会前みたいでそわそわドキドキするわ。
窓の外にはぞろぞろと煌びやかな集団が。一際目立つのは王家の姿。少しだけど王様が見に来るというのは本当だったようね…
婚約破棄、婚約破棄と長年張り切って目指していたけれどいざこれからってなると「破棄されたらやばいんじゃないかしら?」という気持ちが強くなってくる。
シュナイツァーが応じてくれないなら私が一人相撲で皆の視線浴びるのよね…くっ。
両頬をばちん!と叩いて気合を入れると「何をされてるんですか!」と周りの人達に心配される。ごめんなさい。
「ハリエッタ様。シュナイツァー様がいらっしゃいました」
シュナイツァーが入って来る時、ルーベルンが黙って私の隣に立って身構えた。周りに召使いがいるから大丈夫なのに…ルーベルンったら。
真っ白な軍服調正装姿のシュナイツァーは髪をオールバックに整え、まさに伯爵家の一人息子という圧倒感。腰に剣も差してるけど、あれは本物かしら。
「ハリエッタ、綺麗だよ」
「…ありがとうございます。貴方もまるで別人のようですわね。今だけじゃないわ、あの夜からずっと」
私がわざとカマをかけても
「あの夜はお互い忘れられない夜になったね。今でも私はドキドキしてるよ」
と甘い言葉で返されて、周りにニヨニヨされる。そうだけどそうじゃないっ…!
ルーベルンは明らかに不愉快そうな顔つきになってるし、私の気持ちが忙しい。
「行こうか、ハリエッタ」
シナリオ通りなら。
ここでシュナイツァーがキャロレンを連れてパーティ会場に出て行き、会場で放置されてもチラチラちょっかいかけてくる私に邪魔で仕方ないから婚約破棄すると言い放つ流れ。
でも細長い腕を差し出され、私はそれに手を添えて一緒にパーティ会場の開いた扉に向かった。
わあっと歓声が上がり、光に照らされたフラワーシャワーが舞う。家族の嬉しそうな顔と来客の拍手が暖かくて…不覚にも感動してしまった。
シュナイツァーにエスコートされて敷かれた絨毯の上をゆっくり進み、豪華絢爛な主役のテーブル席へ案内される。そしてグリンド家とグレース家それぞれのお父様の挨拶。
そして王様からの祝福の言葉。
ポーッとした状態でその流れを見つめていた私は、シュナイツァーが挨拶で席を立つ時ようやくハッとして心でそばにいたルーベルンに話しかけた。
(いやもうこれ結婚式じゃない!?ここから婚約破棄の流れって正気の沙汰じゃなくない?!)
「大丈夫、1人ではありません」
ルーベルンはクイッと顎でマリア達がいる妙にぽっかり空いた場所を教えてくれる。私はマリアと目を合わせ、お互いに軽く頷いた。
「本日は皆様、私シュナイツァー=リレ=グリンドとハリエッタ=ミレ=グレースの正式婚約パーティにお集まりいただきありがとうございます。さあ、ハリエッタ。君も一緒に立って皆様にご挨拶を」
視線が私に集まる。
…ここで。
ごきげんよう皆様、今日はありがとうございますと言えば幸せになれる。来世砂でもルーベルンはついてきてくれるって言ってたし、ここで恨みを買って追放されても成績はどうせ消し炭…何より皆のキラキラした視線が痛い。
無理よコレ。
ここからどうやって揉める方向に持っていくの。私が一言失礼な発言をしたら良いだけって分かってはいるのに、声が出ない。
何とか席を立ち、シュナイツァーの隣に行くと目が合うなりその笑顔に圧倒されてますます無理になる。
もうダメだ、何も言えない。私なんてやっぱり砂の女なのよ。砂の女ってなに…?
またよろめきそうになった時、ぐっと腰を抱かれて引き寄せられた。
周りからは抱き合ってるように見える姿勢になり、「おやおや」と来客が見守る中抵抗するのも変よねと固まってると、シュナイツァーに囁かれる。
「それで良いの?花咲く時をずっと待っていたのに随分つまらないね」
…え?
「君の幸せは誰かにしてもらうものなのかな。自分で掴み取るものじゃなくて。人生ってそういうものじゃないだろう、全部自分で動かすんだよ。君だけじゃない、全ての努力を無かった事にして無難に。それで良いのかい?」
「シュナイツァー、貴様何を…離せっ!」
ルーベルンが怒って言ってくるけどシュナイツァーは至って冷静だった。
「可愛いからって甘やかすなよ。底辺になりたければなればいい、楽な道を選んで落ちる所まで落ちると良いよ」
信じられない言葉を聞いて、私は咄嗟にシュナイツァーをばん!と突き飛ばしてしまった。
会場がざわつき「ハリエッタ!」とお父様とお母様の悲痛な声が聞こえる。
こうなったらこの流れを使うべき。
それに、さっきの言葉は許せない。私とルーベルンの事なんて何も知らないくせに…っ!
「…っこんな人とは結婚出来ません!!」
「急にどうしたんだい、ハリエッタ」
白々しく傷付く風を装うシュナイツァー。
もう引けないわ、こうなったら婚約破棄誘導、やるしかない。
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