21.何だか疲れてしまいましたわ


グレース家に帰り、家族がパーティの手筈や伝達など一通り終え揃ってお茶の時間を過ごしていると聞いた私はもう随分と同席を許されていないその部屋の前に行ってみた。


婚約パーティでお披露目後はグリンド家が用意してるという新居へ徐々に移る流れらしいと聞いた。この辺りは婚約破棄するからあり得ない展開だと真面目に聞いてなかったから多分、なのよね。

その事情から今多少の図々しさはアリよ、とノックする手を持ち上げた時に立派な扉の向こうからお母様の声がする。


「ハリエッタがやっとこの家を出て行ってくれる。グリンド家に感謝しかないわ。あの子ったら人が変わったみたいにどんどん顔つきがキツくなって…今ではあなたの方が可愛く見えるわ、キャロレン。素性や血の繋がりにこだわっていた私が愚かだったわね」


「ありがとうございます、おかあさまっ。けどハリエッタお姉様を悪く言うのはおよしになって」


お母様とキャロレンがお茶会をしてる。

私がマリアとばかり話すようになったから、お母様は話し相手になってくれる娘が欲しかったのね。そしてキャロレン、私の事フォローしてくれるなんて…本当のヒロインみたい。


「キャンベング家を呼ばなければいけない程に親密になったお姉様の真意はご本人に聞いて確認を…」


「ハリエッタには前もう聞いたわ。あの子ったら、家柄や噂で人を判断するのはよろしくないなんてもっともらしい事を言うの。キャンベング家が式典に参列するのは不幸を運んでくるというジンクスがあるのに」


「お姉様はそういう考えだから素性の知れないわたくしも受け入れてくれたんですわ」


「キャロレンは来て10年以上経つけれど、悪い事なんて一つも無いじゃないの。キャンベング家の呪いとも言える不幸は、財産が消えたり誰かが病に倒れたり…酷い時は身分が一気に落ちてしまうような事があるらしいわ」


「ハリエッタお姉様がきっとそれを打ち消してくれますわっ。わたくしお姉様が大好きですもの。もちろんお母様もっ」


「そんなに簡単にいくわけないでしょう。もう、その笑顔。癒されて落ち着くわ」


「えへへ…お母様大好きです。お姉様はきっと優しいままです、いつか元に戻りますっ」


急に話が通じなくなる辺りに仔犬感があるわね…

私は敵役なんだからあちらがエスカレーター式成功者の良い子モードなのは当然。


もう明日はどうなるかも分からないし何も頑張れない気分だけど、キャロレンがシュナイツァーをどう思ってるのかくらいは確認したいわ。


「それにしてもグリンド家のシュナイツァー様があんなに積極的だなんて驚いたわね、キャロレン」


「ええ。まさかお姉様をお誘いに来ていたなんて。今朝女中とシュナイツァー様ご本人から聞いた時はきゃーっ♡となってしまいましたわっ」


「私も嬉しくってお父様に言ってしまいましたわ。もう子供が出来ていたら…それはそれで。ハリエッタも悪いお友達と交流する頻度が下がりますものね。孫が楽しみだわ」


??!!

そこを利用して突く予定だったのにキャロレン本人に私目当ての訪問だったって周知済みじゃないの…?!

シュナイツァぁぁ…っいつの間に!

絶対今のシュナイツァーは別人だわ。

誰なのあれっ!

もう私の手札ってなんなのかもはや分からなくなってきたわ。めまいしてきた。


「うう…」


「ハリエッタ。そこで何をしてるんだい?」


よろめいてると後ろから聞き覚えのある声をかけられ、私はビクッと振り返った。ルーベルンが私の斜め上に浮かんでるのが見え、そこには麗しく成長して眩しいくらいの容姿と立ち姿を備えたエメリスお兄様。緑貴重の立派だけど涼やかなグレース家紋様の貴族服がものっすごく似合う。

香水の良い香りもするし、これが私の兄とかつくづく信じられないわ…と、しばらく見惚れてしまった。


「ハリエッタ?」


「…っあ!ごめんなさい。ごきげんよう、お兄様。リーウェ様も元気?」


「ああ、元気だよ。それより顔色がものすごく悪いね。大丈夫かい」


お兄様は変わってしまった私もグレース家にすっかり馴染んでるキャロレンもずっと避けてる賢い方。

けど、こうやって大事な時はちゃんと気付いてくれる。身も心もイケメンだわ。

ハリエッタが自慢の良い子だったら今頃もっと仲良くなれていたのに…それはそれでブラコンになったかしら。もしかしたら今の状態が正解かもしれないわ。それくらいにお兄様は立ち振る舞いも距離感も素晴らしい、理想の男性なんだもの。


「大丈夫ですわ」


「そうは見えないよ。パーティの前で緊張しているんだろう、リーウェも同じだった。お茶会で気を紛らわしたい気持ちは分かるが無理はいけないよ。部屋に送るから早めに休むと良い」


エメリスお兄様は私の肩を優しく抱いて、久しぶりに微笑んでくれた。

普段避けられていてもちゃんと心配してくれる。ああ、家族なんだな…なんて。私は不覚にもじーんとしてしまった。


ルーベルンは私の横にふわんと浮いた状態で、エメリスお兄様のその手を何処か悲しそうな表情で見つめていた。



♢♢♢



「はあ…」


「ハリエッタ…いえ、美月さん。夕食を食べないと具合が悪くなりますよ」


本来なら家族とそれなりに豪華な晩餐をするところだけど、私は気分が優れないとあり得ないわがままを貫いて部屋に食事を運んでもらった。

スープ、サラダ、ステーキ、デザートのケーキ。どれも素材が良く高くて美味しそう。だけど手をつけられないまま、もう冷めている。


窓の外は暗く、月と星がもうじき輝く。ルーベルンが見かねて灯りをつけてくれたが私はベッドで枕を抱えてくったりしていた。

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