19.堕天使パルパルの正体


グリンド家で形式上の歓迎を受け、昔は仲良しだったシュナイツァーの姉ルック嬢と目が合うもふん、とお互いに顔を背けて私は通された応接室でソファに腰掛けた。


子供の頃はこの応接室でシュナイツァーにラブコールを送り、ルック嬢とリーウェ嬢も一緒にお話をしてくれたわ。

今はもう皆ばらばら。私がキャンベング家にばかり行くようになってシュナイツァーも避け始めてから、ハリエッタは変わってしまったんだとルック嬢は怒ってる。


面白く無いのは当然よね、態度の手のひらを返したのはこちらなんだもの。

リーウェ嬢とハリエッタの兄が結婚予定で親戚にもなる。不審に思われても仕方ないわ、これも今世のただのお仕事よ。



♢♢♢



「麗しい私のハリエッタ。こんにちは。ちゃんと眠れたかい、来てくれて嬉しいよ。待っていたんだ」


「シュナイツァー、ごきげんよう。あら、待っていてくださったなんて意外ですわね」


「君が来てくれなかったら私から行こうと思っていたんだ」


「貴方のシナリオをクリアする為に?」


「そうだね。パルパルの魔法力が弱まってきて心配なんだ」


シュナイツァーはパルパルを呼び出して綺麗な石を敷き詰めた床にミルクの入れたお皿を置く。パルパルは「ぱる、ぱる…」と仕方なくゆっくりそれを舐めていた。


「これは気晴らしなんだ、本当の食事じゃない。パルパルは私のせいで何年も空腹を我慢してくれている。ごめんな」


「……」


「ぱる、ぱる…」


「可哀想とか思わなくていいんですよ。あちらの都合なんですから」


ルーベルンが冷たく言ってくる。

私はあまりパルパルを見ないようにしてシュナイツァーに向き直った。


「…っ今日は一応釘を刺しに来ただけですわ。わたくしの邪魔はしないでいただきたいと」


「邪魔、とは?」


「その通りわたくしが今後何をしても気にせず流れに乗っていただきたいという意味ですの。それを約束してくださるのなら、貴方の悪魔のシナリオをさっさと協力して差し上げます。いかがかしら」


「随分と大雑把な約束だね」


シュナイツァーはプッと吹き出して、

「良いよ、それで君が後悔しないのなら」

とあっさり受け入れてくれる。


「じゃあ、使用人や私の家族も外で過ごしてるし庭先に行ってキスをしようか」


「え…今からするんですの?」


「明日のパーティの方が良いかな?」


「いえ。いえ、こちらの方が恥ずかしくない…ですけども」


「こっちだよ。パルパルもおいで!やっとご飯だよ」


「ぱるぱる!ぱるぱる!」


足早に花がたっぷり咲き誇っている庭へ出ていくシュナイツァーとパルパル。

私とルーベルンは顔を見合わせ「どうする?」と考えてしまった。


(軽いわ。チャラいわ、シュナイツァーあんなキャラだったかしら)


「ええ、何か変ですね。シナリオの重荷から解放されるからテンション上がってるだけかもしれませんが、とりあえず行ってみましょう」


私とルーベルンは庭先に行き、石畳がちょうど魔法陣みたいに不思議な模様となっている場所にいるシュナイツァーの隣に立った。


「あの、シュナイツァー…」


「ハリエッタ、」


くんっ、と腰を抱き寄せられぐらついた所をシュナイツァーに斜めに抱き止められる形となる。あっ、と思った瞬間にはもうキスされていた。


「ぱるぱる!ぱる〜っ♡ぱるっ♡」


「あ、この…っ」


パルパルは大喜びしてるし、ルーベルンはお父さんが娘のファーストキスが奪われた、みたいな声。

一瞬唇が離れてシュナイツァーの吐息と声がする。


「口…」


「ふぇ?」


「開けて」


「……っ」


怖かったけど。さっさと終わらせよう、と口を開いて彼のディープキスを受け止めた。


な、長い…と思った時に「あら!」とか「まあまあ」と周りのギャラリーの声がし始めた。

恥ずかしくて顔が熱くなってくるとシュナイツァーがようやく解放してくれる。


「大丈夫かい、ハリエッタ?」


「……」


真っ赤になって俯いてると虹色の光がパルパルを包んでいるのが見えた。

パルパルの黒い毛並みが下から徐々に真っ白になっていき、ぱいん!とシャボン玉が弾けるようになって白くて綺麗で上品な猫に変身。


『これでようやく話せます、ありがとうシュナイツァー。ハリエッタ、いいえ美月さんも』


女性の超絶美声が聞こえて、「え、何?」と私は一気に顔の熱が引いた。


「今の誰…?」


「ハリエッタ、応接室に戻ろう。皆が私達を見てる」


それはそうでしょうよっ。


応接室に戻って一息ついてると、ルーベルンの頭に綺麗な白い猫が乗っかっているのに気が付いた。


「あれ、ルーベルンその子は…」


「また騙されました。これは前任の女神様です。僕を魂の管理者として育てて下さった恩師であり最も尊敬する方です」


「えっ」


「数々のご無礼、お許しください。現在の女神に仕えていて僕も怠惰で性悪になってしまったのかもしれない…」


ルーベルンが初めて心底落ち込んでる表情になった。こんなの初めて。

シュナイツァーは知ってるのか知らないのか、優しく微笑んでそれを見ている。


『良いのですよ、ルーベルン。私は今パルパル、自由な猫です』


「またまたどういう事なのっ」


淫魔サキュバスは虚栄です。騙してごめんなさい。私は後任の女神が魂を弄んでいるという情報を聞き死神猫として潜り込んだのです。体感してその酷さが分かりました。このままにはしておけません』


「…パルパル、さんの正体って悪魔なの?それとも神様なの?」


『七つの全能神のひとつ』


「ぜんのうしん…?」


『女神の上といえば分かりやすいでしょうか。私は友愛を司どる全能神として出世して魂の仕事からは退いたのです』


「え。すごい…シュナイツァー知ってたの?」


私がおそるおそるシュナイツァーの方を見ると、彼は至って冷静だった。


「あまり深く考えた事はないよ。パルパルは私の大事な友達というのはこれからも変わらない」


『シュナイツァー、貴方もお戯れはもうおやめなさい』


パルパル、様(…って言った方が良いのかしら)がそう言うと、シュナイツァーが肩をすくめる。やっぱり何か秘密があるみたいね。

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