14.大事な仕上げ練習
私=ハリエッタの誕生パーティがグレース家のみで開かれたのはてっきりマリア達キャンベング家を呼ばない為の口実だと思っていたのだけど、婚約の正式発表前最後になるからだったのね。
この世界では婚約発表=結婚が当たり前みたい。
以前の世界は盛大な結婚式を挙げてからごめん離婚した、なんて人も沢山いたけれどここに来てからはそんな話聞いた事ない。
つまり私がこの辺りでは初めての婚約破棄第一人者。
その後どうなるかは想像がつかない。
出戻りでお屋敷にいられるのか、
家族に「顔も見たくない」と遠くへ追放か、
はたまた別の求婚者が現れるか(あら、それは以前の世界で何か読んだ気がするわね)
そこで悪い噂に強そうなマリアにそういった事例は無いのか、どうなったのか知らないかを聞いてみた。
私と仲良くなった事で自信がついたのか、数年かけて幾分穏やかな顔つきになっているマリアは「相変わらずハリエッタってとても変な事を知りたがるんですのね」と心を許した笑顔を向けてくる。
「婚約破棄の事例は隠されてるだけで沢山ありましてよ。あなたにだけ話しますけど…わたくしの家系は嫌われてますから、従姉妹や遠い親戚は結婚数日前に結婚相手が行方不明になったりこちらに不貞の疑いがあるなど言い出して、婚約破棄をしたら穏便に済ますと脅されてきましたわ。もちろん潔白ですの。なのに評判が悪い、愛想の無い一家だからと周りはここぞとばかりに…」
「婚約破棄されたご家族は、大丈夫?」
「大丈夫なわけないですわ。みんな家を出払って、別の国へ行ったり…いいえ、一番酷いのは貴族の称号を剥奪してかつての婚約者の新婚生活を小間使いにされて間近で見せつけられますの!なんたる屈辱、馬鹿にしてますわ!」
なんだ、殺人容疑が無ければその程度で済むんだ。という言葉を飲み込んで、私は神妙な顔をした。
「ひどいわ。いじめってどこにでもあるのね。マリアの家がちょっと毒舌で誤解されやすいのは私も否定しないけど、それも個性よね」
「あなたって本当におかしなお友達ね」
「マリアが言ってくれたからわたくしも秘密を話すわね。実は婚約者のシュナイツァーはわたくしよりキャロレンに夢中なの。こちらから捨ててやりたいけど、女のわたくしにそんな力が無いのは分かるでしょう。だから婚約発表のパーティ、マリアには来てほしいわ」
「まあ、いつも元気なハリエッタがそんな悲しい炎を心に灯していたなんて…見過ごせませんわ。絶対に行きますとも。どうしてそんな人ばかりなのかしら、自分の事ばかり!」
「マリア、ありがとう」
すっかり仲間内には優しいマリアを騙すのは心苦しかった。でも親戚の苦々しい過去を教えてくれたんだから私も同等の情報を差し出すのが礼儀のような気がしたのよね。
そういえばルーベルンは私がキャンベング家に出入りしている時、時々マリアと目が合うと言って私の後ろに隠れていた。
ルーベルンが見えたのは幼い頃のお兄様と、たまに会う赤ちゃんや幼児だけ。キャロレンはルーベルンの身体に激突みたいに何度もどんどん通り過ぎてるし、シュナイツァーは未だに謎めいてるからよく分からないわ。
もしかすると、マリアはとても純粋なのかもしれない。
意地悪された人へ対抗し自分を守る為意地悪になっちゃっただけで、OL時代のお局様もそうだったのかしらなんて今更になって思う。
グレース家に戻ると、お母様が「またキャンベング家に行っていたの」と冷たい目で言ってくる。私はさっきの今で、ついマリアの肩を持ちたくなった。
「お母様は何か誤解してらっしゃるわ。噂じゃなく自分の目と耳と肌で感じないと分からない事ってありましてよ」
「まあ。あなたが何を知っているのかとても気になるわ。悪い話じゃないと良いのだけど」
「良いか悪いかなんて人それぞれですわ」
お母様にため息をつかせ、今晩またお父様に呼び出しをくらうのかしらと考えながら私は自分の部屋に戻った。
「先程の話からすると、キャロレンさんと仲良しというだけで婚約破棄をシュナイツァー子息がするにはまだ後押しが足りないですね」
ルーベルンの言う通りだ。
あの大人しいシュナイツァーが怒るのを未だに見た事は無いし、あっちが私をどう思ってるのかもよく分からない。無害と思われていたら婚約破棄まではいかないかも。
このままだと私がどんなに失態を犯してもなあなあにパーティが終わってしまいそう。
(怒らせて売り言葉に買い言葉ってなれば楽なんだけどね。私、ろくに喧嘩した事無いし…)
「では喧嘩の練習をしましょう。思い切り嫌な発声の練習が出来る場所をお探しします」
(嫌な発声?!)
「女性的魅力が無く、扱いにくい邪魔な存在だという気持ちを家柄すら上回るようにする必要があるんでしょう」
(声ってそんなに大事?)
「もちろんです。こちらに不貞をする暇は無いですし、重要な一手はやはり『言葉の伝え方』であると僕もマリアさん達から学びました。僕もこちらに敵意を剥き出しにした女性が魅力の無い声で脅したり理不尽な事を言ってきたら好感度は下がります。しかも貴族、恥以外の何物でもありません」
ルーベルンは「試しに」と若い男の子の姿のままモゴモゴ話すお祖父さんの声になった。
「わしが、こういう声だったらぁ、ふがふが…美月さんはぁ、今まで通り話せるかね?」
(え、大丈夫?ってなる…)
今までがショタイケボだったから、発音は苦しそうだし聞き取りにくい…なにより「あーっんがっ」という効果音付きだから気を遣う。
次の瞬間ルーベルンは元の声で「そういう事です」と言ってきた。
「マリア嬢の嫌味な口調をもう少し甲高くして、オーッホッホというベタな笑い方も練習しましょう。僕なら絶対関わりたくないです」
(すごい言われようだけど、効果はありそうね)
翌日からルーベルンが探して来てくれた、屋敷からそう離れてない岩場の間にちょこんとある、
こんなに近くにあるのにここが避けられるのは、魔法の膜を身体に張らないと皮膚が徐々にふやけて破れてしまうから。つまり水の中にいるのと同じ状態が続いて危ないからなのだそう。そして日中採取をしないと溺れる可能性もあるから、夜人も来ない。声は岩に隠されるしとても良い場所らしい。
ルーベルンの魔法で膜は張り放題だし、食用花らしいので私は自分で
家族やマリアにあげられないのが残念なくらい。あげちゃったら私がここにいるってばれちゃうもの。
そこでは声をどれだけ出してもバレないので、私はこの夜の特訓がすっかり楽しみになっていた。
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