12.婚約者が手強いです

仮病を使って家族や女中達を心配させるのは気がひけるけども、思惑通りシュナイツァーはお見舞いに来てくれた。


元気が出るようにと、私が毎年家族にプレゼントする生命光花ローズティンクルの花束を手に。

ベッドに入ったまま上半身起こした状態で、私は「ありがとう」とお礼を言い女中に生命光花ローズティンクルを花瓶に飾ってもらった。


伝染病ではなく疲れてるだけなので退屈だから、と事前にキャロレンも部屋へ呼び準備は万端。


「キャロレン。将来家族になる予定ですもの、シュナイツァーともう少し親交を深めてくださらない?シュナイツァーも、いつも私とばかり話しているじゃありませんの」


「それの何がいけないんだい?ハリエッタ」


一切曇りの無い瞳で私を優しく見つめてるシュナイツァーが、心底不思議そうに言ってくる。

そんなに大事そうな目で見ないで欲しい…

これから私は呆れられて、シュナイツァーにキャロレンを外へ連れ出してもらうつもりなのだから。


「キャロレンの出生はご存知よね?」


「聞いているよ」


「可哀想よね。赤ん坊を捨てる親なんてどうかしてるわ。それに私、お父様がキャロレンを連れて来た時は正直面白くなかったの。自分の子供がいるのにって、意味が分からなかった。そういう感情は心の奥にまだあるかもしれないでしょう。だってキャロレンにはどんな血が流れてるか分からないのよ。たまに怖くなるわ」


部屋にいた、キャロレンと仲の良い女中がピクッと反応する。

キャロレンは「どうしてそんな話をするのかしら?」という顔。相変わらず鈍いわね…

実際お母様とエメリスお兄様はキャロレンを実の家族とは未だに思っていないようで何処か壁があるのに、キャロレンは堂々としておりいつも温度差がすごい。


お父様以外には抱きしめられてキスされた事もないのに、キャロレンは家族顔をしている。

(あ、私はあの時一度抱きしめていたっけ)

悪い子じゃないけどこういう所は本当にすごいと思うわ。


私がキャロレンを複雑な感情で見つめてると、シュナイツァーが言ってくる。



「そうかな。キャロレン嬢はグレース家で大事にされて、美しく育った素晴らしく幸運な子に僕は見えるよ。ハリエッタとエメリスも複雑ながら受け入れた、これはすごい愛だと思う。キャロレン嬢は可哀想なんかじゃないよ」


「あら、黙って見ていたあなたに何が分かりますの?」


「黙って見ていたから分かるんだよ。ハリエッタが本当はずっとキャロレン嬢を気にかけてばかりだという事。2人きりの時もキャロレン嬢は素性が分からない子だけどどう思うかよく聞いて来たよね。毎回聞いてくるなんて、相当心配なんだなって伝わってきたよ。求婚者が沢山現れてキャロレン嬢がうまくやれるか、姉として心配なのは当然だ。大丈夫、立派な姉妹だよ、ハリエッタとキャロレン嬢は」


「お姉様…っそうでしたの」


「違いますわっ!」


「ハリエッタは照れ屋だから」



なんでこんな時だけ饒舌なのよシュナイツァー。

やめなさい、皆ほっこりしてるじゃない。

キャロレンなんて「えへへ、お姉様大好きです」なんて言ってるし可愛い…って違う、そうじゃないわよ。

私結構ひどい事言った筈なんだけど?


私の隣でベッドに腰掛けていた、皆には見えないルーベルンが

「何を言ってもツンデレ扱いされるって大変ですね」

そう呑気に言っていた。



「もうこのままシュナイツァー子息と仲良く過ごして、来世の砂を受け入れてしまうのも良いんじゃないですか。寿命は始めから決まってますから延長はありませんが、その気になれば子供も作れない事は無いですし」


シュナイツァーと仲良く…

このままハリエッタラブな静かな旦那様と、ゆっくり愛を育んでいちゃいちゃ…

「ハリエッタ、愛してるよ」「わたくしもですわ、あなた」とか?うん、それも王道ね。

結構イケメンになったしここまで信頼されたら悪い気は全くしな……



(…っいいわけないでしょ!帳尻合わないわよ、その後ずーっと何百年も1人で意識があるまま砂なんでしょ?絶対やだ!)


「もー皆出て行ってくださらない?わたくし寝ます!シュナイツァーはキャロレンとお茶をして話をする事!もっと仲良くなりなさいよ!これは婚約者命令ですわよっ」


「ハリエッタ様、落ち着いてください。伯爵の御子息様になんて事を…!」



私がヤケを起こしたら、女中が慌てて言ってくる。

こんな女はごめんでしょ?シュナイツァー。

私が彼を軽く睨むと、シュナイツァーはクスクス笑っていた。



「分かってます、大丈夫。照れてるんです。キャロレン嬢を守る仲間が欲しいんだね、任せて。ゆっくり休んでて、可愛いハリエッタ」



シュナイツァーはキャロレンの肩を抱いて「お姉さんのお願いだ、仲良くしよう」と女中と共に出て行った。

シンとした部屋で、ルーベルンに聞いてみる。



(うまくいってるのかしら)


「いってませんね。何一つ。美月さん、もしかしてわざと好感度上げて華々しく散ろうとしてませんか?花火がお好きなんですか」


(花火は好きだけど、自爆する気はないっ……そういえば…私って何かの濡れ衣で処刑予定よね。その濡れ衣フラグはどうなったのかしら。これから?)


「覚えてたんですね。あまりに大幅に変わってますから、黙っていたんですけど」


(大事な事じゃないの、なんで黙ってるの)


「処刑に繋がるのはキャロレン嬢毒殺容疑です。ですから、キャロレン嬢を想うシュナイツァー子息により婚約破棄、公開処刑まで進めていくシナリオだったんです。でもまずシュナイツァー子息はキャロレン嬢を特別に想ってない。更にハリエッタさんは人望と信用を固め始めてる。本来ならシュナイツァー子息はあなたのお見舞いに花だけ投げて顔も見せません」


(それなら私も清々しくシュナイツァーを嫌いになれたのに)


「難易度が年々上がって、シュナイツァー子息は手強くなってますね。いやあ、女性のヒステリーも受け流すなんて良い男になったものだなあ」


(おじいちゃんぽさをいきなり出さないでよ。でもそのヒステリー使える。しばらく私そうしていくわ)


「……っははっ」


(ルーベルン、どうしたの?)


「少し楽しいだけです。改変していくシナリオは誰も先が読めない。対策も効くか分からない。僕もまるで物語を見ているようだ」


(失敗で笑わないでよ。今更だけどさあ…)



ルーベルンが何を楽しんでいるのかは分からなかった。当事者と傍観者は違うもんね。

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