2.転生先はシナリオ付きの人間

「では条件と環境説明をします」


「はいっ!」


イケメン講師ならやる気が出る生徒の如く、私はキャーッと心で楽しく叫びながら背筋を伸ばして正座した。テンションあがりました。


「ひとつは魔法の生きてる世界で、現在戦争中。そこを横切りながら生きるウサギコース」


「は、はいっ?」


「ひとつは実験を常に行なっている世界。異種族の組み合わせで無法地帯。そこのAIを操作する人間の」


「人間!」


「飼っている可愛がられるが一生室内にいる猫コース」


「猫ちゃんか〜」


「これが一番おすすめですね。最後は科学の栄えた世界でアスファルトという強靭な妨害に負けないで生える花コース」


「ふぁ?!」


「以上です」


人間にはなれないんだ。

そのくらいの失態を犯したのかな…会社で部長のキーボードにお茶こぼしたから?コピー機の部数間違えて10枚必要な書類100枚コピーしたから?それとも…


「猫ちゃんが良いです。猫になったら真面目に生きなきゃ」


「分かりました…ん?」


ロクな選択肢が無かったので大好きな猫ちゃんに転生を選んだ時、機械音にエコーかけたような変な声が聞こえてきた。


『ルーベルン様、ルーベルン様っ!!』


「どうした、そんなに焦って」


『もう間に合いません〜!希望者がずっと現れないまま死産を迎えようとしている転生待ちの人間の子供がいます。その人余っていたら入れてください!動物枠は動物の魂で何とかしますから!』


「魂の持ち主はもう転生先を選んでる…残酷だが、死産もまた運命だ」


『この100年間魂の補充による死産回避数は快挙だったんですよ!輪廻が快調に回って女神様の機嫌が良い今の生活が101年前みたいになるのは嫌だァァ』


「あーうるさいなぁ」


ルーベルンと呼ばれた魂の管理者さんは面倒そうに私を一瞥してから「ふむ」顎に手を当てて考えた。


「転生先に人間が無いのはこのタイミングで美月さんだけ…あの件も全然希望者が集まらないなんて変だと思ったんです。これも女神の予定だったのかもしれない」


「また予定?」


「ひとつ。人間になれるコースがあります」


「人気が無いコース?」


「魔法と科学が程良く折り合っている世界。小さな戦争は度々起こるが、それなりに平和。王族の政略結婚夫婦から生まれた女児です。財産と気品に恵まれた公爵の子女。魂は無いので意識はないまま身体が母親の胎内から出ている途中らしいです」


「めっちゃ良いじゃないの。って出産中?!」


「生きる意志の魂がない場合、呼吸せずに終わります」


「緊急じゃない!私が行かないと死んじゃうならかわいそう。それでいいっ」


「シナリオ付きの、次の転生先に影響する例外的なコースですがよろしいですか」


「シナリオ?」


「…転生先のシナリオをクリアするだけの簡単な仕事です。便宜上記憶はそのまま維持します。あ、もう赤ん坊の身体が出たみたいですね。息をしてないようですが」


「わー!わかったー!はやく転生して!」


「そうですか」


ルーベルンは「女神のお気に入りか…くだらないしきたりだ」とぼやいて、手に陽だまり色の中に赤い筋がピシッと走っている光の球を出現させ、私の胸元に放ってきた。

ぶつかる?!

手を構えたらすうっと通り過ぎ、それは私の身体に入って来て冷えた身体をぶわっと熱くしたの。


「もうすぐに転生します」


「間に合いますようにっ」


『ありがとうございますぅぅ』


「おまえ、まだ聞いていたんだな。でもシナリオの件は…」


『それは担当した魂の管理者が最後までサポートして見届けるんですよね。ルーベルン様の後は俺がやるからドローですよっ。事後ですみませんお願いします!てへっ』


「てへじゃねーよ…人間界は苦手なのに」


ルーベルンが初めて悪態をついたのと私の視界が暗くなったのは、同じだった。



♢♢♢


「あ、ふぁ…」



「あっ…!ああ、ちゃんと息をしていますよ」


「母体の処置を。ああ…一時はどうなるかと。よく頑張ったな、娘よ」


「あなた、赤ちゃんは…っ」


「大丈夫、ほら」


ざわざわしている声の中で、私は布に包まれる煩わしさと息苦しさを解消する為に息を吸い込み声を張り上げてみた。


「ふぎゃーっ、ほぎゃーっ」


赤ちゃんの声で。


「元気ね、良かった。かわいい…!」


お母さんらしき人の優しい声がして、同時に

「間に合ったみたいですね」

ルーベルンの声がした。


こうして私は急遽人間に転生した。


この身体に、

十数年後あてがわれた婚約者を女神お気に入りの魂を持つ義理の妹に奪われ、濡れ衣を着せられて大衆の面前で処刑される哀れなシナリオを準備されてるなんて、

思いもしなかった。

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