10月

るつぺる

10月

 クラスメートに呼び出されて僕は体育館裏にいた。二分ほど、約束の時間を過ぎて彼女は現れた。頸木里くびきざとバサラ子さんとは二年から同じクラス。何があってここに呼び出されたかは察する。はてさていかがいたしたものか。


「急に、呼び出しもうして、そのごめそね。群青くん……あの、その、あたし、えーと……」

「要件があるなら手短に。僕もこの後、塾があるゆえ」

「ハッ! だょね。うん……勇気出せバサラ子……やれるやってやる……群青くん!」

「内省漏れてるけど何?」

「コレを受け取ってたもうや!」


 思っていたよりデカいものが突き出されて些か困惑した。それがなんであるかを認識して困憊した。それは素人目にも分かるほど並の技術ではなし得ない、見事なジャックオーランタンだった。


「いやなんで!」

「頑張ったの! 栽培からよ! 群青くんと初めて出会った一年と半年前。私は今日この日のためにかぼちゃを育て始めました! 土からこだわり抜いて本場スコットランドまで赴いて採取! 最初の栽培ではデカくなり過ぎた! 千葉の大会で優勝しました! でもこれじゃあ群青くんの心は掴めない。私は再びかぼちゃの栽培に取り掛かったの。そして幾日かを経た今日ここに最高の……最高の」


 嗚咽まじりの頸木里さんの圧が全身を伝う。何を言ってるのかはまるでわからないがともかく僕を想ってのことだと理解する。だが、なぜジャックオーランタン。確かにハロウィンは近い。けれど、けれどもである。どこの風習に愛情表現としてくり抜いたかぼちゃを持ち出すなんてことがあろうか。ウィキペディアもカバーしない。頸木里さんの熱意を無下には出来ないが、せめてきっぱりと僕の本心を伝えよう。そう思った。


「頸木里さん、あのね」

「群青くん、私ね」

「ちょっと待って僕のターン」

「頑張ったとかコッチばっかりなんか押し付けちゃってるよねサイテーな女かも」

「聞いて」

「ただわかってほしいの。見てこのかぼちゃ。誰かに似てない?」

「ちょっとわからないですね。そうじゃなくて頸木里さん!」

「そっか。やっぱわかんないか。頑張ったんだけどな」

「……もしかして、その、僕ですか?」

「え、あ、違くて。ビートたけし」

「ああ……へえ」

「元気が出るテレビの頃のビートたけしだよ」

「いや、ちょっともうわからないですけど」

「受け取って……くれますか?」

「すまない!」

「……」

「僕は! このジャックオーランタンを! 受け取ることは出来ない! なぜなら僕には!」

「タイムタイムタイムタイムえ? 待って待って、あれ、やだ。あーーそっかそゆことかあーーごめん、ごめんね。だよね。私かぼちゃ栽培に夢中で群青くんの気持ちとか全然察せてなかった。あーごめん。忘れて忘れて。帰る! かえるね!」


 彼女は足早に去ってしまった。足元に彼女の最高傑作が転がったままだ。僕はそれを拾いあげて砂を払った。

「こんなハロウィンはいやだっつってね。先ずはコチラ。かぼちゃとカァチャンを間違える。これは困ったもんですね。すごいデッカい影が見えてね、後ろ姿が、あ! ウチのカァチャンだ! おーい! カァチャン! なんつってよくよく見たらかぼちゃじゃねえかなんてね、そのまま抱きついて腰振っちゃったりしてね、なんか今日は硬くてしまりがいい〜つってバカ野郎! さ、次はですね。お菓子とおしっこを間違える。これも大変ですねえ。子供が家にきてねトリックアトリート! なんつってね、そしたら奥から爺さんが素っ裸のまま出てきて子供の持ってるかごを尿瓶と間違えて放尿しちゃってね、いたずら大成功〜なんつってバカ野郎! さ、最後はですね。仮装したまま火葬されちゃう。こーれはなんなんですかね。わーーゾンビだぞ! なんつってね、そしたらナースのコスプレしてた愛人の方がほんとにびっくりしちゃってねキャーーってそのまま殴り倒しちゃっ……殴り……なぐ……」


 少し冷たい秋の風が頬を撫でていった。

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10月 るつぺる @pefnk

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