28. 最上階にいた魔法使い(♀)は地獄のようなステータスをしていた
クソでかいハートの
半透明になった俺の視線の先で見た光景は、
その一撃が、女王の胸元を貫き打ち砕く最後の瞬間だった。
ああ、俺のローグダンジョンはここで終わる。本体憑依のせいでHPが0になるのはわかってたが、実際なってみると寂しいもんだな。
でも何も言ってないのに無言で女王に追撃を入れてくれたのは、本当によかった。あのタイミングで何も伝えられてないのに、とっさの判断で最適解を導き出してくれてる。初心者だから不安だったが、俺の心配はただの杞憂で終わってくれた。4階のボス・チェシャ猫の時といい、こいつはやっぱりゲーム慣れしてんじゃないかな。
最後の10階にいくのは、こいつとハル。
VIT極振りの呪われた魔法使い。ローグダンジョンに入っても呪いが解けない、地獄のようなステータスの奴が最後まで行くことになるなんて全く予想もしてなかった。
それが、9階最後の攻略の鍵はこいつの歌。
よくわかんねえな。何が起こるかわかったもんじゃない。こんな結果になるなんて俺は何一つ予想なんかできなかったわ。
女王の胸に叩きこんだ後、宙から落ちていく俺の全身が、ゆっくりと結晶になろうとしている。
モブ子のときはもうちょっと時間があった気がするけど、こんなもんか? しょーたろーは速攻で消え去ったもんな。なんであいつだけクソ長かったんだ? 意味わかんねえな。
「ヒロ!!!☆」
俺を呼ぶ、聞きなれた声がした。
背中から地面に叩きつけられる。でももう、何一つ感覚もない。死んだ判定食らった後は処理が止まってるんだろう。ある意味そういうシステムで助かるわ。
頭上、
俺は、俺を覗き込む見知ったピンク色の魔法使いを見上げていた。
「ボスは、倒したよ……!☆」
「まさかなぁ」
何一つ体が動かない中。
ぽつりとつぶやいた声が、しっかりと音になっていた。
まだシステムは、俺が発言をすることを許してくれている。やるじゃん
「お前いきなり歌いだしてさぁ。とうとう頭おかしくなったかと思ったわ」
「ふふっ☆」
俺の頭上で、ピンク色の悪魔が見慣れたターンとポーズを決めた。
「呪われた魔法使いの執念はいかがでしたか?☆」
「最悪な音階でございました」
「めったに聴けない貴重な音源なんだぜ~?☆」
知らんがな。
「おつかれ」
ハルのとなり、剣を肩に乗せた
「ちょっくら10階行ってくるわ」
「お前すげえよ……」
陰になって見えない中、莉桜が俺の顔面に何かを押し付けてきた。何かな?
「最後にはい、プレゼント」
どん。
クソ黒髪の生首~。全然うれしくないこのプレゼント~。
なんなの? 野武士なの? そういう首級は別にお見せしなくてもよろしいですわ? っていうか俺の体はすでに身動き一つとれないんだが、俺がどこ見てるのかわかんないからって無理やり俺の顔面に密着させてこなくてもいいです。っていうかその生首アイドルとして絶対に許されない形相で目をひん剥いてるからマジやめて。やっぱ運営殺すわ。死体にも尊厳があることを知れ。
俺の体から、光がこぼれるように沸きあがっていく。
ああ、結晶化するんだな。なるほどこういう感じなんだ。最後に遺言を残す画面とかも出てくんのかな。
「なあハル」
俺は、極力生首を見ないようにしながら口を開いた。
「なんだ~?☆」
「10階の勝算はあんのか?」
「ふふっ……☆」
ハルの表情が、凍り付いた笑顔のままで無言になった。
「どうかな~……☆」
どうかなってあなた。勝算ありそうなこと言ってたじゃないですか。
でもまあ、そうはいっても。
もう行くしかないのだ。最後まで残らなかった俺たちにはもうどうしようもない。
俺たちはこの、ピンク色の呪われた魔法使いとド素人戦士♀に託すしかないのだ。
「あと、そうだあのクソヒーラーのスキル、なんか継承できるの残してるかもしれないから最後に行く前に見とけよ」
「わかったぜ☆」
「あと、俺からもなんか継承したいスキルとかある?」
「ええ~?☆」
あからさまにハルの表情が嫌そうなものに変わった。
「アサシンのスキルでなんか役に立ちそうなのってあんの~?☆」
「……思い当たらないっすねぇ(笑)」
ないんだな~これが。悲しいけど魔法使いに残すスキルで役に立ちそうなものなんて何一つねえんだよなぁ。まあ仕方ないよね。あんまりにもジョブの系統が違いすぎますもん。
「ハイド残してよ」
「は?」
突然の莉桜の横やりに、一瞬素で返してしまった。
数秒の、間。
動画で言えば、ミリ秒単位の後。
「なんでハイド?」
「やってみたいじゃん、ハイド」
「やってみたいじゃんって」
この究極の選択で、そんな。
だが俺は。
硬直した死体では何一つ反映されないのに、小さく噴き出してしまっていた。
まあ、実際そうなんだろう。実際にやってみたいんだろう。
多分こいつは本当にゲームが好きなんだろうな。単純に、ゲームが好きだから。作って初日のド素人でも、こいつは最後にとっさに動けたんだろう。
俺は、笑いをこらえながら口を開いた。
「んじゃハイド残すわ」
「助かる~」
ピクリとも動かせない俺の画面の前。
最終カウントダウンが表示され始めた。
あと10秒で結晶になる。
―― 継承させるスキルを選択してください ――
なるほど。こういう感じか。
俺は、何一つ躊躇なく、アサシンの基礎スキル【ハイド】を選択し終わっていた。
「なあハル」
「何~?☆」
俺は、結晶になる直前。
このタイミングで、逃げるように口を開いた。
「ごめんな。お前の低LVのこと。別にお前のせいじゃないのに、責めるような真似して」
「最後にいい話にして終わろうとしてんなてめぇ~☆」
あと2秒。
「10階、絶対クリアしろよ」
ゼロ。
寸断された、俺の視界。
消える寸前の俺の視界に、二人の立てた指が残り消えた。
え?
最後ハルの指、親指じゃなくて中指じゃなかった? 見間違いかな?
*
園に戻ってきた白いワンボックスカーを、私は3階の部屋からただ見ていた。
3階建ての、まるで古びた学校のような建物。建物の入り口わきにある、まるで古びた校庭のような小さなグラウンド。
中高一貫の、表向き品のよさそうな連中が通うミッション系私立学校の奥の奥、まるで隠れるように併設された私たちの家。
なぜ大人は、この学校の敷地の奥に児童養護施設なんてものを作ったんだろう。しかも同じ玄関から入れるように。もしかしたら、この建物は古い校舎だったんだろうか。
施設にきてもう4年目にもなるのに、私にはその理由はわからない。やっと来年中学生になる私には、この推測が正しい保証なんてどこにもない。
ただその玄関を毎日通ってくる制服の連中を見ながら、何かしら根本的なものが「違う」ことを私は感じ取っていた。
来年から着る私の制服は、こいつらとは違う。同じ敷地にいながら、何もかもが違う。この建物が古い校舎だったのか? そんな何気ない質問ですら、私にはすることが怖くてできない。どんな些細な事柄であっても、私の中にある「違う」ことへの意識を他人からの言葉で確定させてしまうのが怖くて。
遠く、正面玄関から続く曲がりくねった道を、一台のワンボックスカーがゆっくりと走ってきた。
いつも通り、園の玄関前でゆっくりと止まる。
スライドドアが開いた途端、いつもの怒声が聞こえてきた。
莉桜だ。私よりも1年前からここにいた、同じ年の女の子。私と違って、明るくて、強い。何もかもが違うのに、同じ年だという理由だけで付き合いが始まった、水と油のような関係。
どういう理由でここに来たのかはお互いに聞かない。それはこの園の不文律だからだ。
でも私は、莉桜が来た理由を知ってる。莉桜も、私が来た理由を知ってる。
お互いに、いつの間にか打ち明けていた身の上話。私たちは、この園で長く一緒にいすぎたからだ。
開いたドアの中から、見知った顔が飛び出すように降りてきた。
玄関先で待ち構えていた若い女の職員を振り払い、私のいる建物の中へ走りながら吸い込まれていく。
園の外から、莉桜を呼ぶ怒声が響いた。
声をかけられた主からは、何も返事はない。多分、もうこの建物の中に入って駆けあがってるだろう。何も、誰も莉桜を止めることはできない。
莉桜は、本当は今日戻ってくる予定じゃなかった。この連休を使って、週末里親のところへ行く。普段園では感じることのできない、「一般的な家庭」を知ることができるという名の仕組み。
だが、どうせすぐに戻ってくるだろうと予想していた。そしてそうなった。毎回、莉桜は途中で帰ってくるからだ。
どんなところにいっても、誰と一緒にいても、必ずもめて帰ってくる。理由は知らない。
「ハル!」
部屋の入り口が、ただ一人の声で一気に騒がしくなった。
私のいる窓から、あけ放たれた入り口へ一気に風が流れ込んでくる。
カーテンから顔をそらした私の前に、顔を真っ赤にした莉桜が飛びつくように走ってきていた。
力強い飛び込み。絶対に、私が受け止めるってわかりきってるような動き。それでも私が耐えられるギリギリに調整されている、不思議な力加減。
窓のそばにいる私が、思わず避けたら莉桜はどうするつもりだったんだろう。何も考えてないだけなんだろうか。
「ねえ、早く外に行こう!」
「ええ~?」
思わず私は、困った声を上げてしまった。
「そんないきなり言われていけるわけないじゃん」
「はぁ~?」
私の体を掴んだ莉桜が、あきれたような声を上げた。
「さっき、窓から私が帰ってきたの見てたでしょ?」
「見てたよ」
「じゃあ、またこの時間に帰ってくるって予想してた、ってことじゃん」
「だっていっつもじゃん」
「あーもう!」
待ちきれないような莉桜が、私の服を強く掴んだ。
部屋着ではない、いつでも外に行ける服。
すぐに寝癖のつく私の髪は、すでにとかし終えていた。
「すぐわかる嘘なんていいってもう!」
莉桜の手が、形だけの私の抵抗を腕ごとつかんで引き上げた。
「早く!」
目の前の勢いの塊が、私を無理やり連れていく。
その存在に惹かれるように、私は部屋から飛び出した。
私は、知っている。莉桜が里親と仲良くなろうとしない理由。
うぬぼれかもとわかってる。でも、本当の家族のところに帰りたいってだけじゃない。
「駅前にできた店、知ってる?」
「はいはい知ってます」
階段を駆け下り、靴を結びもせず莉桜が玄関を飛び出した。私の腕を引いたまま、さっき到着したばかりのワンボックスカーをすり抜けていく。ただの雑音でしかない職員からの声が、飛ぶように私たちを追いかけてくる。
知らない。私には今、この家族であり友達でもある莉桜しか視界にない。
私は、きっと何かが違っている。いつか私たちは、違うタイミングでこの園を出てしまうことだってあり得る。
でも私は。
このミッション系の園で唯一学んだ、祈りの言葉。
何一つ信じていないその存在に、莉桜と一緒にこの園から出ていけるよう、ただそのためだけにその言葉を唱えていた。
*
ポータルを抜けた先は、小さく瞬く何かをのせた、真っ暗な空間だった。
たとえるなら、満天の星空。もしくは、宇宙。
前にアサシンゲームで最後に案内された、見えない足元だけがある、まるで無重力のようなだだっ広い空間。
「なにここ」
となりに立つ莉桜が、静かに声を上げた。
「テイスト違いすぎない?」
2回目だ。
前と同じなら、ここは運営が用意したAIのための特別の空間。
この10階は、私たちのコピーAIがラスボスとして出てくる。
私たちが今いるこの空間がそれと似ているのは、多分それが理由なんだろう。
「私さぁ。一回この空間来たことある気がするんだよね~☆」
「霊感系っすか? それとも先輩面っすか? ハルさんマジパネっす」
何一つ音も光もない中、空間の中央に二つの光の球が走った。
まるで人魂。流れ星のように飛んできた光の球が、遠く離れた空間で、まるで私たちと同じようにその位置をとった。
『ようこそ、勇者諸君』
突然、何もない宇宙のような空間に声が響き渡った。
少年のような、少女のような。年齢不詳の、謎の声。
私はこの声を聞いたことがある。
空間の奥。遠い空の上に、青白いウインドウが開かれた。
予想通りだ。
おどろくほど真っ白な長い髪。それが、頭の両サイドで結ばれている。片目には意味不明すぎる真っ黒な眼帯をつけ、ゴスロリのようなフリルのついた服。
見覚えのある少女が、画面に映っていた。
青白いウインドウの中の少女が、空間全体に響き渡る声で口を開いた。
『私はこの Unknown Online を制御するAI【イーモウ】。10階へ到達した勇者をもてなす、最後の案内人だ』
「へぇ~?」
となりに立つ莉桜が、少し引いた顔で剣を構えた。
「運営の趣味偏りすぎじゃない?」
「それあのアサシンも言ってた気がする~☆」
遠く、ウインドウの下で揺らめく二つの光の球。
それが、人の形をとり始めた。
わかっていた。聞いていた通りだ。
隣に立つ莉桜が、その両手に握る武器を構えた。
「想定外が起きなくてほんと助かるわ」
「まあ、想定内なのが逆につらいって話なんだけど~☆」
遠く、形とともに光を失った、二つのヒトガタ。
私たちに向け剣を構える、本当に作ったばっかりなんだなっていうような初期装備の戦士♀。
そして、フード付きのローブを着た、ピンク色の小柄な魔法使い。
『ストレングス~!☆』
遠く、私と同じ形をした魔法使い♀が、なじみしかないファンシーなステッキを強くふるった。
「ちなみにハル」
「何~?☆」
「今日一日、このゲームやったから今ならわかると思うんだけど」
『ライズ~!☆』
私の形をした魔法使いに、恐ろしいほどの光が凝縮されていく。
「あのハルの分身ってのはどのくらい強いの?」
「ふふっ☆」
『イン・ビン・シブル!☆』
何もない空間が、波打つような振動で震えた。
「ラスボスよりも強いかな……☆」
『さあ! Unknown Online ローグダンジョン! 諸君らが攻略する最終階、その相手はただ一つ!』
私たちの形をした二人が、終わりを告げるかのように動いた。
『諸君らを完全に模倣した諸君ら自身だ!!!』
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