27. アイドルになりたかったおっさんたちの意志は確かに受け継がれていたのだ
「もう消灯も過ぎてるんですよ」
突然の声に反応するかのように、男の体がシーツの中で小さく跳ねた。
薄暗い、飾り気のない病室。
ただカーテンだけで仕切られた小さなベッドの奥から、半身を入れた看護師が覗き込むように男を見ていた。
イヤホンのせいで、すぐそこに来てるなんて思いもしなかった。
違う。配信に集中しすぎいていたせいだ。
隠れるようにスマホの画面を消した中、男が自然と声をこぼしていた。
「すみません」
「早く就寝してください」
小さく。ただ間違いない、けわしさを含めた声。
足元の誘導ランプだけが薄く光る病室。
スマホの明かりが消えたのを確認した看護師が、その風貌もわからないまま、廊下から差し込む小さな光の中へ消えていった。
ゆっくりと、病室の自動で閉まる引き戸が閉じていく。
空調の音だけが、病室に残った。
何の気配もない。
確認した男が、自身のいたベッドの中へ閉じこもるようにその体をねじ込んだ。
再度スマホの画面を戻す。二度と声をかけられないように、画面を覆うように体を閉じていく。
ゆっくりと、再度スマホの電源を入れた。
【Unknown Online 年末大イベント ローグダンジョン生配信】
知りもしない、VRMMOの配信。
VRMMOが何なのかすら知らない。一切の興味すらなかった。
—— 今日、
今朝、病室で確認したメッセージ。もう半年も前に辞めたハルから届いた、動画へのURL。
緊急入院したことを莉桜から聞いたんだろう。正直、記憶からも消えかけていた、夜の街で莉桜と一緒に拾った女。地下アイドルになるなんて何一つ興味もない、ただ
そのくせ、誰よりも才能があるのはこいつだった。
自分にかぶせた厚手の布団が、画面から漏れ出る光を確実に逃がさないでいる。
確かめるかのように、イヤホンを強く耳に押し込んだ。
画面の中。
知りもしないVRMMOの配信の中で、荒れるコメントとともに一人の戦士♀が剣をふるっていた。
*
どんなに打ち込んでも、私の攻撃が当たらない。どんなに攻撃を繰り返しても、受け流されて終わってしまう。さっきの一撃で、いけると思ったのは間違いだった。受け流しが受け止めになっただけで、結局1ミリもダメージが与えられない。
でも私はこの攻撃を緩めるわけにはいかない。もし緩めたら、その瞬間に何かが終わってしまう気がするから。
「正直さぁ」
いい加減飽きてきたという表情のクソ黒髪が、私の剣を受け流しながら口を開いた。
「もう負けてやってもいいかなってすら思えてきたんだけどさぁ」
こいつがマイクを振り上げた瞬間、私の剣がそれを叩き落す。
2回も見れば予想がつく。このモーションを放置すれば、また白ウサギでも召喚されてしまう。
完全に膠着状態ってやつだ。こいつの攻撃は封じてる。でも私の攻撃も封じられてる。
クソ黒髪が、めんどくさそうな顔のまま小さく笑った。
「これでも仕事だからさぁ。悪いけど時間切れまでお付き合いしてもらうしかないんだよね~」
頭上、私の耳に嫌でも入るマネキンの殴打音がやんだ。
私の画面に、PTメンバーの死亡通知が届く。
ヒーラーだ。
さっき憑依されたのはヒーラーが、何もできずに死んだ。
見上げた先、女王が再度手のひらを前に突き出すのが見えた。
次の憑依が来る。
「んじゃ、そろそろバイバイ♪」
私の足元に、再度白い魔法陣が浮かび上がった。
なんで? なんでここまできて何もできないままこうなる?
あのアサシンが死んだとしても、女王をここで殺せばまだ間に合う?
でも女王を通常攻撃だけで仕留められる?
その間に私が本体憑依をされたら……?
私の足が、このクソ黒髪にではなく女王の体に向いた瞬間——
『莉桜!!!☆』
突然、ハルの声がドームに響いた。
ハウリングするような機械音。
私は知ってる。これは肉声じゃない。
『今すぐ! スキルを使って!!!☆』
「何のつもり?」
突然、死角から強く何かが私を打ちのめしてきた。
クソ黒髪が、蹴りを打ち込んできていた。切り返した足が、バランスを崩したようにもつれ始める。
ダメージはたいしたことない。ただ、予想外だっただけだ。
足元で光る魔法陣が、追尾するように私を追ってくる。
『莉桜!!!!!☆』
再度、ドーム全体にハルの声が響いた。
スキルを使う。できるわけがない。どんだけスキルを使ってもキャンセルされる。そんなことはわかり切ってる。
だが、私は。
「ハル!!!!」
私は、後ろにいるはずの。
誰よりも長い時間を一緒に過ごしてきた小さな友人を振り返っていた。
小さな、ピンク色の髪の毛のアバター。本人とは全然違う、意味不明な魔法少女を体現したようなキャラクター。
それが、何かを握り大きく息を吸い込んでいた。
クソ黒髪が、マイクを口元に近づける。
スキルキャンセル。いつものものが来る。
だが私は、剣を握る右手に力を込めた。
スローモーション。全部がスローモーションのようだ。
このピンクと白のクソみたいな空間の中、私の右手が強く光を放ち始める。
目の前のクソ黒髪が、予定調和のように口を大きく開いた。
『ねえ——☆』
何かが、爆風のように突き抜けていった。
私の右手が、光を放つ。
クソ黒髪が、声にならない叫びをあげた。
収束した光。
私の右手に収束した光が、スキルが発動したことを示していた。
「歌が……!?」
クソ黒髪が、体ごとマイクに音を込める。
だが先にドーム全体を支配したのはハルの歌声だった。
『ゲームなんかしてないで僕と遊ぼう?☆』
私は知ってる。
この歌詞が何の歌なのか。
遠く、視線の先。
ピンク色の魔法少女が、マイクを握り歌を込めながら踊っていた。
モブ子さん知っていますか。僕は今、ハイドをしています。あなたから継承した
をしたまま結構な距離のあるボスまで行く。
おっそい~。ハイド中ってこんな動き遅くなったっけ? 最近まともにハイドしてないから体感が消えかかってんだけど、俺の記憶が正しければ、スキレベMAXのハイドは移動速度が通常の8割に低下する。
逆を言えば8割もあるはずなのに全然進まないんだが。なにこれ気持ちだけがはやってて体がついていかないっていうやつ?
っていうか別に
『今この瞬間はきっと二度と来ないから~☆』
なにこれ。ドーム全体に響くハルの歌声。
え? この状況でカラオケ?
遠く、俺の後方にいたハルが、マイクを握りしめ叫ぶように歌いながら一人踊り狂っていた。
『君がここから連れ出してと言ったのは~☆』
何なの~? なんでハルさん歌ってるんすか? もとから頭おかしかったけどとうとう完全におかしくなった? 共感性羞恥が襲ってくるんだけどどうしたらいい?
だが俺は。
遠く、初めて見るクソ黒髪の姿に、何が起こっているのかを理解し始めていた。
「どうして……ッ!?」
莉桜の奥。
マイクを握りしめたクソ黒髪が、焦りの表情を見せ何度も叫んでいた。
そのクソ黒髪の手前。
剣を構える莉桜から、こぼれるようにあふれる光。
莉桜のスキルが、完全にその機能を取り戻していた。
『きっとこの閉塞感が僕たちをとらえきる前の☆』
何が起こってるのか全く分からん。
「お前……!!」
クソ黒髪が叫んでいた。
「ジャンボのスキルキャンセルを継承したなッ!?」
継承。
俺は、一瞬で理解した。
あの時、ハルがしょーたろーの死体から拾い上げていた結晶。
あれは、しょーたろーの結晶ではなかった。
遠く、マイクを握りしめ踊り狂っていたハルが、今までにない笑顔でポーズを決めた。
『最後のあがきなんだと僕は知ってる☆』
「莉桜!!」
俺は、ハイド中にもかかわらず叫んでいた。
今しかない。
このチャンスはきっと今しかない。
俺は、クソ黒髪を放置し、女王のフレアスカートをハイドをしたまま駆けあがっていた。
「俺は女王に最後の一発を打ち込む! お前はそいつを殺せ!!」
「わかってる!」
「クソッ!!!」
クソ黒髪が、マイクを握り叫んだ。
ほとばしる汗。
初めて見た、クソ黒髪の表情。
まるで、魂を込めるかのように、両手で握ったマイクに音を打ち込んでいく。
だが。
『ねえゲームなんかしてないで僕と遊ぼう?☆』
「クソがッ!!!!」
クソ黒髪の歌が、何一つ音になることを許されなかった。
「おおおおおおおおお!!!」
一瞬だった。
咆哮にも似た叫びをあげた莉桜が、一瞬で距離を詰めクソ黒髪の喉元をえぐるようにその剣先を放っていた。
『僕は君と遊ぶためにここへ来たんだ☆』
「こんな……!! こんな……!!!!!!」
莉桜の放った一撃。
どこで覚えたのか知らない。だが間違いなくアサシンの持つ固有スキル、
それが、クソ黒髪の首を貫くように消し飛ばす中。
俺は、駆けあがった女王の胸元に
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