29. キミと絆の物語
どこまでも広がる、真っ暗な空間。
その中でまたたく、駆け巡る流星のような無数の小さな光。
上空、何もない夜の闇のような空間に広がる無数のウインドウが、見知らぬプレイヤーたち同士の戦いを映し出していた。
これは、他のプレイヤーの10階の戦いなんだろう。アサシンゲームの時と同じく、同時進行している他のプレイヤーたちを映し出す運営のアトラクション。どういうつもりで
だがいくつかのウインドウが追加されていく中、それを超える閉じていくウインドウの数でゆっくりと表示される数が減っていくのは、今この場で10階を戦い抜くPTが始まり、そしてそれを上回る終わっていくPTの数を示しているんだろう。
空間の頂点。
他を圧倒する大きさの青白い巨大なウインドウに映る白髪のツインテールが、私たちに告げる言葉。
最終戦開始の合図。
その言葉の終わりと同時に、50メートルはある距離の向こう二人の人影が、私たちに向け活動を始めていた。
「
私は、私の杖からスキルの光を放った。
補助魔法ライズ。
結局、最後のフロアまで来ても私のLVは31にしかならなかった。きっと私のコピーには一撃打ち込まれただけで死ぬだろう。
「私のコピーの攻撃は絶対に受け止めないで!☆」
「わかってる!」
ライズを受けた莉桜の体が、一直線に二人組へ突っ込んでいく。
誰よりも見てきた、フード付きのローブを着たピンク色の髪の魔法使い。このローグダンジョンに入る前の私を模したコピーだ。どう考えても絶対的に勝ち目のない、傷ひとつつけられないだろうVIT極の呪われたステータス。
疾走する莉桜と重なった初期装備の戦士♀が、大きく剣を振り上げた。
瞬間、その体が散るように砕けた。駆け抜けた莉桜の一撃が、ただのLV1の初心者戦士のデータを1フレームのあいだに砕き終わっていた。
「後は……!!」
反射的に切り返す莉桜の右手。
光を放つ剣が、私をめがけて一直線に走ってくる魔法使いへ振り下ろされる。
固い、金属音のような音が空間に響いた。
予想通りだ。わかりきっていた。
「こんなの……!!」
莉桜の剣が、勢いよくはじき返される。スキルを込めた最大火力の一撃のはずが、まるで何事もなかったかのように私への疾走を続ける。
ダメージなんてない。あるわけがない。私の耐久力は私が一番よく知っている。
「ハル!」
莉桜の言葉が、叫びのように上がった。
何一つ障害とならない私のコピーが、もうすでに私の目の前にまで接近している。
ピンクと白の、装飾を施してある魔法のステッキ。
まるでそういう表情のアバターでもあるかのように、固まった笑顔を浮かべる魔法使い。嫌になるほど、私だ。私そのものだ。
一瞬だった。
目の前の私のコピーが、一瞬で私の体を杖で貫いていた。
*
結晶になり画面が真っ暗になった後、俺は遺言の選択画面をスキップしていた。
どうせ誰に残すわけでもないですし。別に誰が見るわけでもないですし。俺の遺言は言葉で伝え終わってたからさっさとスキップする。ちなみにチュートリアルはしっかりと見るタイプです。みんなの人生のチュートリアルはどうだったかな?(煽り)
まるで現実時間に合わせたように夜の闇になった、大草原の奥底。
クレーターのように陥没した大穴の底で、まるで小さな電飾が施されたウエディングケーキのよう、汚く言えばローソクをぶっ刺された巻きグソのようなローグダンジョンの塔が何事もなかったかのようにそびえたっていた。
本当に何事もなかったかのように建ってる。あんだけ「運営ぶっ殺す隊」からメテオを食らったはずなのに何一つ傷がついてないのがマジで意味が分からん。さすがVRMMO、現実世界とは異なるテクノロジーかなんかなんでしょうか。多分この塔の立つ陥没したクレーターは隕石でできたようなコンセプトで作られてるだろうに、あの塔には何一つ傷なんかつけられないというのがご都合設定も甚だしい。あんだけいた塔の守護者みたいだったプテラノドンたちもいつの間にか一匹残らず消えている。
ただ、俺たちが最初にやってきた時とは明らかに違うものがあった。
夜のとばりが落ちた中、イモ洗いレベルに混雑していたローグダンジョンへの待ち行列は、すでに完全に姿を消していた。
「やっと来たな(小声)」
入り口とは少し離れた、露出した赤土の上。
小さなたき火のそばに座る黒装束の忍者が、静かに声をかけてきた。
「ほかの二人は?」
「ちょっと前まで一緒にいたんだが、休憩に入ったようでな(小声)」
モブ子がたき火の前で手をこすり合わせる中、俺は適当にその辺に座り込んだ。できるだけこいつとは対面に座りたい。なぜならこいつの黒装束は闇に紛れるので。光が当たってないとナチュラルハイドかまして見えなくなるので。
「またすぐログインしてくると思うぞ(小声)」
「ならまあいいや」
俺は、ふとウインドウの画面を見た。
20xx/12/31 23:45。
あと15分程度で年が明ける。
すなわちそれは、俺たちのローグダンジョンのタイムリミットも表している。
俺は、その時刻以外にもウインドウの中をのぞいていた。
PTメンバーの所在地を示す案内表示。
このローグダンジョン前の平原に2人。ログアウトしている人間が2人。そして、ローグダンジョンの中にいるのが2人。
ピンク色の魔法使いと初心者戦士が、いまだにローグダンジョンの中にいるのを俺に伝えていた。
「しかし10階にハル殿が行くことになるとは(小声)」
「いやぁ……」
俺は、思わずため息をついていた。
「俺かしょーたろーがいくはずだったんだけどなぁ。なんつうか、思った通りになんて行かないもんだな」
「ゲームらしくていいではないか(小声)」
軽く笑う、モブ子の声の後。
たき火のはじける音が、小さく聞こえた。
こういう細かいところまでよくもまあ作り込んでるもんだなぁ。どうでもいいところにまで手が込んでる。風景も、敵の造形も、人間の表情も。本当に現実世界の拡張っていう言葉通りっていうか。本当になんなんだろうなぁ。たかがゲームなのに。
今になって、悔しさがすごいこみ上げてくる。
一日かけて、結果はこの結果はなんなんだろう。
なんなんだろうなぁ。たかがゲームなのに。
「もうさぁ、9階がヤバすぎたんだよ。お前は知らないだろうけど、もうむちゃくちゃっていうか、そういう選択肢しかとりようがないっていうか」
「拙者は、実は見ていたぞ(小声)」
「は?」
モブ子が、青白いウインドウを開いて俺に見せてきた。
「拙者も、死に戻ってから知ったんだが(小声)」
俺は、ウインドウを見せてくるモブ子のそば、たき火を中心に席を移した。
「ハル殿、実は隠れてローグダンジョンの生配信をしてたみたいでな(小声)」
「何やってんだあいつ……」
モブ子の前に開かれた、青白いウインドウの中。
その中に、真っ暗な星空のような空間が映し出されていた。
なんか見たことあんなこの空間。しかもこの、ウインドウの中のウインドウに表示された銀髪ツインテールの眼帯少女。こいつアサシンゲームの時にもいたあのクソAIではないか?
「残念だが、やはりバ美・
画面に映る、おそらくはハルの目を通した視界。
そこに、二人のキャラクターが表示されていた。
突っ切る莉桜の一撃を受け、一瞬で砕け散る初心者戦士♀。そしてそのあとの、流れるような攻撃を受けても何一つひるむことのない、ピンク色の悪魔。
勝てるわけがない、VIT極の呪われた魔法使い。
「あのクソヒーラー、年越しそば食べてくるとか言って落ちちゃった(小声)」
落ちちゃった、ではなくて。自由すぎるだろ。せめてPTメンバーが戦ってるなら最後まで付き合ってやれよ。「拙者、もう年越しそば食べちゃったもんね(小声)」聞いてないです。なんか無性に腹立つから俺も年越しそば食べてこよっかな。
「聞き捨てなりませんわね」
後ろから声がかかった。
「年越しそば買ってきただけですわ」
振り向くと、金髪巻き毛のクソヒーラーがどっから取り出したのか謎のどんぶりの中をすすりながら俺たちを見ていた。なんでそんなものを? っていうかどこに売ってるのそれ。「課金アイテムですわ(笑)」聞いてないです。心読まないでください。なんか無性にムカつくからどんぶりひっくり返そうかな。
「ハルさんの勝算、あると思います?」
気がつくと、別の場所にさらに人影ができていた。
いつも通りのクソでかバックパックを背負った小柄なアサシンが、いつのまにかたき火を囲むように座っていた。
「結論はわかりきってますわ。瞬☆殺ですわ」
ずぞぞぞぞぞぞ。
立ち食いはやめろ。せめて座って食え。
だが。
「まあ——」
俺は、ぽつりとつぶやくように口を開いた。
「普通に考えたら、そうだろうなぁ」
普通に考えたら勝てるわけがない。
今までのどんなボスだってぶち殺してきた、あの狂ったステータスの魔法使い。あんなものに勝てるんだったら、とっくに俺たちはラスボスだってぶち殺してる。
ただ、あの時ハルが見せた決意めいた表情。
―― 何か、可能性があるんだな? ――
あの時の俺の言葉。
ハルは、確かにうなずいた。
「なあ」
俺は、目の前のウインドウに映る最後の戦いを見ていた。
「今年はさぁ。年末、意外と面白かったなって俺は思ってる」
俺は、なぜか全然関係のない言葉を口にしていた。
小さな間の後。
小さく噴き出す笑い声が、周りから少しずつ聞こえ始めた。
「何を考えてお前はこのタイミングで(小声)」
「まだ終わったわけでもないんですよ?」
ずぞぞぞぞぞぞぞ。
「なあ。どうせあと10分ちょいで年も明けるんだしさ。あいつらが戻ってくるの、ここで待ってようぜ」
*
「ハル!」
莉桜の叫びが、私の耳に入った。
目の前の私のコピー。それが打ち込んだ杖が、私の体にめり込んでいる。
このゲームで初めてかもしれない。誰かに殺されるなんて。
莉桜が走り寄ってくる。
本当なら、逃げてっていうようなシーンなんだろうなぁ。でもゲームだから。別にそんなのいう必要もないしなぁ。
HPは0になっている。まだ私がしゃべるのをこのゲームは許してくれている。初めての状況で、これが通常なのか私にはわからない。
走ってきた莉桜が、私のコピーを背後から剣で斬りつけている。でも何ひとつ何も変わらない。わかってる。だって目の前のこのコピーは私なんだから。
「莉桜……☆」
でもたとえゲームだとしても。私たちはこの状況で最後まで踏ん張らないといけない。
「魔法をかけるよ……。だって私は、魔法使いなんだから……!!☆」
私は。
目の前で私を貫く、私のコピーの頭を両手で掴んでいた。
「お前が本当に私なら……! 私の記憶も何もかもコピーしてるっていうんだったら!! だったら私たちが何をしないといけないのかわかってんでしょ!?」
私は、声にスキルを込め歌を叫んだ。
私の声が、目の前のコピーにぶち当たる。
私の目の前に立ちふさがるコピーが、その体を包む光を消し去った。
こいつにかかったすべての
「莉桜!!!☆」
コピーの後ろ。反応した莉桜が、再度剣をふるった。
私のコピーを後ろから斬りつける。やっぱり固い。滑るように剣が流れるだけだ。
それでも、目の前のコピーのHPに、わずかな。ほんのわずかな赤いゲージが見えるのを私は見た。
ああ。目の前のコピーを掴む私の手が、半透明になってる。
そうか。これが終わりなんだな。もう何もできないや。
動画配信、どうなるんだろう。このまま終わっちゃうのかな。最後の莉桜の戦いを見せられないのかな。
私の最後の本当の目的は、達成できるのだろうか。
私の目の前の画面が、真っ暗になった。
ハルが結晶になって消えた。
最後に、光と魔法を残して。
私は、目の前で後ろを向いたまま、微動だにしないハルのコピーに連続で剣を打ち込んでいた。
何一つ、動かないハルのコピー。私に背を向けていたそれが、ゆっくりと私のほうを向く。
しずかに笑っている。現実のハルとは違う、ただのゲームのアバター。なじみも何もない、ピンク色の小柄な魔法使い。
でも振り返ったその笑い方は、ハルそのものだった。
私の剣が、何度も目の前の魔法使いを斬りつける。わずかに。本当にわずかにそのHPゲージを削っていく。気の遠くなるようなHPゲージ。どれだけダメージが入っているのかももうわからない。でも私は斬り続ける。
目の前のハルのコピーが、ただ静かに笑ったまま私を見ていた。
反撃も何もない。
ただ静かに、困ったような笑いで私を見ている。
何度目かもわからない私の剣が、目の前のハルの形をした何かを斬りつけた。
『なぜだ……!!』
空間全体に、少年とも少女とも言えない声が響いた。
姿なんて見えない。でもきっと私の上空からだろう。あの銀髪ツインテールの声が私の耳に入る。
『どうした!! なぜ攻撃しない!!』
怒りとも、驚きとも取れる声。
だが私の剣が、少しずつ攻撃する速度を落としていた。
疲れだ。ゲーム上にあらわれるステータスのようなスタミナじゃない。私自身が、疲れてる。ずっと続けてきた連戦。さっきのクソ地下アイドルとの戦い。あれから続けてきた連戦が、私の体から体力を奪っている。
剣が、遅い。重さなんて何一つ変わってるわけもないのに、この右手の鉄の塊がバカみたいに重く感じる。
「莉桜!!」
突然だった。
突然の、ハルの声。
「ここまで来て何してんの!?」
「ハル……」
目の前の、コピーだった。
目の前のハルのコピーが、動けない私に向け、表情を荒げ声を叫んでいた。
「莉桜は……!! もう二度と菊Pに無理なんてさせないって決めたんでしょ!?」
地面に突き立てた剣で体を支える中。
私は、思わず軽く笑ってしまっていた。
このコピーは、どうして菊Pのことを知ってるんだろう。私とハルだけしか知らないはずの、誰にも言っていない私たちだけの事情。
本当に、コピーなんだな。記憶や人格まで再現された、完全なコピーなんだな。
「最後なんだから……!! ちゃんと最後まで頑張って!!」
「もう……! うるさいなぁ!」
私は、もう一度剣を握りしめた。
右手にスキルの光を込める。
私の剣が、目の前のコピーを再度斬り始めた。
まるで殴るような斬りつけ。
その暴力の中、何一つ身動きをとらない目の前のコピーが、ただ笑って私を見ていた。
「莉桜、表情がこわばってるよ……」
「ハル……」
「ダメだよ莉桜……。莉桜は素の顔だとマジブッサイクなんだから、笑ってないとダメだよ……」
「うるさいなぁ……!」
どうしてこのコピーは私を応援するんだろう。ラスボスのはずなのに。ハルを一撃で殺したこのコピーは、きっと私だって簡単に殺せるはずだ。なのにずっと、ただ笑って攻撃を受け続けている。
『攻撃をしろ!!』
上空から、再度声が響いた。
『お前は!! このダンジョンの最後のボスなんだぞ!!』
上空から、叫びのような命令が飛ぶ。
だが目の前の私の親友のコピーは、何一つ動かない。
「私は……」
私の剣が斬りつける中。
目の前のピンク色の魔法使いが、小さく口を開いた。
「莉桜が地下アイドル活動にのめり込んでいくのが、本当は怖かった。ただ地下アイドルになりたいってだけじゃなくて、莉桜がのめり込んでいった理由はそうじゃないってのは気がついてたから……」
「ハル……」
「ごめんね。きっと本物の私は、私がこんなことを莉桜に伝えるのは絶対に望んでないんだ。でもきっと、こんなことは今ここでしか存在できない
剣が、目の前のコピーを斬りつける。
HPを示す赤いゲージが、もう半分を超えていた。
「ごめんね。このゲームが終わって本物に会っても、私がこんなこと言ったのは秘密にしておいてね」
「バカ……」
私は、ただ笑うことしかできなかった。
「私も、言うね」
私は、少しだけ言葉がおぼつかなくなるのを感じていた。
「ハル、ごめんね。ハルが出ていったあと、私は本気で後悔してた。でも止められなかったんだ。私バカだから、謝ることもできなくて。本当にごめんね。こんなことになって呼びつけて、どんだけ都合のいい話だって自分でも思ってる」
「いいよ」
目の前のコピーの言葉も、少しだけ震えているのが分かった。
「莉桜がどんなやつかなんてさぁ。私がわかってないわけないじゃん」
私の剣が、ハルの体に届かなかった。
スタミナが、尽きてしまっている。
限界だ。私の、私の本体がもう限界だ。もう動けない。あと本当に少しなのに。残り時間なんてないはずなのに。
「莉桜!!!」
目の前の魔法使いが、スキルの光を放った。
私の体を包む、
「ちゃんと最後まで頑張ってよ! 莉桜が始めた物語なんでしょ!?」
目の前のコピーが笑った。
私は、再び剣を構えた。
きっともう何度も打てない。これが最後だ。私の最後の体力をこの一撃に託す。
私も、強く笑顔で返していた。
『なぜだ!!! なぜ反撃をしない!!!!』
上空から叫びにも似た声が聞こえた。
わかってる。反撃をしない理由なんてとっくにわかってる。
「だって……!! 私は……!!」
目の前のハルが強く叫んだ。
「誰よりも私が!!! 莉桜の夢を応援してるから!!!!」
最後の、私に残った最後の力。
スキルではない何かが、私の前で光るのを見た。
私の一撃が、目の前の親友の体を砕いた。
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