24. 地下アイドルユニット代表曲『君に毎日作った味噌汁のせいで懲役3年』
遠く、ボスにしては控えめな、だがそれでも俺たちの何倍もある大きさのハートの
それが、両手に握る巨大な
確実に何かくる。それ以外ありえないようなモーション。これでただのポーズだったら、女王の両脇でクソみたいな笑いを浮かべたまま適当にだらけてる二人の地下アイドルよりもよっぽどたちが悪い。
かと思うと、だらけていた二人の地下アイドルが再び対になったように踊りはじめた。
「慎重なのはわかるけどさ~」
黒系コーデの栗色ショートが、イラつく声色でマイクを握りながら手を突き出した。
「様子見してるだけなんて、ただのオーディエンスじゃないんだからさ~」
ピンクと白の、目を覆いたくなるような床。
何かが発射されたかのような音が走ったかと思うと、床からライブ会場のような花火が吹き上がった。
「このショーの当事者として、もうちょっと自覚を持ってほしいよね!」
白系コーデの黒髪ロングが、立ち昇る花火の後ろからバカにしたような口調で手を突き出した。
スモークのような白煙。
花火の煙とは違う、明らかに煙幕だけを目的とした何かのアトラクション。
それがあたりに立ち込めた瞬間、何かがその中を突っ切ってきた。
真っ白な、二足歩行のウサギだった。黒のジャケットとシルクハットをつけた、不思議の国よろしくジェントルな小動物の群れが、視界を遮断するその白煙の後ろから俺たちに向け突っ切ってきた。
「賭けですわ……!」
「賭け?」
せまりくる白ウサギの群れを前に、バ美・
「今すぐ! こいつをボスまでぶん投げるんですわ!」
は?
「何言ってるんですか……?」
全員の正気か? というような視線の中。
確実に俺たちへの距離を詰めてきた二足歩行の白ウサギへ、アルカナ兵士と同様に
が。
「
絡めとるように体を砕きデータの海に送り還す中、実物のウサギ程度の大きさでしかないその小動物の半数がヘビのようなムチの軌道をすり抜けるようにかいくぐってきた。
俺たちを囲むように展開した白ウサギが、器用にその手に握るステッキを構えた。
「こいつら魔法を使います!」
しょーたろーの声に、無言でハルが反応していた。
ハルの杖から放たれたマジックシールド。
その発動とほぼ同時に、発光した白ウサギの杖から稲妻のような光が俺たち全体に降り注いできた。
何一つ回避ができない。
「この……!!☆」
ハルの杖が再度光を放った。
俺と
落ち続ける雷の中、片手剣を握り特攻した莉桜が、目の前の白ウサギを確実に一匹ずつ切り伏せていった。
「早く!」
バ美・肉美が再度、切迫したように叫んだ。
「間に合わなくなる前に! 早くこいつをボスにぶん投げるんですわ!」
「ちょっと、どういう——」
ことなのか事前に説明する義務はあると思うんだ。
だが俺の後ろ襟が、思わぬところから握られたかと思うと。
「しょーたろーさん……?」
「お前の仕事は、合図があるまでボスを殴り続けることですわ」
断言するように切り捨てたバ美・肉美の言葉を合図に、俺の襟をつかんだしょーたろーが助走をつけるかのように走り始めた。
「僕は
「いやちょっと嘘でしょ?」
「いいから逝ってきてください!」
俺の体が、小さな謎スキル
視界全部が回転状態。さっすが投擲慣れしてないだけあって、頭から一直線に飛んでいかない。煙幕のように張られた真っ白なスモークが、亜音速となった回転する俺の体で吹き飛ぶかのように消え去った。そういう役割じゃないからね?
何度目かなこれ。前回はモブ子にぶん投げられた気がするんだけども。あのときは砲丸投げの砲弾だったし。どうやったらこんな子供の体型から大人がぶん投げられるのか、物理演算という概念がこのゲームではどうなってるのかちゃんと説明して——
「合図があったら殴るのをやめる! いいですこと!?」
なんか聞こえたな~。
そう思った矢先、視界のその先に広がった「いらっしゃいませ♡」みたいな女王のフリフリフレアスカートに、俺は頭からダーツのように突き刺さって止まった。
「はっは~ん?」
フレアスカートの下、マイクを握っていた二人の地下アイドルが、人間メカジキのように突き刺さった俺を見て声を上げた。
「これから何が起こるのかわかっての行動ってわけね~?」
いや全く分かりませんけども。何の説明もなくぶん投げられましたので。
「判断的には間違ってないけど、ちょっと無茶すぎない~?」
判断的に正しいのかわかりませんが、むちゃくちゃだっていうのだけは同意します。
よく見たら(めり込んでるのでこれしか見えないんですけど)、フレアスカートの部分のHP(?)ゲージが半分くらいに削れている。はっは~ん? これにもダメージ判定があるんですね? ということは本体とは別扱いなのか。一定ダメージを当てたらドレスが砕けて脱げたりするのか? それは一体誰得なの?
「さっさと女王を殴りなさいよこの脳みそスポンジボブ!!」
「うるっせえな!」
死なねえかな~。
遠く、どっかの別のクソ女王から怒声のような文句が聞こえてきた。お前絶対に許さんからな。
めり込んだフレアスカートから、全力で頭を引っこ抜いた俺の頭上。
お前なんて存在していませんよと言わんばかりに俺をガン無視したままのハートの女王が、顔面っぽい場所にある懐中時計の「
とにかくこいつをぶちのめせってことなんだろう。多分。知らんけど。
フレアスカートの上に乗っまま、俺は右手に握るマインゴーシュにディレイキャンセルの光を込めた。
『知ってた~?』
だが突然。
地表で俺を見上げていた二人の地下アイドルが、微妙にそろってない振り付けでまた歌い始めた。
『君には言ってなかった大切な秘密~』
何がだよ畜生。また始まったカノン進行に似せた割には全然違いますねっていうクソみたいな音階とともに鳴り響く『君と出会ったのは偶然じゃなくて~』クソ曲。収束していたスキルの光が『私がそうなるように君を~』一瞬で萎えるかのように消え去っていく。この歌があるうちは何のスキルも『ずっと見張ってたからだよ~』ストーカーじゃねえか怖いわ。『恋は
違う~☆ 思考が汚染される~☆
だが突然、俺の体を覆う雷撃。
一匹の、小さな白ウサギだった。
地表にいたシルクハットのジェントルな白ウサギが、その手に握る黒いステッキで次の雷撃を『君のせいで懲役3年!』準備していた。
イッライラする~☆
いろんなもんのせいでフレアスカートから落ちそうになる中、俺はインベントリからなけなしのポーションを取り出して飲み込んだ。魔剤でも飲まないとやってられない。ローグダンジョンにおいてはむちゃくちゃ貴重なポーションだが、あのクソヒーラーはここまでヒールが届かないとか断言しやがった。女王に攻撃を入れろとかいってたが、いったん降りて白ウサギもあの音痴組もぶち殺したほうがいいのか。
だが突然、次の雷撃を放とうとしていた白ウサギの体が、後ろから飛んできた何かに貫かれるかのように砕け散った。
『ちっ!』
クソみたいな地下アイドルの舌打ちが、マイクを通して空間全体に響いた。
遠く、真っ黒な布をマントのようにはためかせたしょーたろーが、何かを投げ終わった投擲モーションの終わりを見せていた。
「やるじゃん」
「ショタアバターつけてるやつなんてどうせ全部ショタコンのくせにね~」
「関係なくないですか!?」
すごい偏見発言だな。何一つ投擲に関係ないのに絶対何かしらでdisるところが一切ブレない。
だがそんな
俺は、頭上に視線を戻した。
杖を握ったまま、硬直したかのように水平に伸ばされた女王の腕。
その丸太のように太い腕を掴んでよじ登った俺は、女王の右肩の上で仁王立ちのように覚悟を決めた。
眼前にある、バカでかいベルベットローズの冠と懐中時計。
時計台の時計くらいの大きさがある。どこを向いているのか、俺を見ているのかどうかすらさっぱりわからない。
『*!+=~?!』
相変わらずクソみたいな雑音が俺の両耳をこじ開けてくる。だがもういい。スキルなんて考える気はない。
とにかく目の前のこいつに、俺は通常攻撃でもいいからぶち込み続ける。
俺の右手のマインゴーシュが、女王の懐中時計に勢いよく振り下ろされた。
爆音のような高音域の不快な叫びが、俺を貫くように襲った。
通常攻撃にも存在する攻撃の
だが、確実に女王のHPゲージの赤い部分がその枠を広げている。
いけるんじゃないのか?
女王はなぜか硬直したまま動かない。召喚されたザコもほかのメンツが何とかしてる。この地雷系アイドルはクソみたいな歌でスキルキャンセルしてくるだけだ。
俺の右手のマインゴーシュが、金縁の懐中時計、その白地の時計盤に深々と突き刺さった。
瞬間、女王が、今までにない高音域の叫びをあげた。
目の前の、深紅のベルベットローズ。
その巨大な帽子のような王冠の下、本来顔があるであろう場所に備え付けられた巨大な懐中時計の「針」。
それが、高速で回転をし始めた。
明らかに違う、異様な雰囲気。どこから現れたのか、赤い光が俺の体をまとわりつくように立ち昇っていく。
無意識に、俺は足元を見ていた。
発光する魔法陣。ついさっき見た、しょーたろーを模したマネキンを作ったときのものと同じ。だがあのときとは絶対的に違う色。
血の色をより鮮やかにした、ザクロのように赤い何か。
「―――!」
遠く、クソヒーラーが何かを言っている。
だが、それが何なのかが聞こえない。この赤い光の外から聞こえてくる、二人の地下アイドルのクソ爆音のせいだ。
強い、鐘の鳴るような音が響いた。
12時。
短針なのか長針なのかもわからないその針が、およそ時計盤の真上でぴたりとその動きを止めた。
瞬間、俺の足元から、真っ赤なルビーのような色をした光が立ち昇った。
視界全部を覆う光。
それが一瞬だけ俺の視界を覆ったかと思うと、その光の先端が揺らめくように頭上で舞った。
塊となった赤い光が、目の前のハートの女王の胸元に吸い込まれていった。
いつの間にか、無音。
クソ地下アイドルも、歌をやめている。
何一つ音のしない中、何かがカチリと動く音だけが聞こえた。
12時を、回る。
ゆっくりと、時計の針が進み始めた。
瞬間、杖を伸ばし硬直していた女王が、その巨体に見合わない俊敏さでまとわりつくダニでも払うかのように体を大きくひねった。
俺は、一瞬の女王の動きに完全に足元を失っていた。
「ヒロさん! 離脱してください!」
女王の肩から自由落下する中、しょーたろーの声が届いた。多分これがクソヒーラーの言う合図ってやつだろう。だが離脱もクソも、俺は身動き一つとれない。この高さから落ちても大丈夫なのか? びっくりするような高さでもないが、かといって無傷ですむような高さとも思えない。
俺は、ただ落ち行く中、身をひるがえした女王のまるでビクトリア王朝時代のようなドレスのコルセット部分に短剣を突き刺した。
ただ、つかまりたかっただけ。
だがその一撃が入った瞬間、俺は思わず右手を離していた。
俺のHPが、一瞬で瀕死になっていた。
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