25. 回復ができない状況下でのヒーラーの意味とは ~ 答え:不燃物 ~
俺は、一体何をされた?
たった数メートル。
その中途半端な高さを落ちていく一瞬の間。
だがまるで動画の一時停止にでもかかったかのように、俺は真っ赤に色づいた自分のHPゲージをただただ見ていた。
何が起こったのか全く理解できない。女王の肩の上から振り落とされるまで、俺は何の攻撃もされていなかったはずだ。
だが最大値まであったHPが、MAXから一気にデッドライン。オールグリーンだった俺のステータスが、一発でわかるヤバさの真っ赤な瀕死色。10%を切ったときにしか表示されない、どう考えてもヤバい警告色。
何かしら攻撃を受けたわけではない。いや、受けたのかもしれない。俺が知らない何かで。
「ヒロさん!!」
突然の、聞きなれたしょーたろーの声で強制的に我に返った。
そうだった。
俺は今落下しているのだ。
背面から落ちていく俺の目の前。
頭上に広がる身をひねった巨大なハートの
一瞬で振り下ろされる王笏。丸太のような太さのそれが、地面に落ちる俺をゴキブリでも叩き潰す勢いで振り下ろしてきていた。
死ぬ。空中で避けようがない。
しかもあとコンマ数秒で落ちるだろう俺の落下地点をめがけて打ち下ろされてきている。
だが、落下する俺の目の前、突然、塊のような何かが割り込んできた。
「離脱して!」
強烈な、乾いた金属音が鳴った。
振り下ろされた王笏が、小さな盾に軌道を捻じ曲げられていた。削り取った表面が火花を放つ中、その先端がピンクと白のタイルを盛大に打ち砕いた。
砂煙すっごい。
見事に受け身も取れず背中から落ちた俺に、えぐられたタイルの破片が横殴りの土砂のようにバッシバシに飛んできた。なにこれ痛い……。この破片と落下ダメージで死んだんじゃないかな……。だがHPゲージは相変わらずの真っ赤な表示で、死亡を表す灰色にはなってはいない。
飛んでくるがれきの中、割り込んできた戦士♀が盾を構えたまま強く叫んだ。
「女王に反撃しないで! 憑依されてる!」
「憑依……?」
「女王のHPとリンクしてる! 回復もできない! いいから早く離脱して!!」
何を言ってるのか全く理解できない。情報量が多すぎる。
だが、俺たちの頭上。
はじかれた王笏を握る女王が、すでに第二撃目の用意に入っていた。
「早く!」
「逃がさないよ~」
クソみたいな甘ったるい声。この短時間で強烈に聞き飽きてしまった、声の主。
女王のフレアスカートの脇に立つ二人の地雷系アイドルが、含むような笑いを浮かべたまま両手を突き出した。
鳴りもしない指パッチン。モーションだけの何がしたかったのかわからないその動きの後、再度俺たちを取り囲むように立ち昇る花火。どう見ても花火の煙だけではない、ドライアイスでも炊いたかのような大量の白煙。
「またか……!!」
いやな予感がした。ものすごい嫌な予感。
さっきの白煙の後に召喚された、群れで襲ってくる小動物。一匹一匹は脅威でもないが、避けようのない魔法攻撃をしてくるジェントルな白ウサギ。
俺は、のけぞるように光る足元を見た。
足元に、魔法攻撃を示すサークルが出現していた。
「避けて!」
莉桜の叫びを聞くよりも早く。
俺はとっさに地面から体をひるがえしていた。
空中から降り注ぐ、大量の白い電撃。
間違いない。さっきの連中だ。
白煙のかげから、再びシルクハットをつけた白ウサギが俺たちを取り囲むように召喚されていた。
俺は、インベントリから古巣のダガーを取り出し握りしめた。マインゴーシュは女王のコルセットにぶっ刺さったまま、もはや俺の手元にない。
「もうダメかな……」
「そういうのは死んでから言って!」
瞬間、視界の外から何かが俺の体をからめとった。
ロープのようなムチ。7階の入り口でも食らったアレ。
俺の体をがんじがらめにしたムチが、一瞬で俺の体をどこかへ強引に引き寄せていく。
「おおおお!?」
空中を飛びながら、俺は飛んでいく先を目で取らえていた。
ムチをたぐり寄せるしょーたろー。アサシンのスキル
とか思っていたら、しょーたろーの横の地面へ受け止められることもないまま俺は顔面から見事に
「間に合いましたね……」
「扱いひどくない……?」
もうちょっとこう、受け止めるとかそういうやさしさって見せてくれてもいいんじゃないかなぁ瀕死なんだし。
「莉桜さん!」
しょーたろーが強く叫んだ。
「ポータルに行ってください!」
ポータル?
だが、遠く白ウサギを切り裂く莉桜が、理解したかのように体を反応させていた。
女王のとなりでポーズをとる、場違いにリアリティな二人の地雷系アイドル。その足元に光る、ギュインギュイン回る青白い環。
その環をめがけて、剣を握る莉桜が突っ切るように突っ込んでいった。
そうだ。
最初っから開いてるんだったら女王なんか無視してポータルにぶっちぎればいいだけの話だ。
だが一瞬、ポータルの上に立つ栗色ショートが、笑ったような表情を見せた後。
ポータルの上からまるで場を譲るかのように莉桜の突進を避けた。
背筋をのぼる違和感。何かが、おかしい。
だがポータルへ突っ込んだ莉桜の体が、上層階へ行くいつものポータルへ突っ込んだかのように体が溶けた瞬間。
「な……!?」
女王をはさみ反対側に立つ黒色ロングの足元に開いたポータルから、莉桜の体が勢いよく飛び出してきた。
突然、ドーム全体に鳴り響くブザー。
ピンクと白。ガーリーの権化のようなわたあめ広がるドームの頂上、そこに表示される強烈に主張するバカでかい赤い枠のアラート。
「ふふ——」
小さく、含むような笑い声をあげた二人の地雷系アイドルが——
「あははははは!!!!」
これ以上ないくらいの笑い声をあげはじめた。
ドームの頂上で巨大に主張する、真っ赤なアラート。
【 ポータルを起動させる条件が足りていません 】
【 条件1: ハートの
【 条件2: 二名以上での起動 】
「バ~~~~~ッカ!!!!」
栗色ショートが楽しくてたまらないというような声を上げた。
「初心者一人、突っ込ませたら勝ちだって思ったんでしょ~?」
黒色ロングが静かに、笑いながらその手を上げた。
まるでリンクしているかのように。王笏を握る女王が、その棍棒のような豪華な杖を天高く突きあげた。
「限りなく詰みに近い何かってやつだね~」
振り下ろされる王笏。
だがその矛先は、女王の横、フレアスカートの裾で硬直したままの莉桜を狙ったものではなかった。
女王の眼前に広がる青白い環。
その中で宙に浮く、しょーたろーを模したマネキン。
しょーたろーが再度、突然ひざをついた。
「こんな……!!」
女王の王笏が、再度空中に浮くマネキンを全力で殴打し始めた。
「おい!」
俺は、となりで硬直したままのバ美・
「ヒールしねえのかよ! 死ぬぞ!」
「ヒールを打てば、女王も回復してしまいますわ」
遠く、俺の攻撃でHPが削れた女王。その眼前で浮く、しょーたろーを模したマネキン。
それが女王から殴打されるたびに、となりでしょーたろーがゆっくりとHPを削らせていっていた。
「じゃあどうすればいいんだよ!」
「うるさいですわね!」
バ美・肉美が、今までに見せたことのないような剣幕で叫んだ。
「回復させるくらいなら、一度死んで憑依が解けてから蘇生させたほうがマシっていってるんですわ!」
遠く、シルクハットをかぶった白ウサギの群れ。
ポータルの上で動きを止めていた莉桜へ、白い電撃が落ちた。
まるで、痛みで再起動したかのように動く莉桜。
誰一人行動ができない中、莉桜だけがただ無数に沸く白ウサギへと剣をふるっていた。
「憑依って……」
俺は、聞きたくないものを確認するかのように声を上げていた。
俺の体から立ち昇る、わずかにまとわりつくような赤い光。しょーたろーの白い光とは対照的な、だが同様に女王の体に吸い込まれている光の筋。
「もしかして、俺も回復できないのか……?」
「できませんわ」
バ美・肉美が、杖を握りしめながら静かに口を開いた。
「お前がもらった憑依は、マネキンではなく女王本体とのリンクですわ。お前を回復すれば女王も回復する。女王が攻撃を受ければお前にもダメージが行く。というか、それが本来の憑依ですわ」
俺は。
あの赤い光が俺を飲み込んだ後のことを思い出していた。
落下する俺が、思わず突き刺した女王のコルセット。
予想外のダメージに思わず手放した、いまだマインゴーシュが突き刺さっているあの腰。とにかく捕まる場所をと思って突き刺した、たったあれだけ。
あの一撃が、俺のこのHPの減りになっているのか。
「賭けでしたわ」
バ美・肉美が小さく声を漏らした。
「本体憑依があるのかないのか。それもわからない中、それがなかったら勝ち。あってもそれが発動する前に殺せば勝ち。それすらダメでも、せめて憑依の発動先が私やクソハルさんだったらまだ違いましたわ」
そうか。
憑依される前に殺せたなら。それが無理でも、憑依が俺や莉桜でなければあのまま押し込めたってことか。
だが、俺は。
恐ろしいことに気がついた。
死んだあと、憑依がはげてから蘇生させる。このクソヒーラーは確かにそういった。だが。
「お前のリザレクションが、スキルキャンセルされるってことは——」
「この距離なら、あいつらのキャンセルは届きませんわ」
「もし距離を詰められたら……?」
バ美・肉美の表情が、一瞬でこわばりを見せた。
わずかな可能性。投げ捨ててもいいくらいの最悪のケース。だが確実に、ありえなくもない嫌な予感。
もし、憑依された俺としょーたろーがこのまま死んだら。
そして蘇生ができなかったら。
一体誰が莉桜と一緒に10階に行くんだ?
「わかってます」
殴打される中、しょーたろーが静かにムチを構えていた。
殴打によるノックバック。
その合間を縫う、一瞬のスキル発動。俺を捕らえたのと同じ、アサシン特有のスキル
そのムチの先端が女王に向かって放たれたと同時に——
「へぇ~?」
女王のとなりにいた栗色ショートをからみ取ったかと思うと、一瞬でしょーたろーの手元まで引き寄せていた。
「そうくる~?」
がんじがらめで呼び寄せられた、栗色ショート。
しょーたろーの手元に強引に呼び込まれたそれが、突然足元から生えた強烈なトラばさみに、一瞬でしょーたろーごと食い殺されるかのようにその牙に閉じ込められた。
「おい!」
「やれることは全部やっておきたいので……!」
トラばさみに挟み込まれたしょーたろーの右手が、ムチから全く違うものに切り替えられていた。
モブ子の墓から取り出した、三日月のように波打つヴェノメス・ジャンビーヤ。急所に打ち込むことで一撃で
その刃が、同じくトラばさみに飲みこまれた栗色ショートの胸を深く貫いた。
「もしこれで死ななかったとしても、罠スキルで身動きできないってのを期待しますよ……!」
「やるじゃん」
地雷系アイドルの片割れから、恐ろしいほどの血の量が吐き出された。
いくらVRとはいえ、人間の胸元に短剣はいくらなんでもやっちまったぜっていうような凄惨な状況の中。
「正解だよ」
短剣を両手で握りしめたしょーたろーが、深々と突き刺さったその刃をさらに回転させるようにねじ込んだ。
「ヒロさん!」
バカでかいトラばさみの中から、しょーたろーが強く叫んだ。
「この武器はヒロさんが使ってください! 10階に行くのが二人必要なら、莉桜さんと一緒にいくのはヒロさんの役割です!」
閉じゆくトラばさみの中、しょーたろーから黒い短剣が俺に向かって投げられた。
「お前が行くかもしれないだろ!?」
「万が一です!」
圧搾されそうなしょーたろーが、小さく笑った。
「もし僕が蘇生できなかったら、この武器いつ渡せばいいっていうんですか!?」
投げられた短剣を拾い上げた俺の目の前。
いつのまにか、マネキンを殴打する女王の王笏が止まっていた。
強く、その口を閉じるトラばさみ。
それが、捕らえていた対象を失ったかのように口を開いたかと思うと、まるで溶けるようにその姿を消し去っていった。
半透明になった二つの塊を地面に残して。
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