23. ポルナ〇フより役に立たない情報仕入れてくるやつ初めて見ましたわ……

 ピンクと白の、地獄のようなガーリー空間。

 その中心で立ちふさがる、深紅のバラを身にまとう巨大なハートの女王クイーン


 突撃してくる無数のアルカナ兵士を前に、俺は小さく開いたウインドウの数字を一瞬だけ確認し短剣を握りしめた。


 表示された時刻は23。もう年が明けるまであと1時間もない。


 正直ここまで来れるなんて、イベントを知ったあの酒場の中では1ミリすら予想もしていなかった。適当に突撃して、なんとなくイベントのさわりだけでも楽しむ。そんなつもりだったローグダンジョン。俺たちみたいなクソアサシン、PTなんてお呼ばれもしない連中には一生無縁の、同時接続者数1000万名突破とかいう現実味のない年末大イベント。先着100名までに用意された賞金、およそ一億円ワンミリオンダラー


 目の前に立ちふさがる、強烈なでかさのハートの女王の後ろ。

 二人の地下アイドルが、クソみたいになめ切った笑いを浮かべて俺たちを見ている。


 —— 9階以上にいるのは上位2% ——


 こいつらはさっきそう言った。正直それがどんな人数なのかクソほどにも見当がつかない。だが百人単位、下手したら千人くらいはいるんじゃないか? ってのだけはわかる。全然何一つ情報もないこの状況、今この瞬間にだってクリア者が出ている可能性はいくらでもある。


 だがそんな話よりも。


「取り巻きを召喚するボスって嫌いなんですよね……」


 ぶつくさと文句でもあんのかっていうようなしょーたろーが、インベントリから縄状の何かを取り出した。


 しなるようなムチ。専用装備であるアサシン界隈でもそんなに選ぶ人間のいない、遠距離・範囲攻撃に向いたザコ狩り専用装備。

 よくそんなものまで収集してたなっていうような先端に重りのついた金属製のそれを、まるで蛇使いにでもなったかのように、よりバカっぽくわかりやすくいうなら小学校の時の縄跳びの縄をビュンビュンに振り回してくるクソガキみたいに、自由自在にあやつり始めた。


「……ウィップマスタリーでも取ったの?」

「とりました。ぶっちゃけ本職でも使うんで、ダガーよりムチのほうが本当は慣れてるんです」

「本職?」


 本職って何? 実はこれサブ垢なの? それともリアル職業でムチを使う特殊なお仕事なの?


 だがそんな俺の疑問を無視するように、ムチを握るしょーたろーの手が強く光を放った。


 拘束の接吻エル・ベッソ・デラ・コンテンシオン

 宙を薙ぐ、一本の蛇。横一線、扇形に放たれたムチの本体が、複数のアルカナ兵士へまるで生きているかのように食らいついたかと思うと、バラバラに動くそれぞれの体を一瞬で切り裂き散らかしていた。


「ちょ……!」


 何この威力ッ! こんなのを使う本職っていったい何ッ! カウボーイか女王様くらいしか思いつかないんですけどッ!


「私はどうすればいい?」


 剣を構えた莉桜りおが、前を向いたまま小さく全体に尋ねるかのように口を開いた。


「敵のパターンが分からない以上、戦士きりふだは切り込ませられないですわ」


 飛んでくるアルカナ兵士の破片をはたき飛ばしながら、バ美・肉美にくみが口を開いた。


「こういうときのために、それ専用の斥候ジョブが存在してますの」


 どこぞの金髪縦ロールヒーラーの視線が、横目だけで確実に俺を捕らえていた。


 お前だよ。ってことですよねわかります。


「とりあえず確認なんだけど……」

「なんですの?」


 縦横無尽にアルカナ兵士を食い散らかしていくしょーたろーのムチの向こう。

 巨大なハートの女王が、ゴッテゴテに装飾された王笏を握ったまま懐中時計のような顔を俺たちに向け仁王立ちしていた。


「俺があの位置までいったとして、ヒールは届くのか?」


 バ美・肉美が軽く笑ったまま、胸に手を当てて自信満々に声を上げた。


「確実に届きませんわ。まして蘇生リザレクションは絶対に届きませんわ(笑)」


 死んでこいってことじゃないですかやだー! とりあえずサンドバッグになってこいっていうよりもひどい扱い。このままでは「PTから追放されたアサシンは死刑を宣告されたがざまぁも何もありませんでした」が連載されてしまう……!


「ただ、死んだら1分以内に骨を拾いに行くくらいはしてやりますわ(笑)」

「ありがたいですわぁ……」


 俺は、右手に握るマインゴーシュにスキルを込めた。


 拒絶する外套アヴォイディング・クロークAGIすばやさ型アサシンにはド定番の、瞬間的にAGIを増加させる回避に特化した近接戦闘用スキル。加速アクセラレーションと合わせて使えば、魔法攻撃でもない限りほとんど無傷で逃げ切れる。


 ふと、俺は笑ってしまった。


「……緊張感で頭がおかしくなりやがりました?」

「いや……」


 なんでだろうと、ふと思ってしまった。

 PTなんて無縁の、完全エンジョイ勢だったはずの俺が、どうしてこんなギリギリ感満載の役目をしているのか謎でしょうがない。最初にアサシン3人で入ったときはこんな感覚になんてなりようがなかった。


「無理して蘇生しにきて全滅するくらいなら、いっそ放置でいいからな……?」

「そう思うんだったら、今までのUNKOUnknown Online人生をかけて必死こいて生還してきてもらいたいもんですわ」


 ここで全滅すれば全部が終わる。再突入する時間なんてのは絶対的にない。俺たちの年末を奪い去った一日がかりのイベントは、即刻その場でジ・エンドを迎えてしまう。

 こういうタイミングで何一つ文句を言わずに楽しそうに突っ込んでいってたモブ子は、本当に生粋のアサシン向きな性格だったんだろうなぁ。


 俺の体を、魔法陣のような白い光が障壁のように包み込んだ。


 マジックバリアだった。

 振り返った先、ハルが真剣な表情で、だが笑ったまま俺に向け杖をふるっていた。


「昔アサシンにさぁ☆」


 ハルが困ったように笑って続けた。


「これをかけたら、『あ、俺AGI型なんで意味ないんで』って言われたんだけどさぁ☆」


 辻ヒールも辻バフも受け付けない。それがソロアサシンのガチ陰キャスタイルです。


 再度、ハルの杖から光が放たれた。

 久々のライズ。俺のSTRとVITが急激に上昇していく。やっとこれをとれるLVにまで上がっていたのがちょっと俺も感動。


「ないよりはマシかなって思って☆」

「ありがてえこってす」


 ハートの女王が、再度王笏を地面を撫でるかのようにふるった。


 飛び散るバラの花弁の中、再度召喚された無数のアルカナ兵士。

 その取り巻きを、沸いたそばからしょーたろーのムチが砕き散らした瞬間、俺はハートの女王めがけて走り出していた。









 近くで見るとさらにでかい。フレアスカートの裾から見上げると、身長は俺たちの3倍くらいはあるかっていうようなハートの女王。それでも他のボスに比べればまだマシなサイズの敵。


 このフレアスカートみたいな服自体にも被ダメ判定はあるのか? それとも足に打ち込まないとダメージは通らない?


 なんでボスって毎回でかいんだろうな。一発でボスってわかるからかな。そう考えれば7階のドリアードは普通サイズだったのは、迷路と錯乱でプレイヤーをだますのにちょうどよかったんだろうか。事前の情報がなかったら、あれをボスだとは思わなかったかもしれない。


 とか思っていたら射程範囲内に入っていたのか、先端のピンクダイアモンドだけで俺のサイズはあるかっていうような女王の王笏が、叩きつけるかの勢いで俺をめがけて振り下ろされた。


 俺はマインゴーシュを構えた。この短剣に備わっている専用スキルのカウンター。どう考えてもサイズ的に丸太をつまようじでさばくような状況なんだが、そこはゲームなので何とかしてくれるだろう。


 マインゴーシュの刃先にふれた王笏が、流れるようにその軌道を捻じ曲げられピンクと白の地面へとめり込んだ。


 瞬間、女王の体が白く発光した。カウンターから発生する一瞬だけの硬直ディレイ。通常の敵にはほぼ確実にとおるスキルが、このボスにも通ることが分かっただけでもありがたい。単純な物理攻撃ならヘイトさえもぎ取れば、全部俺のカウンターでしのげるっていう理屈になる。


 女王の硬直中、それが解ける前に俺はそのフレアスカートの中へ駆けた。手に握る短剣にスキルを込めていく。

 前面が着物のようにわかれたその隙間からのぞく生足(でかすぎてちょっと……)にその一撃が——


 だが。


「私たちもお忘れですか~?」


 フレアスカートの裏からだった。

 二人の地雷系アイドル。どう考えても不思議の国にそぐわない現代が生んだクソ文化の結晶のような二人組が、いつのまにか女王の奥で突然開いた最上階へのポータルを離れていたかと思うと、女王を軸にして対になったようにマイクを取り出し踊り始めた。


『私たちの~世界を~』


 何これッ! 頭に直接響いてくるッ!


 突然の二人の地雷系アイドルが、意味不明な振り付けつきで爆音のような音量で歌い始『救うのは~キミしかいな~い!』めたうるせえッ!『そうだ! 感無量!』何だこのクソ歌詞何が感無量なのか全然わかん『たたかえ~!』ねえぞ俺の思考に強引に割り込んできやがる~~~~!!!! イッライラする~~~~!!!!☆


 女王の硬直が、解けていた。


 背筋に冷えるような汗が流れるのを感じた。

 クソみたいな爆音の中、目の前で動き始めたその本体の生足に俺はかろうじて一撃を入れた。


「ちょッ!」


 スキルが、解けていた。本来入れるはずだった最大火力の一撃フィニッシュ・ストライクではなく、ただの通常攻撃がかするように生足を撫でた後。


 今度はまるで横なぎのように。女王の王笏が俺をめがけて刈り取るかのように打ち込まれてきた。


 ほとんど無意識に、俺は反射的にマインゴーシュを構えていた。ローグダンジョンではついさっきでたばかりのこの武器。だが本来では長いこと使ってきた『僕がキミと結婚したら~』アサシン御用達のごはんと味噌汁みたいな装備品。そのステータスにあ『毎日朝ご飯を作って一緒に笑いたい~』らわれないプレイヤーとしての経験がとった無意識の行『そんな左手の誓いが~』動クッソうるせえええええええええ!!!!!


 だったはずのものが、何一つスキルの光を放たなかった。


 女王の王笏が、SASUKEの丸太のように俺を襲った。確実に俺をひき殺す一撃。

 だが、俺の数字上のステータスが発動した。AGI頼りの俺の回避力が、オートでその暴力の塊をすり抜けるかのように飛び跳ね回避した。


「あれ?」


 振り付けを止めた栗色ショートが、マイクを握ったまま声を上げた。


「つまんない展開だね~」

「回避特化ビルドなんてさぁ、キン〇マついてないんじゃない?」

「どうせたいして使い道もないくせにね~」


 こいつら殺す~☆


 だが俺は、そのクソみたいな歌が再度始まる前に、飛び跳ねるかのように女王の射程距離内からPTのいる位置まで一瞬で離脱した。


「私の予想をはるかに超える動きでしたわ……」


 戻ってきた瞬間、バ美・肉美が小さく声を上げた。


「通常攻撃一発だけ入れて帰ってくるとか、もうほんと、逆にやさしくしてやったほうがいいんじゃないかって思うくらいにおめぇのことを見下げ果てましたわ……」


 やめて、俺のせいじゃないの。俺は間違いなくスキルを使いました。断じて。


「違う、聞いてマジで」

「いいですわ。なんでございますかしら~?(哀)」

「あのクソコンビ、マジでヤバい。素人に毛が生えたみたいな学園祭レベルの歌を歌ってくる。クッソ音痴で爆音すぎてマジでゲロ吐きそうになる」

「ポルナ〇フより役に立たない情報仕入れてくるやつ初めて見ましたわ……」


 バ美・肉美の俺を見る表情が、完全に憐みのものにかわっていた。


「違う、そうじゃない、歌がヤバいんじゃない」


 俺はなぜか必死に弁明のように続けた。いや歌もヤバいんですけど。


「そういうスキルなのか音痴なのか全然わからんけど、俺の発動するはずだったスキルがキャンセルされた」

「スキルがキャンセル?」


 哀しい生き物でも見るようなバ美・肉美の表情が、緊張を浮かべて硬直した。


最大火力の一撃フィニッシュ・ストライクが発動しなかった。いつのまにかただの通常攻撃になってた……」

「それで、通常攻撃に?」


 遠くで王笏を構える女王。

 だがわずかに、ミリ程度ではあるが、その頭上に表示されるHPゲージに赤い線が入っているのが見えた。


「ダメージは通るんですね」


 しょーたろーが、アルカナ兵士を蹂躙したムチを手元に戻しながら口を開いた。


「HP少なくないですか? 通常攻撃一発だけなんですよね?」

「一発だけしか入れてない」

豆腐なやわらかいのかHPが少ないのか……」


 俺が入れたのは、通常攻撃を生足にかすらせただけ。その一撃だけでも削れたのが視認できるほどのHP。正直、通常モンスターと大差ないくらいに感じる。8階のボルケーノドラゴン、下手すると6階のボス・ビッグフットのほうがよっぽど耐久力が高かった。


「なんとなく、つかめてきましたわ」


 バ美・肉美が女王を見据えながら口を開いた。


「このゲームの豆腐系ボスのパターンは、大体お決まりですわ」

「どんななのよ」

「特殊攻撃が、強い。通常の攻略法で行くと、罠だらけでくたばる羽目になりますわ」


 奇妙な、音割れした高笑いのような声がドーム全体に響いた。


 ハートの女王が、王笏の先端を俺たちに向け突きかざした。


「何か来ます……!!」


 全員が身構える中、女王が目の前の宙に円を描くように王笏をふるった。


 その先端の軌跡、青白いポータルのような環ができたかと思うと、その中から一体の、デフォルメした三等身くらいの無地のマネキンのような人形が現れた。


 瞬間、全員の足元に小型の魔法陣のようなものが光った。


「なんだ……!?」

「位置魔法の可能性があります!」


 緊迫したしょーたろーの声に、全員がその場から瞬間的に跳んだ。


 だが、俺たち一人一人の足元に浮かんだ魔法陣。それが追尾するかのように追ってきたかと思うと。


 すべての魔法陣が、しょーたろーめがけて集約するかのように重なった。


「なんで僕なんですか!?」


 アルカナ兵士殺しすぎたからじゃないかな?


 逃げるように移動するしょーたろーを追尾する魔法陣から、輝く光が吹き上がった。貫くような光がしょーたろーの体を包んだかと思うと、立ち昇った光の先が青白く光る宙に浮いたマネキンに吸い込まれていった。


 マネキンの形が、変わった。


「あれは……!!」


 無地だったマネキンが、まるでしょーたろーを模したような。

 正直少年アバターのしょーたろーからしたらぶっちゃけそんな変わらないでしょっていうような、だが確実にしょーたろーをさらにデフォルメしたような三等身の人形にその姿を変えていた。


 顔面のない、巨大な懐中時計を頭にすえたハートの女王が、叫びのような金切り声を上げた。


「ちょ……!!」


 突然、遠くにいたしょーたろーがひざを崩した。


 女王だった。その振り上げた王笏が、まるで従僕を咎めるかのように宙に浮くマネキンを連打していた。


「回避できないんですけど!」


 遠く、全くの射程外でしょーたろーを模したマネキンを打ち据える女王。

 その一撃一撃が入るたびに、しょーたろのHPが明らかに「まるで直接殴打されているかのように」削れていった。


 反射したかのようにバ美・肉美のヒールがしょーたろーへ連打されていた。


「あれ……!!☆」


 ハルから緊迫した声が上がった。


「女王が回復してる!☆」


 遠く、マネキンをフルボッコしつづける女王。

 そのミリほど削れていた女王のHPが、いつのまにかフルゲージに戻っていた。


「わかりましたわ……!」


 バ美・肉美が声を上げた。


「こいつは……!! グランドパレスのボスと同系列ですわ!!」


 どこだよ。そんないきなり言われましても。


 だが、俺のそんな視線を理解したかのように、HPが削られ続けるしょーたろーへヒールを連打しながらバ美・肉美が続けた。


「憑依系のボスですわ……! 味方のプレイヤーと自身をリンクさせる、リンク中の味方を回復させると相手も回復するクソみたいなボスですわ……!!」


 王笏を握る女王から、再度音割れしたかのような高音が放たれた。


憑依ポゼッションが来ますわ! 私たちとあいつ本体が直接リンクする! 死人なしでは攻略不可能になりますわ!!」

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