22. 君は知っていたか? このお話は地獄のクソ地下アイドル編って名前なんだ

「借りてたの、返すね☆」


 火山の頂上。その頂上を、切り取ったかのようにまったいらに開かれた台地。

 その中央に開いた、青白い9階へのポータル。


 静かに笑顔を込めたハルが、自分の二倍はあるんじゃないのかってくらい身長差のあるひげもじゃの大男——『神原あかり♡14歳』に、そっと杖を差し出した。


「この杖、ありがとう。この杖がなかったら、きっと私も、このクソヒーラーもあそこで焼け死んでた気がする☆」


「ごめんな……」


 神原が、杖を受けとりながらそっと口を開いた。


「俺たちのときは、ボルケーノドラゴンが2体になるなんてなかった。多分、何の確証もないけど……。俺たちとお前らのPTで、2PT扱いになったからじゃないかと思う」


 火山灰の舞う中。

 宙に浮く、小さく輝くクリスタル。


 死んだモブ子のスキルを抱えた、死んだプレイヤーだけが残す結晶。


 それを見た大男が、つぶやくように小さな声で続けた。


「お前らだけだったら、もしかしたら違った結果になってたかもしれない」


 違った結果。


 もしかしたら、モブ子も死なずに9階へ行けたんじゃないのか。


 静かな沈黙の中、莉桜りおが小さく首を横に振った。


「多分、私一人だったらどのみち無理だったと思う」


 挑発のタイミングのことだろう。ヒーラーに常時向いた、ボルケーノドラゴンのタゲを強引にもぎ取る戦士のスキル。あれを常に行えたのは、間違いなくこの大男のPSによる部分が大きかった。

 このローグダンジョンで成長した、ステータスだけは俺たちのLVとなんら遜色のない小さな戦士♀は、ステータスにはあらわれない熟練した連携のタイミングなんて知りようもない初心者なのだから。


 無言の中、しょーたろーがモブ子の「跡地」に立つ十字架をまさぐっていた。


「僕たちは、まだ終わってません」


 死体あさりも堂に入ったお上品な没落貴族が、十字架からぬるりと真っ黒な布を取り出した。

 いまだに名前すらわからない、忍者になろうとしてどう考えても別のものムジャヒディンになってしまった魔法防御力を上げるバカでかい一枚の布。


 それを空中でシーツのようにはためかせたかと思うと、しょーたろーが幾重にも重ねてマントのようにはおり身を包んだ。


「ヒロさん」


 しょーたろーが、俺に向かって短剣を放り投げた。


 大きくつばのついた、装飾の施された短剣マインゴーシュ。モブ子が奪って突撃していった、ド定番にして終盤まで使える安定のアサシン専用武器。


「スキルも武器も、ヒロさんが継承してください。僕は多分、戦闘では活躍できないです」


 俺をただ見据えるしょーたろーの視線に、俺は小さくうなずいた。


 宙に浮くクリスタル。

 それを握った瞬間に伝わってくる、モブ子が託した継承スキル。


 俺とモブ子は。このローグダンジョン、ほとんどステもスキルも変わらない、ごく一般的な近接向けのAGIすばやさ型回避構成ビルドだった。


 だがたった一つの大きな違い。

 俺の持つ投擲とうてきに対して、モブ子が取得していたスキル。


 俺は、結晶を握りながら思わず軽く笑ってしまった。


「何のスキルなんですか?」

「なんだと思う?」


 手の中で結晶が、強く光った。

 砕けるように散った光が、俺の中に吸い込まれるようにしみ込んでくる。


 俺の周りを飛ぶ小さな光の破片の外、しょーたろーが皮肉を込めたように小さく笑った。


「どうせ闇の処刑パニッシュメントなんじゃないんですか?」

「当たり」


 どうしてこんなバカみたいなスキルを……。ハイド中でなければ打ち込めない、どう考えてもこんなのソロでしか使わないクソプレイヤー専用スキル。PTなんて概念をガン無視する、継承した瞬間にIQが下がる地獄のクソ所業。

 どこまでいっても、モブ子という謎のアサシンの思考回路がマジで理解できない。


 俺は、無意識に。

 クリスタルの下で沸くように立っていた十字架が、何を伝えようとしていたのかを俺は苦笑しながらサーチしていた。


 青白いウインドウがメッセージを込めて開いた。



『大・忍者峠』



 は?



『第百十二話』



 だいひゃくじゅうにわ……? どういうこと……?

 だが俺の意思を無視して、ウインドウの中のページが勝手に地獄のようにめくられていった。



『その時拙者は、一陣の疾風かぜとなった。拙者の黒き刃が灼熱の体躯を貫き、放たれたその一閃が炎の塊を屠るように——』



「アイエエエエエ!!!!」


 俺は精神汚染物質(ウインドウだよ☆)を叩き割るように閉じた。


 もぎ取るように右手に着けたマインゴーシュを握り、俺は強く叫んだ。


「早く9階に行くぞ!」

「行きましょう!」


 さらば忍者。死んでも治らない地獄のような病が俺に感染うつってしまう前に俺はお前のもとを去る。あとお前の小説もうそうはそれ専用の方々のためにそういう場所で公開しておいてください。俺は絶対に読みませんのでごり押ししてくるのは本当にやめてください。死んでしまいます。









 青白い環を潜り抜けた後。


 しばらくぶりに感じる、だが長いこと見ていなかった空間。それでも確実に見覚えのある、というか見覚えがありすぎて嫌になる広大なドームのようなフィールド。


 一面の、白とピンクのしま模様の床。同様の模様で埋め尽くされた、壁から天井までを覆うようなわたあめのカーテン。なんつうか、高熱にうなされたときに見る悪夢をより一層ドリーミングにした世界。


 俺たちがローグダンジョンに入った最初のエリアと同じ、地獄のガーリー☆亜空間が目の前に広がっていた。


「なんなんですのここは……!」

「またここかよ……☆」


 吐き捨てるようなハルのとなり、眉間にしわをよせたバ美・肉美にくみが唖然としながら声を上げていた。そうですよねわかります。でもそんなステージを僕たちは駆け抜けてきたんですわ……。


 だが突然。


 何かが作動するかのような音がしたかと思うと、重いチェーンを巻き上げるような機械的な連続音がドーム全体に響いた。


 かと思うと。


「ようこそ~!」


 どこかで聞いたような声。


 真っ白な、雲のような形のゴンドラだった。


 ドームの天井、どこからそんなものが? というようなゴンドラが、真っ黒にあいた輪の中から何の脈絡もなく突然現れたかと思うと、ゆっくりとその位置を降ろし中途半端な位置で止まった。


 二人の、見たことのある地雷系ファッションに身を包んだ女を載せて。


「9階への到達、おめでとうございます!」

「このフロアまで到達したあなた方は、全ユーザーのうちなんと上位2%!」


 黒系コーデで統一した、栗色ショートの右。

 白系コーデで統一した、黒髪ロングの左。


 このローグダンジョン中、何度も強制的に見せられてきた、あの公式放送に出てきた地雷系アイドル二人組だった。


「なんで公式放送のが……?」


 自然と、漏れるように放たれたしょーたろーの疑問の言葉に、ゴンドラに乗った二人の地雷系アイドルがそろったかのように冷えた笑みで口を開いた。


「私たち、実はAIなんで~」

「つまり、虚像! 君たちの前にいるのは、無限にある私たちのうちの一つって感じだね!」


 何その哲学みたいな回答。っていうかAIって、あの公式放送自体がAIがやってんのか? それともこいつらはあのアイドルを模したAIなの? だがこのゲームの開発者はAIを作ることにかけては無駄な情熱を——


「私たちを倒せば10階」


 宙に浮くゴンドラ、右に立つ栗色ショートの言葉に、俺の全く意味のない疑問と疑念の思考がぶった切られた。


「ラス前の気合が入るステージってやつだね~」

「でも、前回10階まで行って死んだザコがいるよ~?」


 宙に浮くせせら笑った黒髪ロングと、バ美・肉美の視線が交差した。


「またやり直してくるなんて、攻略方法を考え付いたのかな?」

「今日キャラを作ったようなのを連れてきてるし?」


 二人の地雷系アイドルが、小ばかにしたように二人だけの会話を始めた。


「ここにいる人たちは、10階に何があるのか知ってるみたいだね~」

「だとしたら、ここが最終ステージだとでも思ってるんじゃないかな」


 そういうと。

 まるで俺たちの思考を読んだかのように。


「あは☆」


 クソどもが同時に笑ったかと思うと。


「浅はか~☆」


 勝手に煽り始めた。


「それじゃ、皆さんの希望を絶望に塗り替えるためにも!」

「私たちも全力で行かせてもらうかな!」


 そういって、ゴンドラに乗った二人の地下アイドルが、まるで合わせ鏡のように対になって踊ったかと思うと。


 何かが叩きつけられるような音。


 鏡合わせに突き合わせた、二人の両手が作る環の中から。


 まるで、テントのように裾が広がる中世のドレスのようなもの。

 俺たちの数倍の体長はあるんじゃないかっていうような大きなフレアスカートが、輪の中から生えるかようにその姿をあらわし始めた。


「おい……。クソヒーラー……」


 俺は、思わず声を出していた。


「なんですの」

「あれはなんなんだ……」

「わかるわけねえですわ。私たちの時の9階とは、何もかもがまったく違いますもの」


 輪の中から飛び出した、エレガントな深紅のドレス。

 そのドレスの真ん中、通常のドレスではありえないまるで着物のように裂けたそのすき間から、巨大なピンヒールを履いた艶めかしい生足が天を突くように生えたかと思うと。


 ピンクと白のしま模様のタイルを砕ききるように地面へ降り立った。


「やっぱり、アリス・イン・ワンダーランドですね……」


 ダガーを構えたしょーたろーが、眉間にしわを寄せたまま口を開いた。


 降り立った、巨大なドレスを着た人型。


 巨大な深紅のバラでできた、頭すべてを覆いつくす帽子のような冠。その下に設置された、本来顔があるべき場所で主張する巨大な金縁きんぶちの懐中時計。


 その巨大な、ヴィクトリア時代から出てきたような「バラの女王」が、ごてごてのピンクダイアモンドで装飾された王笏おうしゃくを地面に叩きつけた。


 王笏の先端。

 光る魔法陣が、床一面に走った。


 フィールド全体に、深紅のバラの花びらが舞い散った。

 ただ花びらではなかった。


 吹き荒れるバラの花弁の陰。その後ろから、武器を持つトランプカードのような兵士が無数に湧き出るように召喚されていた。


「ほんっとうにやってらんねえですわ」


 バ美・肉美が、握る杖に詠唱キャストを込めた。


 杖から放たれた、光る白い羽。スキルを無尽蔵に放つことを許す、MPの自動回復速度を急激に上げる再生の羽リジェネレイト・フェザー


 その光る羽が、バラの花弁を吹き飛ばすかのように俺たちを包み込んだ。


「まだましだと思ってたアサシンが死んで、残ったのがクソみたいなアサシン2匹。ド素人の戦士に、後は呪われてHPだけは高いクソ魔法使い。これ以上ないくらいクソまみれのPTで、安定した攻略ルートがわからない初見のボス。こんな一発勝負のシビアな戦闘、心底イライラしますわ」


 ひでえこと言いやがる。そんなこと、最初からわかっていたことでは?


 だが、俺は。

 おそらく最後の戦いになるであろうこの状況に。


 地獄のような緊張感の中、少しだけのを覚えていた。


「俺らエンジョイ勢はなぁ」


 俺は、握るマインゴーシュにスキルを込めた。


 足元から沸き立つ、回転する渦。すべての行動速度を倍加する、アサシン専用の戦闘スキル加速アクセラレーション


「攻略方法もテンプレも、そんなもんガン無視の全部毎回なんだよ。廃人様はいちいちメンタル弱くて大変だな」


 しょーたろーが、インベントリから何かの液体が入った瓶を取り出した。


「最後まで取っておいたアイテム、全部使い切る勢いで行きます」


 剣を構える莉桜の後ろ。

 ハルが杖に詠唱キャストを込めていた。


 全員の体を、輝く光が包み込んだ。

 防御魔法シールド強化ストレングス。攻撃魔法の取得を捨て補助バフを選択した、呪われた低LV魔法使いの渾身の魔法。


「さあ!」


 息を合わせた二人の地雷系アイドルが、ゴンドラから回転しながら飛び降りた。


「年末! 大イベント☆ローグダンジョン!」


 瞬間、着地した二人の足元に発生した、それぞれの二つの青白い環。


 いつもの、見慣れた環だった。

 俺たちがこのローグダンジョンを潜り抜ける間、何度も見てきたもの。


 次の階へ続くポータルが、開始早々いきなり突然開かれた。


 強烈な、脳を揺さぶるような甲高い高笑いが、フィールド全体に響き渡った。


 巨大なドレスを着たバラの女王。

 その手に握る王笏が振るわれた瞬間、武器を持つアルカナ兵士が一斉に、俺たちめがけて飛びかかってきた。


「上層9階のお相手は、不思議の国!」

「ハートの女王クイーンがお送りいたします! DIEしね!!!!」

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