21. 壊滅的にPT需要のないアサシンの俺と初めて組んだのはこいつだった

 一瞬だった。

 2匹に分かれたボルケーノドラゴンの、のしかかるようにもたれ下がった燃え上がる双頭から放たれるユニゾンのような咆哮。


「左を頼む!」


 大男——『神原あかり♡14歳』が巨大な炎のかたまりに向け手を突き出した。

 体から立ち昇る、赤い小さな稲妻のような筋がその腕にまとわりついた瞬間、一直線に放たれた赤い筋がボルケーノドラゴンの巨体にからめとるかのように刺さった。


 だが一瞬の判断の遅れ。


 まだボス戦はおろか、通常戦闘だってろくにこなせていない。

 そんな初心者の莉桜りおが、熟練した神原のとっさの反応ではなく一瞬の躊躇を生んでしまっていた。

 たった1秒でしかない、わずかなディレイ。その硬直から放たれた赤い稲妻が、もう片方のボルケーノドラゴンに刺さるよりも早く。


 挑発の束縛から逃れた炎のかたまりのような大口から、強烈なヒートブレスがヒーラーであるバ美・肉美にくみに向けて放たれた。


 詰んだ。ヒーラーが熱傷ヒートにかかる。行動不能のあいだに全体がヒートを食らってただの突っ立ったかかしが大量にできあがるだろう。


 思えばローグダンジョンいろいろあったなぁ。大晦日だっていうのに丸一日ずっとネトゲやってるわ。そもそも俺たちみたいな一般ユーザーが賞金狙いなんてそもそも無理だったんだわな。終わったら年越しそばでも食おっかな。


 だが。


 誰一人そこから回避することを許さない、広範囲に放たれたヒートブレスがヒーラーの直前で何かに阻まれた。


「クソハルさん……!!」


 火炎放射のさなか。

 バ美・肉美から小さく、だが強く声が放たれた。


 小さな、ピンク色の髪をした魔法使いだった。

 自身に魔法防御マジック・シールドを張ったハルが、バ美・肉美の直前で杖を構え自身そのものが盾になるかのように炎をさえぎっていた。


「私は……☆」


 拷問のような炎。

 それを阻むハルが、強く叫んだ。


「私にはこんなことしかできないから……!!☆」


 突然、ハルのインベントリから、何かが強く輝きながら宙に飛び出した。


 小さな、青いビー玉のような球。


「アイスゴーレムの心臓……!!」


 バ美・肉美の声。

 直撃を受けるハルの目の前、宙へ跳びだした小さな青い球が一瞬で砕けるようにはじけ飛んだ。


 青い塵が、燃えさかるヒートブレスのその勢いを止めた。


「クソハルさん……!」

「いいから!!☆」


 劫火の消えた中、その一撃を耐え切り熱傷ヒートが残るハルが叫んだ。


「私とこいつは熱傷ヒートで動けない! 状態異常が回復するまで時間を稼いで!☆」


 ハルを視認した莉桜が、反射するかのように赤い稲妻をまとった。その細腕から放たれた細く赤い糸が、ヒーラーへヘイトを向けていたボルケーノドラゴンの体を呪縛するかのように貫いた。


「どうする!」


 熱傷ヒート中の大男が叫んだ。


「俺も動けない! もう片方のタゲは取れない!」


 だが、2体に分かれたボルケーノドラゴンの残り。

 その自由を取り戻した残りの双頭が。


「来るぞ……!!」


 挑発によるディレイで身動きの取れない莉桜をあざ笑うかのように、バ美・肉美をめがけて再び大きく息を吸い込むモーションを取り始めた。


「ヒロ(小声)」


 モブ子が、静かに俺の右手に手を伸ばした。


「すまんが借りるぞ(小声)」

「おい……!!」


 俺の右手に握られた、宝箱から出たばかりのマインゴーシュ。俺たちアサシンの、人によっては最後まで強化して使い倒すド定番の一品。

 何一つ反応することもできない俺から、それを抜き取ったかと思うと。


 真っ黒な疾風が、一瞬でボルケーノドラゴンの足元に潜り込むかのように滑っていった。


 疾る黒づくめのモブ子の体に、青白いスキルの光が集約された。両手に握るそれぞれの短剣に、確実に何かが集約されていく。


「モブ子!」


 俺は叫んでいた。


 あのアサシンが何をしようとしているのか。

 同じアサシンの俺には。


 その行為の意味すること、これから確実に起こるであろう行動が予想されていた。


 最大火力の一撃フィニッシュ・ストライクの光。

 両手に込められたその一撃をためたまま、ボルケーノドラゴンの足元に潜り込んだモブ子の全身がさらに強く光った。


 ショートソード・ディレイ・キャンセル。すべての硬直ディレイを消し飛ばす、アサシンの基本にして奥義。その奥義たる所以ゆえんは、その連撃の中に他の「スキル」を混ぜ込むことができる、単体火力において瞬間最大火力をたたき出す他の職の追随を許さないアサシンとしてのPSプレイヤースキル依存の最大攻撃。


 一瞬だった。

 モブ子から放たれた最大火力の一撃フィニッシュ・ストライクの連撃が、一瞬でボルケーノドラゴンの溶岩のような腹を貫きバカでかい風穴を開けた。


 ボルケーノドラゴンの一体が、はじけるように膨らみ砕けた。


 だが。

 風穴を突っ切り、宙へ跳んだその真っ黒なアサシンは。


 連撃の代償、強烈なカウンターで全身を火だるまにしたまま、ゆっくりと半透明になりながら地に落ちていった。












 切り取られたようにまっ平らな台地に開いた、9階へ続く青白い輪のようなポータル。


 そのギュインギュイン光るポータルに入ることもせず。

 俺たちはただ、半透明になったまま結晶化が進むアラビア~ンな元忍者の前に全員が集っていた。


「モブ子さん……」

「拙者、やっちゃった(小声)」


 しょーたろーの言葉に、[DEAD]表示のモブ子が謎のてへっ☆ で返してきた。


 バ美・肉美が、熱傷ヒートから回復するまで。

 それまでのあいだ、俺たちに残された選択肢はただ一つ。


 残り1匹となったボルケーノドラゴンの攻撃を、ただひたすらに耐えきる。

 単純だがそれ以外の方法は何一つ残っていなかった。


 状態異常から回復したヒーラーが最初に飛ばしたのは、治癒ヒール状態異常回復キュア蘇生リザレクションではなかった。


 蘇生が可能なたった1分だけの時間は、すでに過ぎてしまっていた。


「10階に行ったら、拙者無双できるかと思ったのに残念(小声)」


 いやお前は十分無双したよ。最後は一騎当千だったよ。相変わらず意味わかんないPSしてやがる。


 だが、ゆっくりと。

 モブ子の半透明の体が、期限を過ぎたかのようにゆっくりと。7階で見たジャムるおじさんのように、端々から砕けるかのように消え始めていた。


「いうて拙者、結晶化してスキル残すのも墓標作るのもちょっと楽しみ(小声)」


 前向き~。常にこういうプレイスタイルでありたい~。


「どうだ神原。拙者の代わりに、このPTと合流して9階にいってくれたりは(小声)」


 『神原あかり♡14歳』が、静かに首を振った。


「助けられたところで本当に悪いんだけど、まだユウジが戻ってないんだ」

「そうか(小声)」


 神原が、静かに笑って口を開いた。


「やっぱお前モブ子だな。相変わらず後先考えずに突っ込んでいきやがった。もうこのタイミングで死んだら絶対戻ってこれないってわかってんのに、本当にバカだなぁ」

「拙者はこういうプレイしかできませんので~(小声)」


 旧知のような二人が、そろったかのように笑い声をあげた。


「本当にごめんな。俺たちは、俺たちのPTが待ってるから一緒にいけない」

「それもそうだな(小声)」


 モブ子が静かに笑った。


「拙者はたまに思う。MMOの面白さとはなんなのだろうなと(小声)」


 え?

 だがモブ子が静かに続けた。


「未知のエリアを踏破する。ステータスを上げつづける。それもあるかもしれない。でもそれがメインではないと拙者は思っている(小声)」


 突然はじまった、モブ子の謎の語り。

 だが、誰も口を挟まず、ただ結晶化していく目の前の元忍者をただ見ていた。


「どんなにきれいなグラフィックも、どんなに強い武器を装備しても、きっとそれはMMOのおまけでしかないのだ。誰かとのつながりがなければ、拙者たちはとっくに引退してアカウントをRMTで売り払ってるに違いない。でもそれをしていないのは、ログインすれば誰かがいる。そんな寂しさにも似た喜びが、このゲームにログインをさせるのではないだろうか(小声)」


 詩人かな?


 突然ポエムったモブ子が、しょーたろーに向かって口を開いた。


「すまんなしょーたろー。前回、拙者がお前たちをいけにえに差し出したのをまだ怒っているんだろう?(小声)」

「バカですか……」


 しょーたろーが小さく笑った。


「こんなシチュエーションで言えば許されるとでも思いました? 本当に害悪プレイヤーなんだからどうしようもないですね」

「ひどい……(小声)」

「もう、気にもしてませんよ。本当に。だからさっさと結晶にでもなって、僕たちがクリアするのを歯噛みしながら待っててくださいよ」


「莉桜殿」


 モブ子が、かたわらにたたずむ莉桜に声を上げた。


「残念ながら、10階は莉桜殿ひとりで頑張ってもらうことになってしまった。初心者で初対面なのに、全部丸投げするようですまんな(小声)」

「ハハッ」


 莉桜が、困ったような顔で笑った。


「私の全力みせてやんよ……」

「不安なときは不安といったほうがいいときもあるぞ(小声)」


 莉桜が軽くうなずいた。


「そろそろ時間のようだ(小声)」


 モブ子の四肢が、すでに砕け散って消えていた。


「ヒロ。お前は拙者と同じクソアサシンだ」


 いきなり何を言い出すのだこいつは。


「PT需要もクソもない。そんな超絶冷遇職のクソアサシンが、このクソダンジョンをクリアする。このクソ運営にほえ面をかかせてやるのは拙者たちアサシンだけしかできない。そう思わんか?(小声)」

「そうだな」


 俺は、軽く笑った。


「PT需要のないクソアサシン。俺が、初めてPTを組んだのはお前だったよ」

「お前としょーたろーのどっちでもいい。拙者が残すスキルと武器、うまく活用してくれよ(小声)」

「ああ……」


 俺はモブ子の、消滅した腕を手に取るかのように握った。


「それじゃ拙者、そろそろ遺言タイム終わらせてお風呂入るね(小声)」


 え?


 そういってクソ忍者は、一つの。

 クリスタルのように輝く小さな石となってフィールドから風のように消えた。

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