20. そこに雄っぱいがあるじゃろ? ~僕たち脳みそミリリットルなので~

 真っ黒な、分厚い曇で覆いつくされた空一面。そんな中を粉雪のように舞う、真っ白な火山灰。


 俺は今、「ただいま噴火真っ最中☆ 激アツホットスポット火口ダイブツアー!」の一員として駆り出されている。


 あ゛~。火山灰~。ぶっちゃけ全然粉雪じゃない~。むしろ道路のわきに溶け残った雪みたいな色してる~。しかも飛んできた火山灰が汗で張り付いてざらざらするマジでなんなの~。

 こんなもんまで再現させる過度なVRMMOのリアリティ戦争、俺は断固として反対します。断固として戦争は終わっていただきたい。世界に再び愛と平和を。それではこの気持ちを歌にしてみようと思います。歌います。


 すぅ~。


「あ゛~!!!」

「とうとう狂いましたか……」


 登山道の後ろから、なんか残念な人を見るような視線のしょーたろーが静かに俺を見ていた。

 だが俺は、そんな視線で俺を見るしょーたろーに、無表情のまま


 すぅ~。


「あ゛~!!!」

「早く……。早くここをクリアしなきゃ……」


「お(小声)」


 そんな巡礼の先頭。

 地獄のような俺たちを無視して歩くモブ子が、頂上を見上げて小さく声を上げた。


「あれがボスエリアなのでは?(小声)」


 そそり立つ岩肌。

 その左右くぼんだ地点から噴出するように流れてくるでろでろに光る溶岩流。


 山の頂上とおぼしき地点が、もうこれ以上わかりやすくはできないよってくらい、一直線に真横にぶった切られていた。


「あの辺にボスがいるんですかね……」

「俺が気を失ってる間に勝手にクリアしてくれないかな……」


 だがそんなことを思ってるそばから。

 空から舞い降りる燃えさかる巨大な何かが、切り立った崖のような岩肌にゆっくりと降り立つように着陸していくのが見えた。


「ボルケーノドラゴンですわね」


 後列からついてきた、バ美・肉美にくみの声の先。


 クッソでかい炎のかたまりのようなドラゴン。手足のある胴体だけがまだ溶岩のように形を保っているが、頭部と羽はもう完全にただの炎が形を成しているだけ。


 なぜこのゲームのボス系ドラゴンは、そろいもそろってあんなミラクルサイズばっかりなんだ? あんなんに肉弾戦で突っ込むなんて惑星シミュレータで太陽に隕石落とすようなもんでは? 当然隕石は蒸発します。つまり俺です。


「くり返しになりますけど」


 登山道の中腹。

 その先に見える巨大なドラゴンの前で、バ美・肉美が俺たちを見て口を開いた。


「それぞれの役割の確認をしますわ。おめぇらアサシンは、ドラゴンに突っ込んで切り込む与ダメ担当」


 ねえどうして? 俺がログハウスで聞いたボルケーノドラゴンの情報とはあまりに現物が違うのですが? あなたでっかい火トカゲっていったじゃない。


「殺す気かッ!」

「死なねえようにヒールかけるっていってんでしょうがこのダボがッ!」


 だがそんなアサシンズの一員しょーたろーが。

 とことことバ美・肉美の近くへ移動し、俺に向かって振り向いたかと思うと。


「僕は攻撃スキルがないので! 万が一のためにヒーラーの護衛をします!」


 こぉいつぅ~。

 うまいことこのクソゲーから逃げやがった……!


「いいですこと? おめぇら近接職の攻撃は、一撃入れるたびにオートカウンターで炎上ダメージを受けますわ」


 でしょうね。あんだけ盛大に燃えてますもんね。でもこれ以上、そういう哀しいニュースは僕は聞きたかぁないなぁ……。


「いまさらすぎる説明ですけど、初心者もいるのであえて繰り返しますわ」


 バ美・肉美が、真剣な顔で莉桜りおを向いて続けた。


「ヒールはどんな攻撃よりも最優先で敵のタゲを奪い取りますわ。攻撃するたびにカウンターを受ける近接職に回復を緩めるのはまず不可能。ですから、ほぼ間違いなく私が常時タゲられますの」


 かたくなに登山道をヒールで昇るバ美・肉美が、杖をつきながら続けた。こいつこのクソ足場の中で踏み外して溶岩に落ちたりしねえかな。


「ボルケーノドラゴンの問題は、その攻撃力でも耐久力でもなくヒートブレスですわ。ヒーラーが私しかいない以上、ヒートブレスが私に向けばこのPTは終わり。その瞬間にゲームオーバーが確定しますわ」


 ヒートブレス。炎系ドラゴンのもつ、広範囲に打ち込まれる共通スキル。丸焼きにされるダメージもヤバいが、それよりもヤバいのが「一定時間、行動不能になる」熱傷ヒートを引き起こしてくる。


 ありきたりな、ただの状態異常攻撃。

 だがそれが致命傷になるのは、誰が見ても明らかだった。はじまりの街にすら売ってる回復薬もないのが、このローグダンジョン。ヒーラーがそれを受ければ、誰一人熱傷ヒートを回復できる人間はいない。


 そうなればPTは壊滅する。


「根性でかわせよ」


 俺は鼻くそをほじるような表情でクソヒーラーに信念を問うた。


「さんざん俺に言ったときみたいによぉ……(ドヤァ)」


 だが。

 冷め切ったような視線をしたバ美・肉美は、バカを見るような目で俺を見た後。


「安定進行を理解できない脳みそミリリットル野郎は放置しますわ」

「今のはヒロが悪いな(小声)」

「ちょっと擁護できないですね……」


 なぁにこれぇ。ヒーラーとアサシンの地位の差ですか? 人は生まれながらにして平等であることをお前らは知れ。


 だがそんな俺の近くに、もじゃひげ大男が心配したかのように近づいてきた。


 かと思うと、ほぼ上裸に近いムキムキのものを俺に差し出してきた。


「大丈夫? っぱい揉む?(裏声)」


 なぜ?


 だが俺はとりあえず、その申し出を謹んでお受けしてもんでおいた。やだ……。しっとり生暖かい……。でもクソ固い……。


「ヒーラーが食らう前に——」


 咳ばらいをした莉桜が。

 俺に揉みしだかれる大男——『神原あかり♡14歳』を見ながら、口を開いた。


「私とこいつが、挑発でタゲをもぎ取る」

「つまりまぁ」


 神原が、「これこそ本当のドヤァである」といわんばかりに、胸を張って答えた。


「俺たちの挑発が、PTの生命線ってことだな」

「脳みそデシリットルなのがいたようで何よりですわ(笑)」


 バ美・肉美が、満足したかのように笑みを浮かべた。


「逆に、俺たちへの状態異常回復キュアが遅れても全滅になる。お前こそミスるなよ?」

「やっぱりミリリットルですわ」


 そんな中。


 神原と一緒に来た、すげえモブくせえ短髪の戦士が無言で近寄ってきたかと思うと、俺たちアサシンズに向かって声をかけてきた。


「はじめて、だよな」

「あ、はい」


 流れるように差し出された戦士の右手。ほとんどのアサシンにはない、PT慣れしている優遇職だけが持つ、自己肯定感にあふれる特有のスキルコミュ力

 あまりに自然なその流れに、俺はいつのまにか無意識に握り返していた。なおこの手にはさっきまで『神原あかり♡14歳』の胸を揉みしだいていた際にくっついたっぱい汁がついています。


「俺も火力担当なんだ。よろしくな」

「また貧乏くじ引きましたね」

「全然。こっちのほうがいいよ」

「え?」


 短髪の戦士が、苦笑いをするように口を開いた。


「俺も、あかりと一緒に10階まで行ったからさぁ。だからボルケーノドラゴンとは一回戦ったことがあるからわかるんだけど、挑発組よりはこっちのほうが楽だよ」

「はぁ」


 毎回攻撃するたびにまる焼けになるのに?


 だが俺の後ろにいたモブ子が、モグラたたきのモグラのようなモーションをしながら声をかけてきた。


「拙者たちの役割の中で気を付けることはあるか?(小声)」

「そうだなぁ」


 目の前の戦士が、腕を組みながら少し考え始めた。なんかすごいまともな人っぽい。

 だが俺はこの戦士の名前も非常にアレだったのを覚えているので最後まで油断はしない。


「あのヒーラーが言ってたとおり、俺たちは攻撃するたびに自動で反撃ダメージを受ける。けど、別にそれ自体はそんなにヤバくない。それよりきついのは、炎上dotがついてくるってほうかな」

「炎上dot?(小声)」

「5秒おきにダメージを食らう。これが地味にHPを削ってくる。ヒールを受けないまま攻撃を続けると、気づかないうちに死んだりするからHP管理が必要になる。そのくらいかな」


 瞬間、大気全体に鳴り響くような不思議な咆哮。


 火口付近に降り立った巨大な炎のかたまりが、俺たちに向けその存在を訴えるかのように灰の雪の中に音をかき鳴らしていた。


「それじゃ、そろそろ(小声)」


 モブ子が真っ黒な刃をふところから取り出した。


「拙者たちまる焼けになろっか!(小声)」


 俺は裏声で小さくうなずいた。いやでぇす。








 まるで断面のように切り取られた台地。

 そこに鎮座した、さすがボスって感じの巨大なドラゴン。まるで肉体はなく、炎そのものが形を作っているかのようなその頭部。


 その燃えさかる炎から、火炎放射のようなヒートブレスが薙ぐように吐き出されていた。


 本来であれば、どのプレイヤーよりも優先してヒーラーを焼き尽くすそのブレス。

 だが戦士の放つ「挑発」が、捻じ曲げるかのようにその矛先を変えていく。


 そんな中、俺は。

 無表情のまま。


 目の前に広がる溶岩みたいに熱を放つドラゴンの腹に、どっからか飛んできたヒールを確認しながら、ただただ最大火力の一撃を機械的に入れていた。


 非常に、地味。

 ぶっちゃけ、ただの作業。


 まあ、ちゃんとした攻略PTによるボス狩りなんてこんなもんよね……。ただの作業ゲーっていうか……。目の前がむちゃくちゃ熱くて光ってるのさえ除けば別になんてこともないし……。安全にクリアできるんだったら別に不満もないっていうか……。


「山手線ゲームする?(小声)」

「え?」


 となりで同じく最大火力の一撃フィニッシュ・ストライクを打ち込むモブ子が、笑顔で何かを言い始めた。


「お題は何がいい? UNKOのクソプレイヤー?(小声)」

「お前は一体何を考えて……」


 女子か?


 だが。


「モブ子」

「ええ……?(小声)」


 ドラゴンのどてっぱらに一撃を入れたモブ子から、小さく引いたような声が出た。


「拙者は確かにクソプレイヤーではありますが……。そんな面と向かって言われるとちょっと悲しいというか……(小声)」

「いやそうじゃなくて」


 クソプレイヤーなのは間違いありませんけども。


「おかしくないか?」

「何が?(小声)」


 遠くで、ヒートブレスが吐き出される音がする。

 俺の体に、ヒーラーの放つヒールが届いた。炎上dotで減ったHPゲージが、一瞬で再び満タンになる。


 俺は再度、ドラゴンのどてっぱらに作業的に一撃を入れた。


「あの公式生放送、クリア者ゼロだっていってただろ?」

「そうだな(小声)」

「こんだけプレイヤーがいて、廃人だって大量に参加してる。エンジョイ勢の俺たちですら、10階の仕組みを知って攻略方法を立てて動いてる。そんな中でクリア者ゼロっておかしくないか?」

「それは……(小声)」


 ヒールの光を受けたモブ子が、何かに気を取られたかのように動きを止めた。


「バ美・肉美がまだ拙者たちにも話していない、さらなる真実があるとでも?(小声)」

「いや……」


 振り返った先。


 金髪縦ロールヒーラー♀が、ヒールの届くギリギリの範囲から、必死の形相でひたすらにスキルを連打している。


 俺の、あいつに対する感情は別として。


 少なくともあいつは、このローグダンジョンをクリアできると信じて、行動をしている。確信はないが、だがそう感じられる程度には、俺はあいつを見てきた。


 だがそんなプレイヤーは、あいつ以外にも山のようにいるはずだ。例えばこのフロアで初めて会った『神原あかり♡14歳』。同じように初心者を連れて10階に行ったやつだっておそらくほかにもいるだろう。いや、正確にはだろう。


 なのにクリア者ゼロ。


「俺は、何か……」


 俺は、なんとなく。

 のどがひりつくような気配を感じていた。


「あいつも気がついてないような……。なんか大きな見落としがあるんじゃないかって気が——」


 突然だった。

 強烈な、甲高い金切り声のような叫び。


 俺たちが一撃を打ち込んでいたボルケーノドラゴンが突然。

 今までに聞いたことのないような咆哮を、強くあげた。


「なんだ?(小声)」


 ボルケーノドラゴンの足元。

 単調に攻撃を繰り返していた、俺たち3名の近接職の動きが止まった。


 突然、視界が暗転した。


 燃えさかる、ボルケーノドラゴン自体が出す炎の明かり。巨体に阻まれ、それ以外の明かりが何一つ届かないこのドラゴンの足元。


 その光が一瞬、まるで時間をすっ飛ばして冷却してしまったかのようになくなってしまったかと思うと。


「な……!?」


 ずるりと。

 まるでドラゴンの体が「溶ける」かのように、中央から二つに裂かれた。


「倒した……?」


 明かりを失った、ボルケーノドラゴンであったもの。


 まるで滑るかのようだった。


 本能が、無言で俺たちを動かしていた。

 危険を察知したネズミが、沈みゆく船から一斉に逃げ出す。まるでそんな生き物であるかのように、俺たちは一瞬で。


 何一つ打ち合わせもないまま、冷え切った巨大なボルケーノドラゴンであった残りから、跳ねるように離脱して身構えていた。


「まだHPが半分近く残っている……!(小声)」


 一瞬の間の後。


 明かりを失ったボルケーノドラゴンの体に、再度噴き出すかのような光が放たれ始めた。


「何かくるぞ!(小声)」


 俺は、目を疑った。


 中央から、崩れるように裂けたボルケーノドラゴンの体。

 二つに分かれたそのが、再び燃えさかる実体のない炎だけの頭部を生やし、再び甲高い咆哮を吐き出していた。


「2体に分かれた……?」

「まずいぞ……!(小声)」


 二つに分かれた、ボルケーノドラゴン。


 そのそれぞれの燃えさかる頭部。

 その大口が、大きく息を吸い込むモーションを取り始めた。


「ヒートブレスが来る! 挑発が間に合わんぞ!(小声)」

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