19. 確定演出が出るたびに脳汁が出るように飼いならされてしまった……

「じゃあ、ちょっとこれの開錠お願いしたいんだけど」


 そういって、もみあげからあごまで達する強烈なもじゃひげをつけた大男『神原かんばらあかり♡14歳』が、どうやったらそんなところに収納できてたの? っていうような強烈な量の「宝箱」をテーブルの上にどかどかっとばらまくように置き始めた。


「よくまあこんだけ集めたもんだな(小声)」

「うちのPTアサシンいないからさぁ。その場で開錠できないし、かといって捨てるのもったいないじゃん」


 ログハウスよろしく、武骨な木のテーブル。

 その上に、まさしく山積みになった宝箱の山。こんな大量の宝箱を持ち歩けるところがさすが戦士だらけのPTって感じ。普通のPTがこんな量持ち歩いたら速攻で重量ペイロードオーバーになって動けなくなる。


 ギラッギラに光る豪華な装飾が俺たちの本能ガチャ脳を刺激する宝箱を前に、しょーたろーが大男を振り向いた。


「開けるのは問題ないんですけど、いいのが入ってるかまでは保証できませんよ?」

「開けてくれればそれでいいよ」


 だが、どう考えてもしょーたろーの身長が頂上の宝箱に届かない。

 テーブルの上にダイレクトに乗ったしょーたろーが、山積みになった宝箱を崩さないようなるべく上のほうからジェンガのように抜き取ったかと思うと、ゆっくりとそのふたを開け始めた。


 かちゃり。


「お(小声)」

「これは……」


 古典的~って感じのぼわ~んとしたエフェクト。

 それとともに消えた、空になった無駄に豪華な宝箱の後。


 スーパーに山積みになってそうなダンボールまるごとって感じで、真っ赤な「リンゴ」が大量に出てきた。


「食料ってことでいいんですかね……」

「はずれなのかあたりなのかいまいちわからんな(小声)」

「まあ食えるし悪くないんじゃないかな」


 全員のどうしたもんかというような視線を受けたまま、次の宝箱にしょーたろーが手を伸ばした。


 かちゃり。


「お」


 俺は、飛び出してきた見慣れたブツに思わず声を出していた。


「マインゴーシュだな(小声)」


 鋭く短い両刃につけられた、跳ね返るように広がるつばを持つ短剣。普通に攻撃するだけでなく、敵の攻撃を受け流すパリィにも向いてるAGIすばやさ型アサシンのド定番アイテム。まっとうにアサシンやってりゃ誰だって一回は装備したことのある、そんな味噌汁レベルの装備品。


 箱の中から手に取ったモブ子が、使用感を試すかのように専用スキルのカウンター・ブレイクをひたすらに構えている。何一つカウンターするものはないですが。


「なんか、こういうの出ると安心しますね」

「旅行先でチェーン店見つけた感あるね」


「それ、お前らにやるよ」


 もじゃひげの大男が、次の宝箱を手に取りながら何もなかったかのようなトーンで続けた。


「いいのか?(小声)」

「俺たちアサシンいないしね。それに開けてもらってるわけだし」


 それはよかったというような表情のモブ子が、やはり何もない空間でひたすらにカウンター・ブレイクを構えている。地味にMPと満腹値だけ減らしてるんで自重してください。


 ふと、思い出したようにしょーたろーが口を開いた。


「10階のことを考えたら、モブ子さんが持ってたほうがいいんですかね」

「拙者はあんまり……(小声)」


 そんなにうれしそうなのに?


 だがモブ子が、ふところから真っ黒な短剣を取り出した。


「やはりこっちのほうが拙者向きというか(小声)」


 猛毒の短剣、ヴェノメス・ジャンビーヤ。

 4階のボスチェシャ猫をぶち殺した際に手に入った、三日月のように刃先を曲げるアラビアンな短剣。特別攻撃力が高いわけではないが、斬りつけた際に確実に猛毒をぶち込む、まさにザ・アサシンな装備。


「じゃあヒロさん?」


 俺はニコニコ笑いながら、無言でモブ子の手からマインゴーシュを受け取り装備した。余計なことを言うと取り上げられそうなので。


「近接戦闘するたびに被弾するしな(小声)」

「クッソザコなんですわ」


 こいつら死なねえかな~。一般プレイヤー基準でもうちょっと考えて? 俺は少なくとも普通だと思うよ?


「で、次はと」


 しょーたろーが次の宝箱を開け始めた。


 かちゃり。


「お」


 大男の前。

 どうやってそのサイズのものがこの箱に? っていうような巨大な大剣がでろん。


「未鑑定って出ますね」


 特段、何か装飾がされているわけでもない、ごく普通の見た目をした武骨な大剣。

 だがその刀身から、湯気のように立ち昇る青白いオーラ。なんとなく見ているだけでも寒々しい。


「アイスブリンガーかな?」

「多分そうだと思いますけど……」


 テーブルの上に着地するように落ちた大剣をもじゃひげ大男が慎重に手に取ったかと思うと、まるで照準を絞るかのように水平にした刃先に顔を近づけている。


「ステータスの補正が全くわかんない……」

「鑑定してないからですかね……?」

「呪われてたりは?(小声)」

「いや……」


 大男が大剣から手を持ち替えた。


「大丈夫だと思う。装備も外せるし」


 だが突然。

 俺たちがいるテーブルの奥。


 ログハウスの反対側、今まで普通に丸太の壁だった場所が、砕けるような音を立てて勢いよく吹き飛んだ。


「ほらぁ~」


 もじゃひげ大男の、うんざりしたような声の先。

 突き破られた壁の奥から、俺たちくらいの大きさはあるんじゃないのかっていうトカゲのような爬虫類が、溶岩流れる外のフィールドからメラメラ燃やしながら侵入してきた。


「こうやってくるんだよ~。これでヒーラー食われたんだわ。どう考えてもこの安全地帯おかしいでしょ」

「これ運営じゃなくてプレイヤーが建てたっぽいぞ(小声)」

「ええ~? 何なのマジで」


 俺たちを視界にとらえた、燃える火トカゲ。

 大口を広げたおよびでないクソ客が、さも「いらっしゃいませと言え」とでも言わんばかりに奇声を上げた。


「まあ、実際に使う相手がちょうど来たって考えればいいタイミングなんかな……」


 蛮族を絵にかいたようなアバターの大男。

 それから心底嫌そうな声が出たかと思うと。


 宝箱から出たばかりの大剣を握りしめた大男が、火トカゲに向かっていつものことですと言わんばかりに剣を突き上げた。


 一瞬だった。


 大男の体が、何かのスキルで光ったかと思うと。

 突っ切るような移動と同時に振り下ろされた一撃が、火トカゲの頭を叩き割るように両断していた。


「ほう(小声)」


 火トカゲの頭をかち割った大剣。


 両断し床にめり込んだ刃が、まるで残り香のように強く光った瞬間。

 巻き起こった冷気が、燃えカスのようにくすぶる火トカゲの体を一瞬で凍結させて砕け散らしていた。


「やっぱアイスブリンガーだな」

「このフィールドにうってつけでは?(小声)」


 和やかにテーブルに戻る旧知っぽい二人組。

 そんな二人の姿を、俺としょーたろーは唖然としながら目で追っていた。


 こいつ、ただのネタプレイヤーだと思ったら普通に強いのでは……?


「なああかり」


 そんな中。


 俺たちと同席していた名も知らぬ戦士3人組。

 そのうちの一人、なんか髪の毛セットするのにワックス全部使うんじゃねえかなってくらい髪の毛ツンツンの戦士が、もじゃひげ大男に向かって口を開いた。


「こいつらあかりの知り合いなんだろ? クリアを狙うんだったら、このPTと一緒に9階にいったほうがいいんじゃないか?」


 大男とモブ子が、一瞬お互いをチラ見しあった。

 っつうかどうでもいいけど「あかり」呼びなのがすげえな。こいつのどこに『あかり♡14歳』要素があるのか教えてほしいんだが。


「それはそうだけど~(裏声)」


 あった~。


 だが俺の、人類の神秘を見届けるような視線とは無関係に、髪の毛ツンツンの戦士が続けた。


「ユウジは本当はヒーラーが死んで萎え落ちしただけなんじゃないのか?」

「ええ~? そんなことないと思うよ~?(裏声)」


 この裏声イライラする~☆ っていうかユウジって誰だよ。あれか? 親に呼ばれたとか言って落ちたっていうこいつらの魔法使いのことか?


 だがツンツン髪の戦士の横、テーブルに座ったままの一番特徴のないザ・モブ戦士が反論するように口を開いた。


「ヒーラーからヒール継承してんのにか?」

「魔法使いでヒールまでするってなったら無理ゲーだろ」


「メルセデス☆ぜんつは~?(裏声)」


 なんだその名前……。

 なんか一気に増えた情報が密度高すぎて疲れてきちゃった……。


 だがテーブルに座っていた最後の戦士が、苦渋の表情を浮かべたまま声を上げた。


「俺は……正直もう少し待ちたい」

「どうして~?(裏声)」


 テーブルに座る渋めの、多分麻雀でぜんつっぱするんだろうなっていうような戦士が、苦悶した表情で続けた。


「俺は、ユウジとは別ゲーから一緒だから何となくわかるんだよ。あいつは萎え落ちするくらいなら特攻して1階からやり直しを選ぶ。だからあいつはマジで親フラなんだと思う」


 渋めの戦士が、ぽつりとつぶやくようにつづけた。


「俺は、あいつが戻ってきたときにあいつだけがここに取り残されるのは、ちょっとさみしい」


 最後の戦士の、吐露するような言葉。

 『神原あかり♡14歳』 with 戦士ズ全員が、沈黙サイレンスでも食らったんじゃねえのかってくらい黙ってしまった。


「とりあえず、開けますね」


 沈黙の中、しょーたろーが無言で再び宝箱を開け始めた。


 場にいる全員が、沈黙したまま宝箱の開封の儀を見守る。

 開いていく宝箱を見ながら、俺は何とも言えない気持ちになっていた。


 最後に言った渋めの戦士の気持ち。正直、俺もわからなくもない。俺だって多分、同じ状況だったらどうすればいいのか悩むと思う。まして長い付き合いの友人が混じってるんだったらなおさら。


 そう考えると、なんだかんだこいつらはまっとうなPTなんではないだろうか。名前がヤバいのをのぞいて。


「8階のボスだけ倒して、そのままその魔法使いの復帰待ちをすればいいんじゃないんですの?」


 テーブルに座るバ美・肉美にくみが、沈黙したままの戦士ズにしれっとした顔で口を開いた。


「9階からはまた、PTごとに分かれたダンジョンになりますでしょう? でしたら、別に私たちがポータルに飛び込んでも、あなた方が飛び込むまでしばらく開いたまま残る可能性あるんじゃありません?」


 かちゃり。


 沈黙の中、ただひたすらに開封されていく宝箱。そして新たに飛び出す謎のアイテム。多分、産業廃棄物。宝箱にこんなもの入れて鍵かけるやつは確実に性根が汚染されてると思いませんか? 運営お前らのことです。


 だがそんな中、目の前に広がっていく謎のアイテム群。

 それを見る大男が、しばらく悩んだ表情を続けたかと思うと。


 座ったままの渋めの戦士にゆっくりと近づき、背中のアイスブリンガーを突き出すように差し出して口を開いた。


「あかりは、ボス戦行ってくるよ(裏声)」


 美少女戦士(蛮族)が仲間になりますか。


 だが渋めの戦士が。

 大男の手から渡された大剣を見たまま、困惑した表情で口を開いた。


「……ボスに行くなら、これがあったほうが絶対楽なんじゃ?」

「ユウジ待ちするのに、これなしじゃ絶対死んじゃうでしょ~?(裏声)」


 ははっ。


 テーブルに座る渋い雀士が、軽く笑ったかと思うと。

 冷気を放つ大剣アイスブリンガーを受け取り、背中に強くさした。


「俺も残るよ」


 ツンツン髪のとなり、一番特徴のないザ・モブ戦士が口を開いた。


「ぜんつだけ残すのも気が引けるし。二人で残れば、フィールドのザコくらいどうにでもなると思う」

「†SMの帝王†……」


 ダメだこいつの名前が一番ヤバかった……。ユウジ以外全部ヤバイなんなの……。


「開け終わりました」


 テーブルの上から、しょーたろーが声を上げた。


 うずたかく積まれた、よりどりみどりの産業廃棄物。

 それをわきに、テーブルの上で輝くいくつかの使えそうなアイテムが、しょーたろーの無駄に几帳面な性格を表すかのように整然と並べられていた。


「なんか、すごいMMOって感じがしました」

「MMO?」


 俺の言葉に、テーブルから飛び降りたしょーたろーが、少しだけ嬉しそうに続けた。


「なんか、こんなところに来てもやっぱりPTの結束ってあるんだなって思って」

「絆のVRMMOだからな(小声)」


「んじゃ、ちゃっちゃっと分配して、一仕事しにいきますか」


 ニカッと笑った大男——『神原あかり♡14歳』が、テーブルの上で光る杖を手に取り。

 リンゴをかじりながら、ハルに向け軽く放り投げた。


「あんた、魔法使いだろ?」


 空を舞う、青い玉が埋め込まれたシンプルなステッキ。

 それを受け取ったハルが、一瞬。


 躊躇したような表情の後、小さくうなずいた。


「うちの魔法使いが戻るまで、それ使ってくんないかな」

「何の杖なの?」

「アイギスの杖です」


 莉桜りおから上がる質問に、しょーたろーがひそかに抜き取っていた戦利品——謎のクソインテリメガネをつけながら声を上げた。っていうかそれ横領か窃盗ですよね。私は見逃しませんよ。


「固有スキルで——」

「これ……☆」


 杖を握るハルが、何かに気がついたかのように。

 ゆっくりと杖に額を当て詠唱キャストを始めた。


「おぉ……(小声)」


 部屋全体を包むほどにほとばしる、広範囲に光る魔法陣。そこから立ち昇った光が、まとわりつくように俺たちを包んでいく。


「いいアイテムでよかったよ」


 ひげもじゃ大男が、アバターに見合ったかのように豪快な笑い顔で続けた。


「固有スキル持ちの良品がこのタイミングで出るなんて、かなりドラマチックじゃない?」


 俺は、自分のステータスを確認していた。

 物理防御と魔法防御が、AGIすばやさ型アサシンの俺にも恩恵があるほどに明らかに加算されている。


「よかった……☆」


 小さく固まっていたハルが、小さく安堵するかのような声を上げていた。


「私も役に立てるよ……☆」


 ハルのとなりに立つ莉桜が、いたずらそうな笑顔で小さくハルの横っ腹を殴るように小突いていた。


「8階のボスはボルケーノドラゴンですわ」


 沸き立つ魔法陣の光の中、バ美・肉美が静かに強く口を開いた。


「ヒーラーが一人しかいないこのPT、シビアで長期戦になるのが予想されますわ。盛り上がるのも結構ですけども——」


 小さく、咳払いをした。


「下の蛇口がダダ漏れになる前に、さっさと用を済ませてきなさって?」


 どうしてこうきったねえのかしらこいつ。

 俺は当然いったんログアウトした。理由は当然それです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る