18. いつだってエロゲのヒロインの名前で登録するプレイヤーが後を絶たない

「お前は……!!(小声)」


 突然の、溶岩流れるクソフィールドに立つログハウスからのお出迎え。


 戦士~っていうかバーバリアン~って感じのもじゃひげ大男を見たモブ子が、目を見開いて声を上げた。


神原かんばら!!(小声)」

「……誰だ?」

「忘れたのか!?(小声)」


 お前なんて知らんよ? というような表情の大男の前。


 ずかずかと歩を進めるアラビアンなモブ子が、真っ黒な布のフード部分を脱ぎ取り口だけを覆ったかと思うと。

 片手で顔を覆い、どうしようもないくらいスタイリッシュな立ちポーズを決めた。


「拙者だ!!(小声)」

「モブ子か……!!」


 知り合いなら(小声)で気づけよ。


 感動したような奇声を上げたモブ子が、ログハウスの入り口に立つ新手のオーガなのでは? というような大男に向かって抱きつくようにダッシュし、そのまま空中へ跳んだかと思うと——


「ジャンピング・ニー・忍者バット!(小声)」


 大男の頭を掴み、その勢いのまま強烈なひざ蹴りをかました。


 が。


「間・抜・け・がッ!!!」


 掴んでいたのは、大男のほうだった。顔面に叩きこまれたモブ子の右ひざを受け止め、逆にそのまま宙に浮くモブ子ののどぶえを握り返し——


「フライング——」


 ログハウスの入り口、階段上に立っていた大男が、モブ子ののどを掴んだままジャンプしたかと思うと——


「あかり! チョーク・スラム!!」


 むき出しの岩盤に、大男の体ごとモブ子の頭を叩きつけた。


 が。


 巻き上がる土煙の中。その煙幕のようなチリが収まったあと。

 そこから現れたのは、叩きつけられたはずのモブ子ではなく——


 ひじ関節がとんでもない方向に折れ曲がった大男が、ただ静かに立っていた。


「久しぶりだな……」


 満面の笑みを浮かべた大男が、ただただ嬉しそうな声を上げながら肘関節を一瞬で入れなおした。


「キャラデリされたんじゃなかったのか?」

「あいにく不死鳥なのでな(小声)」


 対峙する二人。


 俺は、アサシンとして見ていた。


 地面に落ちる瞬間。

 のどをにぎりしめられていたモブ子が、大男の右腕をまるで包み込むようにからめとり、空中で腕ひしぎ十字固めを決めていたのを。


 ところで俺は……。


 一体何の解説しているんだ……?










「ということでこちら、『神原かんばらあかり♡14歳』です(小声)」

「どうも~、はじめまして私、『神原あかり♡14歳』です♡(裏声)」


 ログハウスの中。

 満面の笑みで紹介するモブ子の横、もじゃひげの蛮族みたいな大男が手でハートを作りながら裏声で自己紹介を始めた。


「趣味はお兄ちゃんと一緒にクッキーを作ることかな♡(裏声)」


 ズッギュゥゥゥゥゥゥウン☆


 ……。

 …………。


 俺たちは。

 誰一人反応することができ


「反応しろやゴラァッ!!!」


 できるかッ! なんだお前はッ!! 理解ができんわッ!!


「よっこらしょ(小声)」


 何事もなかったようにモブ子が、同じく何事もなかったかのようにとなりの大男神原あかり♡14歳と一緒にログハウスのテーブルに座りご歓談を始めた。なんなの? このキレ芸までが既定路線なの?


 ので、とりあえず俺たちも席に座ることにしました(幸いにして、大人数PTを想定しているのか席も10個ありました)。


「しかしお前がここにいるとはな。いきなりプレイヤーがわらわら出てきたときはどうしようかと思ったぞ(小声)」

「モンスターが来るんだよここ」


 横並びに座った大男が、まるで自分が制服を着ている年齢であるという設定が初めからなかったかのようにごく普通の口調で答えた。だがこいつは『神原あかり♡14歳』。 


「休憩エリアかなんか作ってんのかな~って思ったら全然そうじゃなくてさ。お前らが来る前にログアウトした奴がなんでか体だけ残ってあれ? って思ってたらギョワー! ってきたモンスターに一瞬で食われて死んだよ」

「それが狙いだったらすごいことだな(小声)」


 どんな罠だよ。建築者はゴキブリホイホイでも作ったのか。


「まあ、そんな感じのところで悪いんだけど」


 どんな感じのところ?


 突然、大男が俺たちを向いてニコッと笑った。


「いきなりなんだけど、トレードいかがですか?」

「トレード?」


 本当にいきなりだな。


 だが俺の言葉に、もじゃひげ大男が、どことなく憎めない身振り手振りで説明を始めた。


「別になんでもよくてね。情報でもアイテムでも、なんかお互いに役立つようなものをね。せっかくこんな終盤エリアまで来て別PTと会ったんだし、助け合ってやっていきたいじゃない?」


 なんだろう。話自体は全然普通だしよくわかるんだけど、なんかすんごい違和感あるんだよなぁ。アバターと雰囲気があってないのかな。もうちょっと大男! 蛮族! って感じで話してくんないかな。

 だがこいつは『神原あかり♡14歳』。


「情報、ってあなた方何をお持ちなんですの?(笑)」


 突然。

 テーブルに片ひじをついたバ美・肉美が、挑発的に口を開いた。


「見たところそちら、戦士4人とかいうトンデモPTじゃありませんの。まともな情報なんて持ってるようにはとても見えませんわ?」


 しょっぱなからケンカ売るスタイル。

 すげえなこいつ。スラム街ででも育ったのか? 修羅の国出身?


「……っていうか、おめぇらそれでどうやってここまでこれたんですの……?」

「ちゃんとヒーラーもいたんだよ。VIT型戦士にSTR型戦士、ヒーラーに魔法使い」

「なぜお前らだけに?(小声)」

「食われた。あと魔法使いは親に呼ばれて落ちた」


 致命傷じゃねえか。お前らこれから先どうすんだこれ。


「何だったら、うちのPTと合体させてもよさそうな気もしなくもないがな……(小声)」


 モブ子がチラッ! チラッ! とこっちを見てくる。いやでぇす。


「一応、魔法使いの復帰待ちしてんだわ」


 ほっ。


「まあ、そんなこんなでヒーラー食われたしさ。安全地帯に見えてここ全然そうじゃないし、満腹値は減るし魔法使いは戻ってこねえし。もう全員ピリッピリなのよ」

「それで、あんな扉ドーン! と(小声)」

「そう、扉ドーン! と」


 ドーン! と二人で何かのモーションをとっている。なんだろう。すごく息が合ってるこの人たち。


「じゃあ今、お前たちは食料が一番欲しいと(小声)」

「いや、食料はさっきトレードした」

「した?(小声)」

「お前らの前に別PTが来て、食料はその時になんとかした」

「じゃあ一体何が残ってるのだ。どうせ足元見られて相当絞り取られたろう(小声)」


 だが、ひげもじゃが予想外ですよ? というように笑いながら口を開いた。


「それが、全部残ってる」

「全部?(小声)」

「なんと」


 満足げにひげもじゃが大げさなモーションで続けた。


「俺たちが渡したのは、10階のボス情報だけで終わったんだよ。別に普通にトレードする気だったんだけどさ。聞いたらあきらめたみたいに食料ドバァっと渡してくれたから、もう別にいいんかなって感じで終わった」


 そういった後、バ美・肉美を見た大男が、ニタァと笑い口を開いた。


「どうよ。普通のPTなら自殺するレベルのこの10階攻略情報。貴重じゃない?」

「私たちのコピーが出るってことですの?」


 バ美・肉美の、つまんなそうな返し。


 どや顔の大男の顔が、一瞬で。

 金髪縦ロールを指でいじるヒーラーを前に、つまんなそうに固まってしまった。


「他に、何か私が絶望するような情報ありますかしら?」

「なにこの全然面白くない展開……」


 ひげもじゃの大男が、背もたれのない椅子にものすごい勢いで背もたれた。つまりエビぞり。むしろブリッジ。露出したっぱいが乳首を出してびろ~ん。

 だがこいつは『神原あかり♡14歳』。


「……コピーって?」


 テーブルの脇。

 しょーたろーのとなり、ハルと一緒に座っていた莉桜りおが静かに声を上げていた。


「そうでしたわね……」


 今更気がついた。

 そんな表情のバ美・肉美が、縦ロールをいじりながらゆっくりと口を開いた。


「私、あなた方に説明するって言っておいてまだなんでしたわ。ちょうどいい機会ですし、全部まとめて説明しますわ」









「なるほどね……☆」


 バ美・肉美の説明を受けたハルが、静かにぽつりと口を開いた。


「それで私がクリアできないってわけか……☆」


 10階で俺たちを待ち受けるもの。

 それはローグダンジョンに入る前の俺たちのコピー。つまりフル装備、かつ元のLVの俺たち。


 俺たちならともかく、地獄のようなステータスをしていたハルやクソヒーラーでは絶対に勝てないクソ仕様。


「それだけじゃないんですわ」


 バ美・肉美が、憎々しそうに口を開いた。


「ムカつくほどに精巧なコピーなんですの。どういう仕組みがマジでわかりませんけど、まるで思考や記憶まで吸い取ったように動きやがりますわ」


 何そのコピー……。


 とりあえず俺は14歳の時に書いてた大巨編☆ファンタジーでも暴露されたら速攻でキャラデリするから絶対に探さないで。


「そのかわり——」


 バ美・肉美が、強く莉桜を見た。


「あなたか、そこのアサシン。とにかくおめぇらのうち最低一人、できれば二人とも10階にぶち込めば、確実にクリアできますわ」


「皆の者(小声)」


 モブ子が楽しそうに笑いながら手を叩き始めた。


「10階まで拙者たちのエスコートは頼んだぞ(小声)」


 死なねえかなぁこいつ。


「つまり——」


 テーブルの端に座るしょーたろーが、つぶやくように声を上げた。


「実質、あと2階ってことですよね……」

「そういうことになりますわね」


 真剣な顔をしたしょーたろーが、テーブルに身を乗り出しながら強く口を開いた。


「事前に打ち合わせしませんか? ドリアードのときみたいなギリギリっぽいのは僕は嫌です」

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