16. 僕たちも、次はバーチャル美少女に受肉してみようかな……
ぬかるんだ泥水にぶち込んだ、バ美・
そこからほとばしる
「魔法攻撃の回避はおめぇらに任せますわ! ただ万が一
入り組んだ密林の中、一本だけ生えるクリスマスツリーのような巨大な針葉樹。
その根元で目を閉じたまま歌うクソドリアードに向け、俺とモブ子はダガーを握りしめたまま突っ込んでいた。
「歌うだけなら大した問題でもないな(小声)」
だが。
射程範囲内に入ったのか、西洋画に描かれた少女のようなドリアードが突然、その金眼を一気に見開いて叫びをあげた。
「なんだこれッ!」
木の根だらけの不安定な足場。
その土中から生えた無数の木の根が、一気に俺たちへ向け貫くように襲ってきた。
「これで魔法攻撃というんだからむちゃくちゃである(小声)」
「かわせるわけがねえだろッ!」
立ち昇る鋭く細い木の根。
無数のそれが、俺の体をモズのはやにえのように串刺しにしていった。無理~☆
だが。
ハチの巣のようになった俺を体を
「ぜんっぜん回避できてないじゃないですのッ! クソザコですわッ!」
「うるせえな! お前も近接やれば似たようなことになるだけなんだよ!」
「絶対なりませんわ! お前だけですわ! 確実にお前だけですわ!」
殺す~☆ なぜ二回も言う必要ある? 殺す~☆
だが、となりでなぜか宙を滑空するように跳ねる真っ黒なモブ子が、追尾するように生える無数の木の根をノーダメのままでドリアードにたどり着こうとしている。なんだ? マジでなんなんだ? 俺が下手なだけなのか?
「どうしても、許せなくてねぇ」
突然、俺のわきを。
無数に地面から生えまくる木の根をぶった切りながら、真っ白なコック帽をつけた太ったアサシンがダガーを構えドリアードに向け突撃していた。
見たことのある、アサシンだった。
ウォーターガーデン。以前新エリアとして実装されたエンジョイエリアで、俺と一緒にギルドウォーを戦ったあの時の近代兵器傭兵アサシン。そうか、こいつがハルと一緒にPTを組んでいたのか。
一部の木の根に体を貫かれながらもなお。
引きちぎるように突っ走るそのアサシンの強く握りしめるダガーが、針葉樹の根元に座るドリアードの目前に到達していた。
ドリアードの見開いた金眼。
背後にそそり立つ針葉樹から湧き出る、眼前に迫るアサシンを串刺しにするべく生えたとげのような鋭い無数の枝。
「援護を頼む!!」
「承知(小声)」
つっきるおっさんの巨体の陰、真っ黒な刃を握るモブ子。
背後から迫るそのディレイキャンセルが、一閃となってすべてのとげを切り裂いていた。
大きく、振動のような波が大気を伝った。
一撃だった。
コック帽のおっさんの放つ光る刃が、大木ごとドリアードの首に大きな穴を穿ちきっていた。
あれ?
俺串刺しにされただけでは?
「ごめんなさい……」
ドリアードの首が跳ね飛ばされた後。
メタセコイアの葉が散るように舞う中。
戦闘が終わり落ち着いた俺たちの中、半泣きになった
白いコック帽をつけたおっさんに向け、顔を向けられないままただ真剣に謝り続けていた。
「いいんだよ。君が悪いなんてことは何一つないんだから」
「でも——」
「いいんだ。本当に、仕方がないことなんだから……」
真っ白なコック帽をつけたおっさんが、手のひら大のクリスタルのような結晶を手に握りながら小さく笑っていた。
誰かが死んだ後に残す、スキル継承のための結晶。
実際に見ることになるのが、他のPTの人間だとは思いもしなかった。
俺は実際に何が起こったのか見ていない。だが、おそらくは、ドリアードの
だがおそらくそれだけでもないんだろう。俺たちが駆け付けた後すぐ、バ美・肉美がコントロールを失った莉桜だけでなくこのおっさんにも
おそらく、全員が全員の同士討ち状況だったんじゃないだろうか。
俺たちも、事前に情報を得てなければ。
同じことになっていたかもしれない。
「やあ、ひさしぶりだね」
コック帽をつけたおっさんが、俺たちを見て小さく笑った。
「今更だけど。ウォーターガーデン以来だね。覚えてる?」
「もちろんっすよ……」
あの時、ギルドウォーのためにPTを組んだ、おっさん二人だけのアサシンギルド。50人もいるアサシンをぶち殺していった、謎のプチ廃人二人組。
ということは、おそらくこの結晶は、あの全身にススキを張り付けるわ空色のペンキを塗りたくるわ勝手に滝に落ちていくわ、どうしようもない狂気のかたまりの眉毛の太いアサシンだったりするんだろうか。
「ゴノレゴは残念ながら結晶になってしまってね」
やはり~。
そんな名前だったな。このおっさんはジャムるおじさんだったっけか?
悲壮感漂う中、ジャムるおじさんが何かに気がついたようにウインドウを開いた。
直後、何かを確認したのか、少しだけ楽しいものを見たかのように笑った。
「いやぁ、ゴノレゴは先に
「そうすか……」
白いコック帽のおっさんが無言で笑ったまま、右手に持つ結晶を莉桜の前に静かに差し出した。
「僕はそろそろ、ログアウトすることにするよ」
「ログアウト?」
「友人と一緒に初詣に行ってくる。だからこいつのスキルは、君が継承するほうがいいと思うんだ」
眉を寄せた莉桜が、目の前に突き出された結晶を見たまま、申し訳なさそうな顔で硬直していた。
「またそんな顔をする」
白髭のおっさんが困ったように笑った。
「だからね、本当に気にしないんでほしいんだ。もともとは、僕たち二人だけで行けるところまで行く予定だったんだよ。それが、とっさだったから君たちに助けてもらった。本来なら僕たちの冒険はあそこで終わってたんだ。だから、本当に気にしなくてもいいんだよ」
困ったような表情の莉桜に、ジャムるおじさんが押し付けるかのように結晶を握らせた。
「君は、このゲームの先に。どうしても達成したいことがあるんじゃなかったのかな?」
「それは——」
「だったら、僕たちのスキルを使ってほしい。戦士とアサシンで使い勝手は違うけど、きっと何かの役に立つよ。それに——」
ジャムるおじさんが、恥ずかしそうに。
けれどおっさんのキャラデザにはあまりに不釣り合いな、本当にただ子供のような純粋な笑いを見せた。
「僕たちも、アイドルになりたかったな……」
は?
突然。ジャムるおじさんが。
謎の告白と同時に、自分の首に勢いよくダガーの刃を突き立てた。
「ちょ——」
「大丈夫」
半透明になりながら、ジャムるおじさんが俺たちを静止するように手を広げた。
「どうせログアウトするなら、君たちにスキルを残したいだけなんだ。別に変な意味でもなんでもないよ」
ゆっくりと、足元から半透明になっていく。
あれ? 普通一瞬で半透明にならなかったっけ? 特殊エフェクト?
「今しかできないことをやる。すごいいいことじゃないか」
消え行くジャムるおじさんが、莉桜を見て強く笑った。
「君は、君だけのためにこのローグダンジョンをクリアしようと思ってるわけじゃないんだろう?」
突然の、ジャムるおじさんの質問。
面食らったような莉桜が、小さく口を開いた。
「私は——」
一瞬、視線を泳がせた莉桜。
それが、ジャムるおじさんをまっすぐに見据えて答えた。
「今のこの瞬間は、きっと今しかなくて。この気持ちが来年も、その先もずっとあるかわからないから。だからハルと一緒にここに来ました」
ジャムるおじさんが、莉桜の肩を軽くたたいた。
「絶対叶えるんだよ」
瞬間、ジャムるおじさんの体が強く光った。
「僕たちも、次はバーチャル美少女に受肉してみようかな……」
言葉の後。
光が消え、おっさんの後に残った空間に、圧縮された小さなクリスタルだけが浮いていた。
—— ユニット名は『ShigojU』かな…… ――
え?
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