15. そういうタイミングで来る人って絶対そのタイミングまで待ってると思うの
「
濃く、淡い。ただ緑だけが覆いつくす視界。
空をさえぎるように伸びる木々の中、垂れ下がるように曲がりくねった太いヘビのような木の枝たち。
それが、まるでそのまま落ちてきたかのように襲ってきた巨大なヘビ。
だがもうそのヘビも、何度目なのかわからなかった。
濃紺に光る、ぬめるようなうろこをした巨大なアナコンダの体を、コック帽をつけた白髭のおっさんが文字通り「開き」のように頭から尾にかけ切り裂きながら口を開いていた。
「プロに楽曲頼みたいんすよ!」
アナコンダとは全くの逆方向。
奇声を上げ、木の陰から飛びかかってきた小柄なサル。
その眉間に叩きつけるように剣を突き刺した
「別に、楽曲がいいから売れるわけじゃないってのはわかってるんですけど。でもやれること全部やりたいっていうか」
「それで、このダンジョンの賞金を?」
「そっすね~!」
もはや作業じみた二人の間。
近接職がぶち殺しまくった、足元に広がるヘビやらサルやらモンスターの死体。
その死体からアイテムを回収する作業の中、私はそこから推測できる一つの結論に確信をもって気がついてしまっていた。
さっきからずっと、同じ場所をぐるぐる回ってる。この死体は今回倒したモンスターじゃない。すでにアイテムは回収し終わってる。
私たちは今、確実にこの森の中で迷っている。
「抜けられてないな」
水辺から半分埋まったタイヤのように突き出した、ぶっとい木の根。
それに座った眉毛のクソ太いおっさんが、青白いウインドウに広がるマップをにらみながら口を開いた。
「見てみろ。この地点までは俺たちは問題なくいっていた」
極太眉毛のおっさんが指し示したマップの位置を、コック帽のおっさんが体ごと近づけて覗き込んだ。
「だが、ここまでいくとこうだ」
「逆戻りしてるね」
「どうしてこうなる? そもそも、俺たちがこんなジャングル程度で迷うこと自体がおかしい。何かしら仕掛けがあるとしか思えん」
「仕掛け、ねぇ」
真剣にマップを見つめる二人のおっさんをよそに。
私は死体から追いはぎのようにアイテムを回収しながら、ただ地面を見ていた。
足元をゆるやかに覆っている水面。ほとんど何の流れも感じない、ぬかるんだ泥の上をまるで膜のようにつつみこんでいる。
そんな私のとなりに、莉桜が焼いたヘビ肉をかじりながら近寄ってきた。
「何? なんかいいもんあった?」
「いや~……☆」
水面の上に浮かぶ落ち葉。
いうべきなのだろうか。単に私が気にしすぎなのではないか。
「なんかさぁ、変なんだよ☆」
「変?」
私は、わずかばかり張った、水の上に浮かぶゲジゲジのような枯葉を指さした。
「葉がね、ほら☆」
全くの無風。
何一つ振動もないはずなのに、水に浮く枯葉を中心にこまかな、まるで枯葉が動いているかのように微細な波紋をいくつも重ねていた。マジでゲジゲジみたい。
「何だと思う? これ☆」
「ちょっとマジキモいからやめて」
「いや——」
真後ろだった。
ぎょっとして振り向くと、極太眉毛のおっさんが、座り込んだ私の真後ろから水面で波紋を作る枯葉を凝視していた。
「なぜここにメタセコイアの葉が……?」
しばらく枯葉を凝視していたおっさんが、何かに気がついたかのように声を上げた。
「何かの波動が出ている……?」
波動? 何かヤバイ宗教にはまっている?
だがそんな私の視線なんて気にするわけもなく、極太眉毛のおっさんは無言のまま、インベントリから何かの小さな袋を取り出した。
かと思うと、一瞬で袋の中身を空中に拡散させるかのように撒き始めた。
私は、目を疑った。
薄く、全体に散布された粉のようなものがゆっくりと空中を落ちていく。
そんな中、まるで波をつくるかのようにその粉が濃淡を作っていた。
「これは……」
木の枝に座っていたコック帽のおっさんが驚いたように小さく声を上げた。
「超音波か何かが出ている……?」
「待って」
突然、莉桜が。
手をあげておっさんたちを静止させたかと思うと。
髪をかき上げ、大きく音を拾うかのように耳に手を当てたまま、目を閉じゆっくりと首を回していった。
「なんか聞こえる……」
*
「ドリアードですわ」
「ドリアード?」
泥水の張った密林~って感じのぬかるみ。
そんなどう考えたってゴアテックス必須じゃない? っていうようなびしょびしょになった地面を、何を考えたらそういう選択肢になるのか全くわからないヒール(回復ではない)で突っ切っていくバ美・
「樹木の精霊ですわ。バカでかい針葉樹の根元にいますの」
「密林に針葉樹って……」
バ美・肉美の前を歩くしょーたろーが、木の枝から垂れ下がるツタをダガーでぶった切りながらなんだそれはという調子で答えた。
「植生ガン無視じゃないですか」
「なんか、前のPTで最初に見つけた奴もそんな感じでいってましたわね。私は正直全然詳しくないもんですから、まーたどうでもいいクソうんちくでも言ってやがんのか死ねって思ってただけなんですけども」
いちいち語彙が強い~。全世界のクソうんちく野郎にうらみでもある?
ほら~。しょーたろーさんが無言でナタ振り回しながらちょっとむっとしてる~。その矛先が向かないように僕は祈ります~。
「まあ、とにかくむちゃくちゃ怪しいから行ってみようってことになったんですの。そしたらまぁ、途中で遭難はするわ
いたって感じ(笑)、ではなくて。
だが途中の謎のワードに、俺の小動物レベルに研ぎ澄まされた危機回避センサーがひっかかった。
「錯乱?」
「ドリアードの
「お前が状態異常になったらどうすればいいんだ?」
「ええ~?」
生きるバカの権化。
そんなバ美・肉美からバカなの? というような視線をプレゼントフォーミーされてしまった。もしかしたら今PTで最大の屈辱なのではないだろうか。
「ちゃんとお話聞いてました? 魔法耐性が低いプレイヤーが、ですわ。魔法職が
「だが、食らわないにこしたことはない(小声)」
先頭を歩くモブ子が、目の前に広げたマップから目を離さないまま、声だけを上げた。
「拙者は幸い、この黒い布が魔法耐性を持ってるらしい。だがヒロとしょーたろーはそうでもないだろう。あらかじめ回避方法などはないのか?(小声)」
「もちろん、対策済みですわ(笑)」
足元に広がる泥水を避けたいのか、両手でローブのすそをちょこんと引き上げていたバ美・肉美が、片手でむんずと掴んでオラァッ! と捲し上げた。下品なのか上品なのかどっちかにして。
かと思うと、もう片方の手でインベントリから何かをごそごそ取り出し始めた。
パパパパ~ン☆
紙ナプキン~。
「これをこうして——」
「ひぃッ!」
ズボッ。
突然、真後ろからいきなり耳に紙ナプキンをぶち込まれたしょーたろーから聞いたことのないような声で悲鳴が上がった。
「耳栓すりゃいいだけですわ(笑)」
「そんな簡単な話ならさっきの連中に教えてやれよ……」
「MPKするような連中相手にいちいち攻略情報をくれてやるほど私は寛大ではありませんわ~」
「お(小声)」
俺が紙ナプキンを耳にぶち込む中、先頭を歩くモブ子から小さな声が上がった。
視線の先。
おおよそ視界全体が曲がりくねった細長い木の枝で埋め尽くされている中。
その埋め尽くされた視界のわずかなすき間に、クリスマスツリーをバカでかくしたような木の陰がちらとのぞくのが見えた。
だが。
「まずいな(小声)」
めずらしくモブ子が焦ったような口調で声を上げた。
かと思うと、俺たちを無視して密集した木々の中を突っ切り始めた。
「いそげ! 莉桜殿が何かと戦ってる!(小声)」
*
私は、何が起きているのかわからなかった。
突然、足元に崩れ落ちた、極太眉毛のおっさん。
それが、ゆっくりと半透明になったかと思うと、一瞬で宙に浮く手のひら大の輝くようなクリスタルになってしまった。
「逃げて!」
ダガーを構えた白いコック帽のおっさん。
それに対峙するように剣を構えた莉桜が、私に向けて叫んだ。
「全然コントロールできない!」
「残念ながら、僕のほうもおんなじだね……」
言葉が終わる間もなく、白いコック帽のおっさんが、流れるような動きで莉桜に切り込んでいった。
私はとっさに、防御力を上げる魔法を全員に放っていた。
何が起こっているのか全く理解が追い付かない。だが、このままでは全員が死んでしまう。せめて受けるダメージを減らさなければならない。
だが放たれたダガーの一撃を受け止めながら、莉桜がなおも叫んだ。
「ハル! いいから早く逃げて!」
「無理だよ~!☆」
「いいから早く!!」
遠く、密林の中に生える背の高い三角形のような木。
その木の根元に座る、少女のような姿のモンスター。
目を閉じたまま、微動だにせずただ歌い続けている。
あれが歌う声を聞いてから、私以外の全員が突然殺し合いを始めてしまった。
「ヤバイ……!!」
目の前で、背を向けていた莉桜の右手が突然スキルの光を集め始めた。
「
莉桜が強く叫んだ。
「ハルにもあたる!! お願い早く逃げて!!」
悲壮感の叫び。
だが。
「サプライズニンジャ理論、ってのが昔あってだな(小声)」
突然、私の目の前を駆け抜けた一筋の真っ黒な風が、光を放つ莉桜の右腕を切り飛ばしていた。
スキルの光。
莉桜の体から放たれた光がはじけ飛んだ。コマのように回転した莉桜の体が、無くなってしまった右腕の先がまるでまだあるかのように振り回したかと思うと、何一つ効果のないまま周囲に風を起こすだけで光が消え去った。
「間に合ったようだな(小声)」
宙に浮く、剣を握りしめる莉桜の右腕。
目の前の真っ黒なアサシンがそれを掴んだかと思うと、ダガーを構え大声で叫んだ。
「さっさと状態異常を回復させろ! ボスを殺して8階へ向かうぞ!(小声)」
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