14. 人という字はな。片方が片方に全力で負担をかけている字なんだぞ
「7階は、迷路になってますわ」
青白い、全体が光を反射するクリスタルのような玉座の間。
そこにカパ~っと開いた、ギュインギュイン高速で回転する光るわっかのようなポータルを前に、バ美・
「迷路?」
あれか? よくあるテーマパークにある子供がギャン泣きしてるような奴か?
「フロア全体が、密林になってるんですわ」
密林。また一生縁のなさそうなワードが出てきたな。密林って言われても具体的なイメージが全くわからんぞ。
「公式では何というのかわかりませんけど、私たちはそれを
また次元がゆがむような中二語が出てきた~。なんなの? お前の知人重篤患者すぎない? それとも複数人にまたがってヤバイ株のパンデミックが発生している?
だが俺は実はかろうじて残ったこいつの理性が架空のイマジナリーフレンドが語ったかのように隠蔽しているだけなのでは? という、あまりに哀しすぎる限りなく正解に近い
「それがなんで迷路になってんだ?」
「普通、ローグダンジョンは小部屋に分かれているでしょう? それが全部まとめてワンフロアなんですの」
「ワンフロア?」
聖女のようなローブを着たバ美・肉美が、すもう取りが四股を踏むように股をカパ~☆ と開いて平泳ぎをするかのように大きく大の字に手を開いた。お下品ですわ?
「中が入り組んでいて、生えてる木のせいで迷路みたいになっていますの。ワンフロアなもんですから、マップも大して役に立たないんですわ」
「他には?」
「そうですわね……」
クソ巻き毛ヒーラーが、四股ふんだまま両手を広げて一呼吸を置いた。
「特段どうのってことはないんですけど……しいて言うなら……そうですわね……なんていうか……」
全員が沈黙。
「密林……ですわ?」
バカなの? 森の賢人オランウータンより知能低い?
はたしてこのリアル
ぽわ~んというエフェクト。
真っ白になった視界。
それを抜けた先、俺の目にいきなり入ってきたのは——
「ちょ……!!」
突然の、バカでかいトラ。
「いやいや、いやいやいやいや——」
本当に、顔面に触れ合うほどの目の前にバカでかいトラ。顔面だけで余裕で俺の上半身くらいはあるサイズ。
からの咆哮。
強制的に浴びせられる、けものじみた(けものです)臭い息がセットになった超絶至近距離からのナチュラルASMR。
死ぬ~☆
明らかに俺の何倍もある、本能的に「死」を呼び起こす巨体から放たれたおたけび。
何の準備もなくそれを浴びせられたかと思うと、何一つ防御反応も取れない俺の顔面を巨大なトラの大口が全力で俺を噛み砕いてきた。
「ちょ待って! マジで待って!」
死ぬからッ! なんでッ! そういうゲームじゃないでしょッ!?
だがなぜか。
全く理由はわからないが。
幸いにしてトラの牙は俺の顔面を素通りし、まるで何もそこにないかのように何度も食らいつこうとそしゃくをくり返すだけで何も起こらなかった。
俺今、マジで目の前トラののどちんこしか見えてない~☆
だが瞬間。
俺の顔面を覆っていたトラの大口が、一瞬で引きはがされた。
かと思ったら違った。引きはがされたのは俺だ。
正しくは、強引に引き寄せられた。
突然俺の全身が、まるで緊縛プレイなのかな? というほどに何かの縄でからめとられたかと思うと、トラの顔面は当然、そのトラ自体を貫通するかのように強烈な勢いで強引に引き寄せられていた。
突然開けた視界。
何が起こったのか俺の理解がおいついたころには、俺はうっそうと木々の生える密林の中に顔面からめり込むように着地していた。
「なんなんだッ!!!」
「ごめん——」
強引に、緊縛プレイで藪の中へ連れ込まれた俺のとなり。
金髪マッシュルームカットをしたひょろっちいアサシンが、遠く離れたポータルから視線を外さないまま小さく口を開いた。
「説明は後でちゃんとするから——」
マッシュルームカットが、フロア全体に響くほどの大声をあげて叫んだ。
「知り合いだ! 悪いがこいつらもなしで頼む!」
俺のはるか前方。
オレサマ・オマエ・マルカジリ! されていた、俺がいたと思われるポータルのド真ん前。
バカでかい、どんな動物園でも見たことのないサイズのトラが、俺以外のPTメンバーを食い殺さんと咆哮を上げていた。
「なんなんですか!!」
「そいつは!」
再びだった。
俺のとなりにいるマッシュルームカットが、しょーたろーの焦り切った声にそのほっそい体に見合わない大声で叫んだ。
「死ぬと親モンスターを呼ぶ! そのまま放置してこっちへきてくれ!」
即座に理解したのか、しょーたろーが足元に何かスキルのような光を打ちこんだ。
その行動にヘイトをもったのか、反射したかのように巨大なトラが飛びかかる。
だがポータルの目の前。
しょーたろーを食い殺そうとしたトラの全身を、再びバカでかい金属製のトラばさみが。
まさしくその名の通り、巨大なトラの全身を砕ききるかのような勢いで挟み込んだ。
「こっちだ!」
ちっ
遠く、小さな。
だが確実に。
このバカでかい密林の広がるフロアのどこかから。
誰かの舌打ちのような声が聞こえた。
それはそれとして早く縄を解いてくれないかな~。
「
うっそうと木々の生える密林の中。
湿り切った、わずかに冠水したぬかるむ泥土の上。
しょーたろーが静かに。
だが明らかな怒りとともに、強く声を荒げていた。
「無敵時間がなかったら! 僕たちのうち誰かは死んでたかもしれないんですよ!」
主に俺。間違いなく俺。
あやうく「転生したら大腸菌でした*腸管出血性スキルで魔王を倒す!*」が始まるところだった。よかったいろんな意味で。
遠く、トラばさみが消え、ポータルの周囲をのっそのっそと歩き回る獲物を見失った巨大なトラ。
それから視線を外せないままの金髪マッシュルームカットのアサシンが、申し訳なさそうに口を開いた。
「申し訳ない。言ってるとおりだよ」
こっちを見るキノコヘッド。
この特徴的なオブジェ、俺は確実に見覚えがある。
「あ……」
俺は、何かの引っ掛かり。それが取れたように思い出した。
「あんた、アサシンゲームの時の——」
俺の声を聞いたキノコヘッドが、笑ったまま、困ったように頭をかきはじめた。その髪型で頭をかくモーションはやめろ。
「あのときは本当にお世話になったよ。食われる前に気が付いてよかった」
こいつは、あれだ。
前回運営から無理やり呼び出された、キャラデリをかけた地獄のクソアサシンゲームでいけにえになりかけてたアサシンだ。名前なんだったっけ……。
気づかれないように、俺はウインドウでフレンドリストの中に「スズキ」という名前があることを確認して閉じた。そういやそんなモブネームだったなこいつ。
だが一瞬、俺の中で別の問題が鎌首をもたげた。確かに前回俺たちはこいつを助けたが、その諸悪の根源は俺のとなりに……?
だがその
「でもなんでこんなところでMPKなんて……」
しょーたろーの問い詰めるような声に、キノコヘッドが無言のまま視線を外した。
「おおかた、ボスが殺せなくて行き詰ってんでしょう?(笑)」
バ美・肉美が、小ばかにしたような声で沈黙を破った。
「入り口付近がすごいことになってますわ(笑)」
俺たちが出てきたポータル。
そこから少し離れた場所。
あまりに巨大トラの印象が強すぎて気が付いていなかった。
入り口入ってすぐの開けた地帯、通常ありえないほどの、ポータルの入り口にしては明らかに不釣り合いなくらい、いくつもの墓標が立ち並んでいた。
俺は、ぞっと。
背筋を走るような嫌な予感が、俺の首筋にはいよるのを感じた。
「なるほど(小声)」
ベリーダンスを踊っていたモブ子が、面白いものでも見たかのように笑いながら手を叩き始めた。
「実にアサシンらしい。7階に来た連中を片っ端からぶっ殺してアイテムを拾い集める。そういうことだろう?(小声)」
「俺は——」
視線をそらしたままのキノコヘッドが、ぽつりと口を開いた。
「こういうやり方は賛成できない。でもほかのPTメンバーがやるって決めたからには、俺がどう思ってるかなんて関係がないんだ」
「なあ——」
俺は、キノコヘッドの肩をつかんでいた。
「前回、あんた見ただろ……? アサシンゲームで俺たちと一緒だったやつ。ピンク色の髪の毛をした魔法使い。そいつは見なかったか……?」
「ああ——」
キノコヘッドが、俺を見て思い出したように声を上げた。
「見たよ。だけどやっぱり無理だった。あんたたちと同じで前回助けてもらったから、俺は結局見てられなかった」
「見てられなかった……?」
「違う、変な意味じゃない」
両手を突き出したキノコヘッドが、焦ったような口調でつづけた。
「あんたたちと同じだ。そのまま見殺しにできなかったんだよ。4人いたけど全員生きてる。今どこにいるのか知らないけど、俺たちはMPKしてない」
「4人……?」
「増えてますわね(笑)」
なぜ? 増えてる? 単細胞生物みたいに分裂したのか?
「いつぐらいの話なのだ?(小声)」
「多分、まだ10分くらいしか経ってないと思う」
「追いつける範囲かもしれないですね」
しょーたろーが茂みの中から立ち上がった。
「合流したいのか?」
「ええ」
しょーたろーの言葉に、キノコヘッドが俺たちの目の前で青白いウインドウを開いた。
7階のエリアマップだった。
バカでかい、ただ一つだけの円。ところどころに樹木のような陰があるだけで、今までのダンジョンとは全く違うマップの形。
そのマップの中心に、一つ。
オレンジ色に付けられたマーカーが光っていた。
「7階のボスはここになってる。ところどころ迷路になってるけど、このオレンジ色の道を行けばいい。どのみちダンジョンなんだから、ボスに行くまでにどっかで合流できると思う。ただ——」
「ただ?」
キノコヘッドが、小さく声を漏らした。
「あのPT構成だと、ボスに会えば全滅する」
「全滅?」
「7階のボスは今までより格段にヤバい。魔法攻撃の質が段違いになってる」
俺たちは、無言でバ美・肉美を振り返っていた。
「……なんなんですの?」
「お前、7階のボスどうやって倒したんだ?」
「7階のボス?」
俺たちの詰問するかのような視線の中。
バ美・肉美が、あごに手を当ててロダンの考える人みたいな格好になった。
しばらくの沈黙の後。
「正直あんまり記憶にないですわ……」
脳筋~☆
ダメだこいつ廃人すぎて参考にならない。一般的プレイヤーの感じる難易度のものさしを共有しておられません。
「とかうちのヒーラーがいっておりますが……」
念のための俺の確認に、キノコヘッドが顔面をキュッと中心に寄せて口を開いた。
「うまいやつにはそうかもしれないけど、俺たちには無理なんだよ! 俺たちは正直、魔法耐性のついた装備を集めるためにこんなことしてる。普通にやって勝てるようなボスならMPKなんてやってないんだよ!」
怒声のように感情を発露させたキノコヘッド。大丈夫です一般的な感想だと思います。
それが落ち着いたかと思うと、小さく自嘲するかのように笑った。
「もし今度アサシンゲームがあるとしたら、俺はたぶん悪質プレイヤー側で呼ばれるのかもしれないなって思ってるよ」
くら~い。まあそうかもしれませんけど。
でもまあ、そうなってでもこのエリアを突破するには
「でも、まあ」
深刻な表情になる中、バ美・肉美が咳ばらいをして割り込んできた。
「確かに魔法攻撃が強めだったような? 気はしてきましたわ」
こいつにも一応のやさしさは存在していた?
「でもおめぇらならそういうのには慣れてるでしょう?(笑)」
「どういう意味です?」
だがバ美・肉美が。
しょーたろーの質問に、巻き毛をいじりながら恥ずかしそうにつづけた。
「だってほら。ヒーラーのいないぶっちぎりの陰キャソロ人生のおめぇらですから? 魔法攻撃を受けたらどうすればいいのかくらい、ワイシャツにこびりついたミートソースみたいに頑固に体に染みついてるんでは?(笑)」
殺すぞ。
「当然だな(小声)」
当然なのか? 俺は結構死ぬぞ?
だがムカつくことに、こう見えて地味にPSは高いモブ子がいうのならなんかあんのかもしれない。
「どうすんのよ」
「それはもちろん——(小声)」
全力で決め顔(目しか見えませんが)をしたモブ子が、ダガーを構えて——
ハイドした。
「他のプレイヤーに全タゲを押し付けるのだ(小声)」
全然参考にならなかった~。こんなクソ害悪プレイヤーに聞いた俺がバカでした~。
「まあとりあえず」
俺は、曲がりくねった密林の木の陰から立ち上がりダガーを握りしめた。
「行くだけ行ってみるしかないな」
「気を付けてくれ」
やぶの中に潜んだままのキノコヘッドが、小さく声を上げた。
「俺は応援しかできないけど、突破することを願ってるよ」
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