6. メンタル弱ってるときにやさしい言葉をかけてくる他人は大体裏がある

『それでは5回戦目の開封を行います』


 ドームの中心で、いつも通りのクソみたいなかわいすぎるアナウンスが流れ始めた。


 俺は、正直心配していた。

 近くで同じようにウインドウを見つめる筋肉長髪戦士とキノコヘッドの提案に。


 他人から提案されたものをうのみにしてしまう。正直俺は、こういうたぐいのものでうまくいったことがあまりない。

 ましてお互いに利益が存在するような状況。本当によかったんだろうか。


『結果


 商人: 7人』


 7人……?


「やけに少なくないか……?」


 俺の確かめるような声に、無言のままのしょーたろーが不安そうな顔で応えてきた。


 やめて~。そんな顔で見られてもよりいっそう不安にしかならない~。


『傭兵: 5人』


「な……っ!!」


 声が、予想外なところから聞こえた。

 隣にいたキノコヘッドだった。画面を見ていたスズキから、自身もまた予想外だというのを告げる素の声が飛び出した。


「なんで……!?」


 ああ。

 そうか。


 こいつからこんな声が出るってことは――



『アサシン: 6人


 結果、行商は失敗、アサシンの強奪が成功しました。皆さんの所持金は以下のようになります』


 A 【 85 G】 (C -25)

 B 【 85 G】 (C -25)

 C 【 85 G】 (C -25)

 D 【 170 G】(C -15)(E +150)

 E 【 100 G】 (C -60)

 F 【 180 G】 (C -15)(E +150)

 G 【 60 G】 (C -25)

 H 【 270 G】(C -5)

 I [Deleted]



 完全にだまされた。


 あいつら。どっちも、前回アサシン出してた連中だったじゃないか……。


 せめて、せめてもう少しだけでも脳みそを使えるだけの時間が残ってれば……!!






『6回戦目の準備時間が始まりました。みなさんカードを選択してください』


「お前……!!」


 華奢なキノコヘッドが、筋骨隆々のガッデムの胸倉を全力でつかんでいた。


「お前なんで……!! 素直に商人出してればいいだけじゃなかったのか!!」

「お前は、本当に——」


 胸倉をつかまれたままのガッデムが、キノコヘッドのキノコをわしづかみにした。

 掴みかかる腕を引きはがし、そのままコンクリートの床へと叩きつけた。


「バカだな!」


 ガッデムが、手についた髪の毛をゆっくりと払いながら口を開いた。


「お前のデータのおかげで助かったよ。やっぱりEは今回も商人を3人連打してる。Hがどうするのかわかんなかったが、5しか減ってないところを見ると傭兵しか出してない。ぶっちぎりトップになったからもうこの勝負を降りてんだろう。どっちみち、前回商人を1人だけ出してたHがリスクあるアサシンなんて出すわけなかったしな」


「なんで——」


 唖然とした俺の口から、自然と言葉が出ていた。


「わざわざいけにえのお前がアサシン出す必要があったんだ……?」


 ガッデムが小さく笑った。


「俺は、いけにえ参加枠じゃない」


 いやな、笑い方だった。


「本人枠だ! 商人を連打しただけじゃもうキャラデリ確定なんだよ!」

「お前……!!」


 地面へ叩きつけられたキノコヘッドが、それでもなおガッデムの脚に食らいつくようにしがみついた。


「おい運営! これは妨害行為じゃないのか!?」


 ガッデムが、ドーム全体に響くように声を上げた。

 運営という言葉に、キノコヘッドが反射するようにその手を離した。


 ガッデムが、足元に転がるキノコヘッドを蹴り上げた。笑いをこらえるような顔をしたまま、ゆっくりとほどけた靴紐を結びなおし始めた。


「まあ、せいぜい残り頑張れよ。あと2回もあんだから、100Gまで戻すことだって可能な範囲だろ? 突っかかって来る暇なんてないと思うぜ」


 吐き捨てるように笑ったガッデムが、俺たちを振り向くこともなくそのまま灰色のドームの向こうへ悠然とただ立ち去っていった。


「すげ〜……☆」


 ハルが、ぼそっと口を開いた。


「クズの見本市みたいなゲームになってる~☆」


 わかる~。初めて同意見〜。







 お通夜みたいな雰囲気だった5回戦目の始まりは、さらにひどい状況で6回戦目の始まりを迎えた。


 残り、2回。


 やばい~☆

 俺の脳内もちょっと現実逃避したくなってきた~☆ キャラデリが近いのかな~☆


 こんなッ!

 こんな灰色一色のクソみたいなドームの風景が! このゲームで最後に見る画面だなんて俺は認めんぞ!


 残ったほかの面子は、それでもなお散り散りになっていた。

 バ美・肉美にくみは、ずっと画面を見ている。


 あいつは結局Hなのか? それともEなのか? 初回から商人しか出してないバカは多分あいつなんではないか。それにあの炎のような髪型の奴は一切存在感ないけどああいうのがHだったりするんじゃないだろうか。なんとなく。そういう作品多いし。知らんけど。


 モブ子という最大のユダはドームの向こうで何かダンスを踊っている。あいつは何を考えてるんだ? 狂ったのか? もとからではないだろうか。殺したい。


 ちょっと情報を整理しないといけない。


 おそらくは、現状こうだ。


 A 【 85 G】 俺

 B 【 85 G】 ハル

 C 【 85 G】 しょーたろー

 D 【 170 G】 モブ子クソ(超クソ)

 E 【 100 G】 バ美・肉美か、変な髪

 F 【 180 G】 ガッデムクソ(クソ)

 G 【 60 G】  キノコヘッド(スズキ)

 H 【 270 G】 バ美・肉美か、変な髪

 I  [Deleted] NINJAクソ死亡☆確認や↑ったぜ



「まあ、とりあえずほら。拭きましょ」


 しょーたろーが、バックパックから取り出した謎のタオルをキノコヘッドに渡していた。

 きったねぇ涙と鼻水でべろんべろんになったキノコヘッドが、小声で感謝を繰り返しながらタオルを顔にあて、そして無駄に号泣し始めた。


 雰囲気ヤバすぎる~。


「俺は、君たちをだます気なんてなかったんだ……」

「いや、見てたらわかるからいいっすよ」


 キノコヘッドが強烈に鼻をかんだ。


「僕はもう、本気で頭にきてます」


 しょーたろーが、突然。だが強く。静かに声を出していた。


「こんなクソゲーに招待したモブ子さんも。さっきのだまし討ちを仕掛けてきたクソ筋肉野郎も。こんなものを用意した運営にも、もう何もかも頭にきてます」

「わかる~」


 わかりみしかない~。


 かといってどうすればいいんだ?


「6回戦目どうする~?☆」


 ハルが能天気に聞いてきた。


「私たちもアサシンでもぶち込んでみるか~?☆」


 正気の沙汰ではない。


「俺は」


 キノコヘッドが、ぐずりながら声を出した。


「商人と傭兵を出すよ。俺は残り2回で40G稼がないとキャラデリになってしまう。勝負を仕掛けるなんてもうできない」

「それは、俺たちだって似たようなもんだしなぁ」


 俺は目の前に広がるウインドウを見た。


 所持金85G。目標金額100G。


 どうしてただ商人を全員出せばもうかるだけのゲームなのに、商人を出し続けただけでマイナスになってるんだ? 意味が分からんぞ。

 どう考えてもクソが混じったせいだな。どんな良質なワインにも泥水が一滴まじればクソになるっていうのの典型例だなこれは間違いない。


 自分でいっててクソどうでもいい~。俺も脳みそ死んできたのか?


「僕に提案があります」


 しょーたろーが小さく声を出した。


「僕たちは、商人と傭兵を出さなければ勝てない。ほかのやつらもそう思ってるはずです。だからこそ、僕たちは今しかできないことを『ここ』でやりたい」

「ここ……?」


 しょーたろーが、強く。

 強く俺を見据えて口を開いた。


「お願いがあります。僕はあの変な髪型の人と話をつけてきます。ヒロさんは、バ美・肉美さんと話をしてきてもらえませんか」







『それでは6回戦目の開封を行います』


 わらわらと、ドームの中にいるプレイヤーたちが、中央に広がる円筒状のウインドウの前へ集まってきた。


 残り、2回。


 しょーたろーが決意した言葉をこめた残り2回のうちに1回。


 遠くで、モブ子とガッデムそれぞれが、お互いに接点もないだろうに笑っていた。あれかな? 悪質プレイヤー同士のシンパシーかな?


 見つめる中央のウインドウに、あらためて見るとマジでムカつくよくわからない無駄にかわいいマスコットみたいなキャラが、発表前のモーションをとっていた。


 俺は、自然としょーたろーに聞いていた。


「うまくいくと思うか……?」

「いきます」


 しょーたろーが強く言葉を放った。


「僕たちは、やれることはやりました」


『結果』


 アナウンスが始まった。


『商人』


 モブ子が踊っている。

 ガッデムは腕を組んだまま無表情で中央を見ている。


 俺は。


 俺たちは全員、中央のバカでかいウインドウをただひたすらに見ていた。




『1人』


「は????」


 場が、静まり返った。


 一瞬の、静寂。


 無意識に、俺たち4人は全力で叫びながら体をぶつけあっていた。


『傭兵: 5人

 アサシン: 4人


 結果、行商は失敗、アサシンの同士討ちが発生しました。皆さんの所持金は以下のようになります』


 A 【 80 G】 (C -5)

 B 【 80 G】 (C -5)

 C 【 80 G】 (C -5)

 D 【 -40 G】 (C -10)(P -200)

 E 【 80 G】 (C -20)

 F 【 -30 G】 (C -10)(P -200)

 G 【 55 G】 (C -5)

 H 【 265 G】(C -5)

 I [Deleted]



「はあああああああああああああ!!!!!!!!!?????」


 モブ子とガッデムが同時に叫んでいた。


『プレイヤー D および F は、所持金が枯渇したため強制退場となります』


 モブ子とガッデムの足元に穴が開いた。


「そんな……ッ!! バカなッ!!!!(小声)」


 瞬間、モブ子が落ちていく穴から手を伸ばした。

 穴の淵をしっかりと掴んでいた。


 だがその掴んでいた手を、ピンク色の悪魔が砕き散らすかのように踏みつけていた。


「ハル殿!」 

「死☆ ね~☆」

「ちょっと待って! 本当に死んじゃうから!(小声)」


 穴から、天井へと貫くような炎が突きあがった。


 塵が消えた後。

 俺たちは、フレンドリストから「モブ子」という名が消えたのを確かに確実に確認していた。


「協力は今回限りですわよ」


 閉じた穴の手前、突っ立っていたハルに、金髪縦ロールのヒーラーが声をかけてきた。


「私は『王☆道』を突っ走りたいんですの。こざかしい傭兵だのアサシンだの、そんなクソ小細工はどうでもいいんですの。商人全部ぜんつっぱ! 協力要請に応じるのは今回だけですわよ」

「見直したぜネカマ~☆」


「……何があったんだ?」


 体中で喜びを分かち合っていた俺たちに、見知らぬ声がかけられた。


 炎のような髪型をした男だった。


「商人が1しかいない。100Gすら割ってるお前たちが、最終戦の手前でこんなことをするなんてありえないんだぜ?」


 だぜ?

 なんかよくわからんキャラ設定だなこいつ。


 そんな俺の表情を無視して、しょーたろーが涙を拭きながら得意げに胸を張って答えた。


「僕たち、全員傭兵しか出してないんですよ」

「それはわかるが、1回を捨ててもよかったのか?」

「残ったのは6人。あなたと、僕たちとスズキさん」


 突然声を呼ばれたキノコヘッドが、控えめに無言で笑いながら会釈した。


「あとはさっきのバ美・肉美さんだけです。この残った中で、最後にアサシンを出してくる人はいないと思っています」

「仮に——」


 変な髪型の男が、手のひらを顔にかぶせて体をくねらせた。


 何? そのポーズ何なの?


「俺が、最後にアサシン3人を出したらどうする? それにそこのスズキとかいうやつが乗っかったら?」

「それはないよ」


 スズキが静かに笑った。


 ウインドウを見せながら、商人を一人選択した。


「これで、アサシンを選択するということは俺にはできなくなった。俺は、最後くらい商人で平和に終わらせたい」

「おいネカマ~☆」


 ハルがバ美・肉美のところへ走っていった。

 かと思うと、ゴリラ(顔は間違いなく美形なんですよ)を連れて帰ってきた。


「なんなんですのこの腐れピンクチビは……」

「お前、最後に何出すのかちょっと見せろよ~☆」


 全員の視線が、バ美・肉美に向いていた。


 バ美・肉美が、眉をひそめた。

 あんまりにも気まずい雰囲気に、軽く咳ばらいをして口を開いた。


「まあ、見せるくらいなら別にかまいませんわ(笑)」


 バ美・肉美が見せたウインドウには、とっくに商人が3人選択されていた。


 しょーたろーが得意げな顔で男を見た。


「あなたがもしアサシンを選択しても、その時は僕たちが傭兵を使うだけです。でも傭兵を2連打してきたあなたが、そんなコストもリスクも背負う気はないでしょう?」


 炎のような髪型の男が、軽く笑った。


「初めからこうしてればスムーズだったのにな」


 男が、ポーズをとったままウインドウを見せてきた。

 商人が選択されていた。


「後は好きにしろ。俺は群れるのは好きじゃない」


 そういった後、男はくるりと背を向け無言で去っていった。


 ひゅ~。中二~☆






『それでは7回戦目の開封を行います』

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