第15話 ダークエルフの歓迎

 ダークエルフの家。


 それは予想通り、大きな樹木の上に建築されていた。


 蔦でできた梯子を昇り、中に入る。 


 想像通りに簡素な空間。 そこで、


「準備をする。少し、待ってもらう」


「準備?」とグレンはダークエルフの言葉に返した。


「あぁ、客人へのおもてなし。食事の準備を開始する」


 そう言うと台所らしき場所に向かう。


 ダークエルフ……この町のど真ん中に位置する森の支配者。


 神話の時代から生き、魔王から森を与えられた歴史の持ち主。


 生きる伝説だ。


 その伝説が台所に立つ……その事実にグレンが気づいた。


「いや、1人で暮らしているのか? 他にはダークエルフは?」


 ダークエルフは個人ではない。種族の名前だ。


「うむ……」と台所からダークエルフが返事をする。


「やはり、何もない森だからね。若者たちは外に出ていたのさ……さて、できたよ」


「随分と早いな……って、これは」


 グレンは絶句する。


「葉っぱだな」


「葉っぱですね」とエミリ。


「葉っぱ……」と商人ケイツ。


 並べられた料理はサラダですらなかった。 そこら辺の木々から葉っぱを千切って皿に並べただけ……


「いや、まさか……いくらなんでも生物が葉っぱだけ食べて1000年以上も生き続けれるはずがない」


「はっはっは……アタイを何だと思っているんだい。葉っぱだけなら栄養が偏って、健康的食事じゃない。もちろん、これが長生きの秘訣さ」


 ダークエルフの出した料理。それに


「――――っ!」と絶句したのはグレンだけではなく、エミリもケイツも同じだった。


 それは―――― 


「こ、昆虫食!?」


 何らかの虫が黒く煮詰められている。 つまり、佃煮だ。


 それに幼虫が蒸し焼かれている。


(試されているのか?)


 表情にこそ出さぬが、酷い動揺に襲られるグレン。


(――――いや、これは本気のやつだ)


 目前でダークエルフが幼虫に手を伸ばし、口に運んでいく。


 その様子は、客人に対して食事に毒が入っていないと示すように――――


 食べた!?


「うむ! 今日も今日とて悪くない味だ。皆も遠慮することはない」


「あっ! ……いえ、実を言えば私は宗教上の理由で昆虫食は禁じられてまして、申し訳ありません」


 もちろん、嘘だ。 しかし、神父が言う『宗教上の理由』を否定できる者はいない。

 

「……そうか。残念だ」とダークエルフも納得するしかない。それに追随するようにエミリも


「神父さまが言う通り、私たちは宗教上の理由で昆虫食は禁止されています。本当に残念だわ」


 もちろん、嘘だ。そもそもエミリは本物の修道女でもない。


 ならば、この場で――――


「……ならば、商人ケイツが3人分を食させていただきましょう!」


 血走った瞳。 荒々しくなっていく呼吸。

 

 ケイツは目前の料理に手を伸ばし、口へ――――

 

 その光景にグレンは、


「マジか! やりやがったな(私たちの代わりに申し訳ありません)」 


「……神父さま、興奮のあまり本音と建て前が逆になってます」


 そんな2人のやり取りをダークエルフは不思議そうに眺め、


 商人ケイツは顔から表情が抜け落ちたように眺めていた。


 そして……


「結構なお手前でした」 


 完食。


 商人ケイツは3人分の昆虫食を完食したのだ。


「おぉ! 凄いな。まさか、本当に食べるとはな」


そんなダークエルフの言葉に「はぁ?」と商人ケイツは言葉遣いを崩した。


「おいおい、アタイはダークエルフだぜ? そんな本物のエルフみたいな飯を食うわけないだろ?」


「た、試したのですか!?」


「おいおい、オタクは商人だろ? なんだって外から森への物販を把握してない」


「……そう言えば」とケイツは漏らす。


「こ、この雰囲気に騙された。ここは森であり、都市のど真ん中……食料品なんて簡単に手に入るはずでしたね」


「お前たち商人は、相手の頭の出来を測る事に執着する。それはお前たちの優れた所だが、たまに測り間違えるのが悪い所だ」


「――――」と返事のできないケイツ。


「そう! それだ。今の今まで、相手を出し抜いてやろ……なんて顔してる奴と腹を割って話せるものか!」


 ドン! とダークエルフは背後から瓶を取り出す。


「さらに、話合いにゃコイツが不可欠だろ? 飲めよ……良い酒だぜ?」


「……ありがとう……ございます」とケイツは酒に手を伸ばす。


 しかし、その手はナワナワと震えていた。 どうやら、彼の矜持は深く傷ついたようだ。


 その酒を瓶の状態で口をつけて、一気に飲み干した。


「おっ! いい飲みぷりだ」とダークエルフ。そんな彼女は――――


「さて、改め自己紹介といこう。ダークエルフ……アタイの名前は、アールだ。 アール・ヴ・デック。名前の意味は黒きエルフ……そのままの意味だな」


 ニッカと彼女……アールは強烈な笑みを見せた。 

 

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