旧魔王領の森と歩く死体

第12話 ダークエルフの森

 「見えてきましたよ」と男は言った。


 ゴトゴトと揺れる馬車の中、窓から外を眺めて到着を確認する。


 男は魔族だった。


 強靭な肉体と膨大な魔力。 それを矜持とする魔族にとっては珍しい体型をしている。 なんと言うか……中年太りの男。


 むしろ、ポヨポヨと柔らかそうな腹部を自慢している気配すらある。


 しかし、男が話しかけている客人は「……」と無反応。

 

 付き人である修道女は慌てて男の体を揺さぶる。


「先生……グレン先生! 起きてください」


「……え? あぁ、大丈夫。起きてます。起きていますよ」と男――――グレン・ザ・ソリッドダウンは言う。明らかに嘘……わざわざ、それを指摘する人はいない。


「ここが目的地ですか? なるほど……これは珍しい」


 グレンは、窓から外を見る。 


 ここは、数か月前まで魔王が支配していた都市、旧魔王領。


 人の町よりも発展してないように見えるが……それは魔族が人よりも日常生活で魔法を使用するからだ。


 見た目よりも遥かに文化レベルは高い。


 しかし、それでも……異常。 なぜなら、町の中心に――――


「町の中心に森……今回の依頼は、この住民に撤去を頼みたいと?」


「い、いえ……なんといいますか……」と魔族は言葉を濁す。


「やはり、町の真ん中に森があると、発展の障害になりますので……せめて、町でも端の方に……」


 魔族の正体は商人だった。 それも最王手……町の商業を仕切っているほどだった。


 名前は、確か……


「……それで? ケイツさんは、どうして教会に説得の依頼を?」


「はい、私たちの商会で交渉しても、話を聞いてもくれません。そこで新しく、中央教会から来てくださった神父さまなら、耳を傾けてくれる……かもしれないと希望を持って……」


「なるほど。私たちは神の代理ですから、信仰心が強い方なら……ん? どうしましたか? 目を逸らして?」


「ま、まずは、外の様子を見ましょう」とケイツは、そのまま馬車を下りた。


「グレン神父、おそらくケイツさんは信仰心とかではなく、教会の影響力を利用したかったのだと思いますよ?」


「え? エミリさん? そうなんですか?」とグレンは少しだけ驚く。


 一緒にいる修道女はエミリだ。


 エミリ・ラ・ハート。


 彼女は、前回の騒動の後……そのまま教会で住み込みで働くことになっていた。


 旧魔王領に慣れていない(もっともグレンは、ここを魔王領だと理解していない)彼のために案内人として教会に雇われた。


「さぁ、ケイツさんには気づかれないように、何も知らないフリをしてくださいね。グレン神父は、他人を傷つける事を無意識に言ってしまわれるので」


「ん~ そうですか? 私、他人を傷つけていますか? それは気をつけないと」


 そんな事を良いながら、馬車の外に出た。ケイツは馬車の運転をしていた従者と打ち合わせをしていたようだ。


「神父様、気をつけてください。ここが――――


 ダークエルフの森です」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


『ダークエルフの森』


 なぜ、魔王が支配する都市のど真ん中に森があるのか?


 それは今から1000年以上前の話になる。神話のような時代の話だ。


 魔と人の戦いは1000年前でも勃発していた。


 その頃、この旧魔王領まで攻め込まれ、魔王軍は撤退。


 この土地を手放す事態になった事がある。


 しかし――――


殿しんがりは、我らダークエルフに!」


 軍の進軍を防ぐため、黒い影が躍動する。 


 離れた場所から矢を射抜き、外法と言われる魔法を使用する。


 それがダークエルフの戦闘術。 確かに、少人数で大軍の足止めには適した集団ではあった。


 しかし、できるのは足止めが限界。 次々に倒れ、生き残ったダークエルフは少なかった。


 だが、彼女たちの犠牲によって魔王軍は撤退。


 1年後には、体制を立て直した魔王軍によって領土の奪還には成功する。


 当時の魔王は、生き残ったダークエルフに貴重な金属や素材を贈る。


 しかし、彼女たちは受け取らなかった。

 

「我らは魔王さまに忠誠を誓いました……私たちの体が滅びようが、御身を守り抜きましょう」


「うむ」と褒美を受け取らぬダークエルフたちに魔王は、


「では……土地を与えよう」


「土地ですか?」


「ダークエルフと言えど、森と共の生きる者。この町の中心に聖地として汝らに専用の森を作ろう」


 そうして、できたのが『ダークエルフの森』


 だから、当然いる。森の所有者たち――――ダークエルフたちは侵入者の排除に―――― グレンへの攻撃を開始するために動き始めていた。


 どんな達人でも殺気を感知できない距離。 1人のダークエルフが弓から弦を引く。


 「死ぬ」と短く呟き、ダークエルフが放つ必中の矢は放たれた。

 


 

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