第11話 Bonus track ②
鮮血? 全てを赤く―――暴力的なまでに――――塗りつぶす。
遅れてやってくる激痛。 痛みに耐える覚悟すら磨り潰していく。
(なぜ? 必ず滅ぼしたはず……)
朦朧と、薄れて行く意識。 ――――いや、意識が、痛覚が曖昧でよかった。
いきたまま捕食される恐怖に晒されずに済むから……
遠くなっていく聴覚……いや、すでに肉体は消滅している。
意識だけが取り込まれ、海に浮遊するクラゲのように吸血鬼の体内に取り込まれている。
けれども、それは耳に届いていた。
『聖水の苦しみから逃れるために魂の分体を作っておいたのは良かった。余の魂が1つだけならば、確実に滅んでいた所だったぞ』
(……なるほど)
死者であれ、神秘性を得た者であれ、殺し切る神具 『第七詠嘆』
しかし、魂が複数個あれば、その摂理から免れる……かもしれない。
グレンには恐怖を感じる事すらできず……体だけではなく、精神も消滅を――――
そんな時だった。 確かに耳にした。
『……さて、どうやら隣には余の下僕が控えているようだ。これはエミリか……少し物足りぬが、食事にしては十分であろう』
嗚呼、ダメだ。 それはよくない。
それがいつから始まった? 何年前? もしかしたら、幼少期から始まったのかもしれない。
同情? あぁ、いいだろう。
他者の、人の苦難を! 苦境を! 同調せずに何が神の下僕だ!
だから、彼はグレン・ザ・ソリッドは――――
隣の部屋に向かう吸血鬼 バートリ公爵の肩を掴み。そのまま背後へ、引くように倒した。
「な!」と彼女が驚くのも当然だ。 自分の体内に取り込んだはずの男が、突如として自分の背後に出現した。
さらには、肩を掴んで強引に引き倒してきたのだ。
「ば、ばかな! お前の存在そのものは、確かに私の中に――――精神に納めている。 それなのに、なぜ? 余と同じで魂が2つある? それこそあり得ん! 貴様、人間か!」
「人間だ。私は神に仕える献身なだけの人だよ」
「人か! ならば、二度と迷い出ぬように――――確実に捕食してみせよう!」
バートリ公爵の黒手。 瞬時にグレンの体を覆い尽くし、捕食を開始する。
「うむ……やはり、今のは何かの間違いで余の中から弾き飛ばされ――――」
後に続く言葉をバートリ公爵は「――――っ!」と飲み込んだ。
背後に人の気配。 そして、放たれる殺気。
攻撃を目視する事すら諦め、その場にしゃがみ込むと頭上を攻撃が通過していく。
バネ仕掛けの玩具のように、跳ねて攻撃者から距離を取る。
やはり、攻撃者の正体は――――グレン・ザ・ソリッドダウン。
「き、貴様! 何をしている! どうやっている!」
その声に恐怖が宿っている。 不死身の吸血鬼。
他者の精神を強奪し続け、悠久の時間を生きた化け物が恐怖を隠せなくなってきている。
グレンが1歩、1歩と前に出る瞬間に彼女は攻撃を終えている。
確実にグレンの体を黒手で覆う。 しかし、次の瞬間に、前に歩いてるグレンが出現している。
その光景にバートリ公爵は発狂しそうになっていた。
確かに、自分の中にグレンの精神が存在しているからだ。それも複数……
グレンは、超スピードや幻覚で避けているわけではない。
もっと、もっと恐ろしいもの片鱗……何かが起きているのだ。
「私に、私に近づくな! 人間!」
「いいぞ、私に恐怖を覚えろ。お前が他者に与えた恐怖を! 今度はお前が味わう番がきたのだ!」
「おのれ! おのれ! おのれ! だったら――――」
「いいや、させないさ。 次にお前は爆発する。 自分の血を――――人に取って有毒な血液で部屋を覆い尽くそうとするのだろう?」
「――――っ! お前はなにを!」
「……秘匿神具『クロノスの逆時計』 お前の攻撃は、全て体験済だ」
「わけのわからない事を――――」
「――――そして、秘匿神具『第七詠嘆』」
1度は不発した神具の効果。 今度は間違いなくバートリ公爵に届く。
「ぐっが! だが余の不死を貫くことはできぬ……」
「いいや、2つの神具。『第七詠嘆』と『クロノスの逆時計』を同時に使用した。 お前がどれだけ、魂の作っても永遠に攻撃する。お前がどれだけ逃げようとしても死が追いかけて滅ぼし続ける」
「そんな――――」と彼女は断末魔を上げる事すらなかった。
彼女の姿は消え去った。 最初からいなかったように――――と言うにはあまりにも多く、破壊の痕跡を残して―――
「やれやれ、終わりましたか」とグレンはまるで他人事のように言った。
「『クロノスの逆時計』を多用しましたが……おっと、世界は滅んでませんね。戦闘で使うのは初めてでしたが……短く使うなら世界への影響が少ないと。これは収穫でしたね」
そんな危なげな発言をしながら――――
「さて、エミリさんに報告でもしましょうか」と部屋を後にした。
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