第8話 グレン・ザ・ソリッドダウンの推理

 グレンたちは教会に戻った。


 ただ、物理的に戻ったという意味ではない。


「時間も戻ったのですね」とエミリ。


「あぁ、いつまでも『クロノスの逆時計』を発動させたままだと、もうすぐ私がこの町にやってくるからね」


 キョロキョロとグレンは周囲を見渡して、こう続けた。


「おめでとう。君は犯人と疑われて教会に逃げ込んでいたよね? 我々が教会に戻ってきた時点で今の君と過去の君が鉢合わせしなかったのは、未来に変化が起きた証拠だよ」


「そうですか。でも、私は自分の無罪を証明したかったのではなく――――

救いたかった。ご主人を――――」


 そこで言葉を止めたエミリは思い出したかのようにグレンに近づいた。


「アナタ! 犯人が分かるって! そう言ってたよ? 私に教えて――――いえ、教えてください」


 深々と頭を下げるエミリにグレンは、


「それはできないね」


「え?」


「君、鏡を見てごらん。教えたら殺しに行きかねない顔をしているよ?」


「えぇ、殺しますよ……例え、相手がだれであっても絶対に殺してみせる。だから……」


「気持ちはわかるよ」とグレンは言葉とは裏腹に、どこけ軽薄な表情と声だった。それから、


「でも、もう少し待ってほしいかな。今は証拠もないし――――何より、裁きを与える存在は君じゃない」


「――――ッ! それは、神が裁きを与えると? 人が、法が私の代わりに裁きを? それでは、私の復讐はどこにありますか!」


「いいや? そんな意味じゃないさ」とグレンは首を振る。


「普段の私は、復讐なんて非生産的で、何より復讐をしたくても我慢している人たちに不誠実な行為だと言うけれど――――今回は別さ」


 グレンは笑った。不気味で酷く歪な笑みだった。そして、こう続けたのだった。


「なぜなら犯人への復讐は既に行われようしているのだからね」


「――――復讐が行われているですか? 誰に、誰が復讐を?」


「もちろん、本人さ。 今回の被害者バートリ公爵によって復讐は発動している」


「――――」とエミリは沈黙した。 グレンに威圧され――――否。単純に彼が怖かったからだ。


 それでも何か、何か言わなければ。そう思ったエミリは口を開きかけた。その時だ。


 教会の扉が開いた。 客人は――――老執事だった。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「それでは、こちらへ。個室で話しましょう。エミリさんは待っていてくださいね」


老執事はグレンの後をついていく。途中、エミリと視線を合わせて、首を捻っていた。


どうして彼女が教会にいるのか? そんな事を考えているのかもしれない。


「それで、主人を――――バートリ様を殺害した犯人は一体、何者なんでしょうか?」


「落ち着いてください。これは私の推論です、証拠もありません。」


「はい、わかりました」


「では、お話しましょう。まず、私が最初に疑問に思った所があります。それは――――」  


「――――それは?」


「どうして、彼女の周辺に配られるワインには氷が入っていたのですか?」


 あの日、給仕に勤しむエミリがバートリ公爵にワインを渡さぬように、グレンはお盆そのものを受け取った。 毒が入っているかもしれないワインを飲み干した時、確かにグラスには氷が残っていた。


「それは、どうしてと訊ねられましても……」


「普通、ワインに氷は入れませんよね? 貴族の間には熱狂的ワイン愛好家が多いそうですが、氷なんて入れてしまったら、微妙な味が変わってしまいます」


「彼女は……主人はお酒に強くありませんでた。 僅かでも酔わないように自分の周囲に配るグラスには氷で量を誤魔化して――――」


 そこで何か気づいたように老紳士は声を上げた。


「なるほど、犯人は氷に毒を仕込んでいたのですね!」


 グレンは老執事の言葉にニッコリと微笑んで、


「いいえ、違います。そもそも毒なんて入っていませんでした」


「むっ? ならば、どうやって犯人は毒を入れたのですか?」


「いえいえ、彼女の死因は、そもそも毒死ではありませんよ。それは、城の主治医が証言しています」


「――――」


「もちろん、主治医が嘘をついた可能性もあります。しかし、中央都市から調査官がくれば簡単に真偽が判明する事に嘘をつくでしょうか?」


「わかりました。死因は毒によるものではなかった……と。では一体?」


「そうですね。不思議ですよね……一体、なぜ――――



なぜ、彼女は水を飲んだだけで死んだのか?」




「……はい?」と老執事は呆けた表情になった。


「待ってください。その言い方だとまるで――――」


「はい、元よりバートリ公爵は水を飲んでしまったために死んだのです」


「それは、何かの謎かけですか? 私には貴方の仰っている意味がわかりません」


「いいえ。単純な話です。バートリ公爵は水を飲むと死ぬ体質……水を飲むだけで死ぬ種類の魔族だったのです」


「馬鹿な! そんな魔族はいません!」


「ふふっ……」とグレンは笑う。


「いえいえ。むしろ、どの種族よりも有名な魔族。強い魔力と強い腕力……何よりも不死身の肉体。強い、強すぎるゆえに弱点が有名すぎる魔族――――


答えは酷く単純ですよ。 バートリ公爵の正体は――――


吸血鬼だったのです」

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