第9話  とある公爵の死と水の秘密(完)

「主人が、バートリ公爵が吸血鬼だったですと……?」


 老執事は鋭い視線を見せた。

 しかし、グレンは視線に気づいたのか、気づいていないのか?

 

 「主治医の方も気づいてなかったようで、いやぁ、どうやって誤魔化してきたのでしょうか?」

 と、飄々とした態度を崩さない。

 その態度に老執事も苛立ちを隠せなくなる。


「仮に、仮にですよ? バートリ公爵が吸血鬼だったとして、水を飲んだだけで死ぬ? そんな話、聞いた事もありませんよ?」


「そうでしょうか?」とグレンは首を捻った。


「もちろん、ここでいう水はただの水ではありません。その水の正体は――――


 聖水です」


「――――」


「おや? 急に黙ってしまいましたか? 良いでしょう……」とグレンは話を続ける。


「私は朝にコップ一杯の聖水を飲むで、普通の水と聖水の味の区別がつきませんので気づくのが遅れてしまいましたね……しかし、考えましたね。会場の水や氷の全ては聖水にするなんて」


「……私は犯人ではありません」


「そうですよね。もしも、会場に配られる飲み物の全てを聖水を仕込むのは、会場を仕切っていたであろうなら……それが可能な人物はバートリ公爵を除けば、貴方が疑われて当然でしょう」


「私は! 証拠は? あなた、証拠がないと言ってましたね? だったら私は――――」


「まぁ、まぁ、落ち着いてください。証拠はありませんが証言はありますよ」


「証言? 一体だれが証言なんてするのですか?」


「そうですね。 バートリ公爵自身に証言していただきましょうか?」


「なにを――――っ! ふ、ふざけないでいただきたい!」


「いえいえ、よく考えください。失念していませんか?


 吸血鬼は滅んだら灰になりますよね?」


 老執事は、立ち上がる。その表情には恐怖が貼り付いていた。


「加えて、エミリなどの従者たちは若く美しい方ばかりです。そして、異常に高い忠誠心……おそらく噛まれていますね?」


「そ、それがなんだ! そ、そんなことよりも!」


「おやおや? そんなことよりも……ですか? もしも、本当にバートリ公爵が吸血鬼なら、彼女の従者で年を取っている貴方が一番怪しいわけですが……」


「あなたは無礼すぎる! 私は帰らせていただ――――」と老執事は止まった。


 言葉通り、出て行こうとした時、彼の足元に当たる物があった。


 今まで気づかなかった。 一体、いつからそれが置かれていたのか?


「これは、バートリさまの棺桶!? 馬鹿な……城に保管されているはずなのに!」


「はい、そのはずですよね?」


「貴様か! 貴様が城から持ち出したのか!? 非常識にもほどがあるだろ」


「確かに非常識な方法でした。この棺桶は100年後から持ってきました」


「はぁ? 貴様、何を言っている?」


「これは『クロノスの逆時計』と言われる秘匿神具。本来は時間を巻き戻る効果ですが……今回は少しだけ無理をして100年後の世界に行ってきました。 もしも、バートリ公爵が聖水を飲んでも死んでないなら、滅んでないなら――――


 100年くらいで復活するのではないでしょうか?」


「――――ッ! まさか、本当に――――」


 棺桶が動く。 ガタガタを振るえ始めて蓋がズレていく。


 中から黒い影が外を覗いているのが分かる。


「本当になのか! バートリよ!」


 老執事の叫び。それに答えるように棺桶の中から、何かが飛び出す。


 それは獲物を狩る獣のようであり、瞬時に老紳士を覆う。


 それが――――


 それこそが――――


 吸血鬼の捕食だ。


 それを見届けたグレンは、「食事中に話しかける無礼をお許しください」と頭を下げた。


「こうして直接、お話させていただくのは初めてですが……私はグレン・ザ・ソリッドダウン――――異端審問官」


 グレンは黒い神父服を脱ぎ去る。 その下には純白の服。


 どこに隠していたのか? 手には武器が握られている。


 ポールアーム――――槍や矛などの総称。


 その中でも『ハルバード』と呼ばれている物に形状は近い。


 槍の穂先に戦斧が取り付けられている。 しかし、本来のハルバードと違うのは、死神が持つような巨大な鎌が取り付けられている。


 そんな凶悪とも言える武器を持ちながら、グレンはこう言うのだ。


「吸血鬼は聖職者に取って天敵とも言える存在――――


 これより異端審問を開始する」



 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・・


「あれ? 私は――――いつの間に寝てしまっていたのでしょうか?」


 エミリは自分が長椅子で横になっているのに気づいた。


「随分とお疲れのようでしたね」


「あなたは……神父さま? 」 


「なるほど。主人が滅んで、今までの記憶まで……」


「?」


「いえ、ただの独り言です。そんな事よりも具合はいかがですか?」


「……あれ?」とエミリは、自分の瞳から涙が流れているのに気づく。


「なんだか、何か変なのです。大切な何かを失ったように悲しくて――――でも、それが思い出せなく――――」


「泣きない。泣いて忘れて―――― 今は感情のままに泣いて、明日からは前に進む事を目指しなさい」

 

「はい、神父さま。ところで……」


「はい?」


「私、ここ10年程の記憶が抜け落ちているのですが、暫く教会でおいてくださりませんか?」


「それは――――」


「だって私、修道服を着てますよね? これ神父さまの趣味ですか? おかしいですよね?」


 彼女は早口でまくし立てる。きっと、彼女も必死なのだ。


 そして、こう続けた。


「だって私、どこかで聞いた事ありますよ。


 教会に修道女シスターはいない。修道女がいるのは修道院だって!」



 それを聞いたグレンは苦笑するしかなかった。


 

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