第7話 迷探偵(?)グレン・ザ・ソリッドダウン

 神父……聖職者が持つ権限は高い。


 それは、かつて魔王領だった場所でも――――いや、魔王領だったからこそ、そこに住む魔族たちは、人間のルールに対して厳正に縛られているのだ。


 だから……


「神父さま、どうすればよろしいのでしょう?」


 妙に若い従者が多い中で、職歴が長そうな男性。老執事が代表してグレンに訊ねる。


 この場の指示を任せられるほどにグレンの権限は高い。 しかし――――


「そうですね。まずは外で警備している兵……隊長みたいな人がいたら呼んでください。それから招待客に勝手に帰らないように周知を……


言う事を聞かなければ私――――グレン・ザ・ソリッドダウンと中央教会の名を出しても構いません」


「はい、直ちに」と老執事は、自分は外へ向かい。他の従者には、招待客へ説明に走られた。


 しかし、彼を含めた従者たちは、誰もが酷い動揺を隠せずにいるようだった。


「さて、それでは先生……バートリ公爵の死因はわかりましたか?」


今も診察……もはや検死と言ってもいいだろう。医者は公爵の遺体を調べていたが


「今は、なんとも言えません」


「やはり、毒物なのでは?」


「私も、状況から言えばその可能性が高いと思います。


 ――――ですが、私の知る毒を飲んだ症状に当てはまる物はありません。

 それに貴方も知っての通り、ワイングラスには毒も入っていませんでした」


「ん~ では、公爵には何らかの持病があり、たまたま発症した……」


「それも違うようです。公爵には、病気の疑いもありませんでしたので」


「わかりました。続けてください。では……君はどう思う?」


 そう訊ねた相手はグレンの後ろに控えている女性。エミリだ。


 彼女は動揺したまま、それでもバートリ公爵から目を離さずに見つめている。


「私は……わかりません」


「……そうですか」とグレンは返した。 彼女の手には『クロノスの逆時計』が握られている。


 思わず、握りつぶしてしまうのではないか? なんて心配をするほどに強く握っているが……どうやら、彼女は主人の死を前にして、即座に時を戻す選択は選ばなかったようだ。


 思っていたよりも彼女が取り乱さなかったのは、二度目の経験か、それとも……



 しばらくすると老執事が戻ってきた。後ろには、甲冑を着込んだオーガがついて来ている。


 オーガの兵……少し、珍しい。 どうやら、彼が隊長格なのだろう。


「神父さま、彼がこの城で警備隊長をしている者です」


「はい……私が……隊長……です」とオーガ。 


 言葉を区切って話すのは、人の言葉を操るのが苦手なのかもしれない。


「どうも、グレン・ザ・ソリッドダウンです。本日からこの町に赴任してきました」


 そう言いながら差し出した手。しかし、オーガは見ているだけだ。


 握手という文化がないのだろうか? 


 それとも初対面の相手に利き腕を預けるような真似をしたくないだろうか? 


「おやおや」とグレンは腕を引く。 


「それから、こちらは私の助手をしてくれている修道女シスターです」


 ここで背後のエミリを紹介しないのは不自然と思っての行動。


 彼女も平然と


 「修道女シスターです。理由あって助手をしています」


 堂々と嘘をつく。 


 エミリの同僚(?)であるはずの老執事もオーガも彼女の正体に気づいた様子はない。


「それで……俺たち……何をしたらいい?」とオーガ。


 グレンは少し考えてから、


「そうですね。まずは、招待客が毒など怪しげな物を持ってないか確認してください」


「それは……」と老執事は、消極的だった。


「わかります。招待客は全員、名の通っている名士たちなのでしょう。それでも、現領主が殺害されたのです。あくまで協力をお願いすると形を取ってください」


 それでも躊躇する老執事の代わりに「わかった……そうする……」とオーガが返事をした。それから、


「バートリさま……目撃者……いるか、聞く。これ……大切?」


「そうですね。お願いします」


「よし……任せられた……行こう」とオーガは部下たちに伝えるために下がり、老執事もついていった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 時間が経過した。


 城内にいた沢山の招待客の数も大きく減っている。


 危険物の有無の確認……実質的な事情聴取も終わっている。


 毒を持っていた者はいない。 全員が身分を証明できた。


 バートリ公爵が倒れる直前に近くにいた者たちもわかった。


 しかし、有力な情報はない。 奇妙な動きをした者、公爵のワインに毒を仕込めるような人はいない。


 そもそも、主賓であるバートリ公爵の周りには絶えず人が集まっていた。


「なるほど」


 グレンは1人呟く。 1度目の世界、エミリが犯人に疑われた理由がよくわかる。


 もしも、公爵が倒れた時にエミリが渡したワインを飲んでいたら?


 きっと、グレンのように飲み物に毒が含まれていたか直接的な確認などする者はいなかっただろう。


 パニックになる会場。 誰かが……いや、誰もが彼女エミリが渡したワインに毒が入っていたと言い始める。


 そうなれば、もう誰も彼女の証言を聞かなくなる。だから、彼女が逃げ出し、朽ち果てた教会に隠れていたのだ。


「……」とグレンは、ぼんやりと想像していた。


 すると老執事が戻ってきた。


「神父さま、お客様方はお帰りなりました。怪しい者などおられず……我々はどうしたらいいのかわかりません」


「そうですね……領主さまが亡くなったのです。すぐ中央都市に使者を走らせなさい。すぐに――――と言っても3日はかかるでしょうが――――調査官がやってきます。彼等の指示に従ってください」


「……わかりました」


「それから、少し気になる事があります」


「それは? なんでしょうか?」


「主人を亡くしたばかりで心中を察ししますが、明日教会にきてください。もしかしたら――――


 犯人がわかるかもしれません」  

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