第6話 公爵不可能殺害事件?

「重要な事なので最終確認です」とグレンは念を押すようにエミリへ言う。


「秘匿神具 『クロノスの逆時計』は過去を塗り替える事は可能です」


「はい」とエミリは慎重に頷く。


「しかし、過去を塗り替えると言う事は、大きく世界に傷をつける事になります。

もしも、その傷が大きければ世界は消滅して、再構築を始めます」


 そして、グレンはこう言葉を締めくくった。


「よくよく考えてください。貴方の行動は、全ての生物の死と天秤にかけて正しい事なのか」


「はい……本当に世界を滅ぼしてでもご主人を救いたいか? そう言いたいのでしょ?」


「さて……あっ、それと過去の自分と必要以上に近づかないでください」


「?」


「本来、存在しないあなたが、過去のあなたと触れ合う事は、世界の矛盾として大きな傷が生まれかねませんので」


「……わかりました」


「それで、あの方が?」とグレンはパーティ会場の中心にいる人物を見た。


「はい、あの方が私のご主人。現在の領主であられるバートリ公爵であられます」


「……女性の方でしたか」とグレンは呟いた。


 彼の言う通り、バートリ公爵は女性だ。 どことなく妖艶な雰囲気を持ちながら、少女とも呼べる若々しさを有している。


 そんな女性が、煌びやかであり、肌を露出したような装いで立っている。


 ただ、立っているだけで世の男たちから視線を集めるような……おやおや、どうやら熱視線を送っているのは男性だけではなく女性も多いようだ。


「この後、私がお渡ししたワインを口にした途端、ご主人……バートリ公爵は倒れ、息を引き取りました」


「なるほど、どうやらその通りのようですね」


グレンは給仕として、招待客にワインを渡して回っているエミリの姿を見つけた。


「あのワインに毒が仕込まれていた……しかし、疑問がありますね」


「えっと……それは?」


「お盆の上には複数のワイン。その中で毒が入っていたのは1つだけ……ですよね?」


「はい、その通りでした」


「では、仮にこの事件に犯人がいるとしたら、どうやってアナタに毒入りのワインを公爵へ渡すことができたのか?」


「――――それは、わかりません」


「そうですよね? もっとも、公爵が毒入りワインを受け取ったのは偶然で、無差別殺人だった可能性もありますが……仕方ありません。試してみましょう」


「え?」と驚くエミリに


「これを預かっておいてください」

 

 グレンはある物を手渡す。それは―――― 


「こ、これは……『クロノスの逆時計』!? どうして、これを私に?」


「なに、簡単な事ですよ。もしも私が死んだら、さらに時間を巻き戻してよみがえさせてください」


「ちょっと――――」と呼び止めるエミリの声を無視して、グレンは歩き始めた。


 目前には、もう1人のエミリ。この時間軸で給仕として勤しんでいる彼女に近寄っていく。


「君、失礼するよ」


「はい? いかがなさいましたか?」


「なぁに、少しばかりご婦人方に声をかけすぎてしまってね。君が配っているワインを全部貰ってもいいかな?」


トレイごとですか? いや、もちろん問題はありません」


「ありがとう。君に幸運があらん事を」


 グレンは背を向けて、来た道を戻っていく。


 1つ1つ、ワインを手に取って飲みながらだ。


「――――妙だな。 どれにも毒が入っていない」


 エミリの元に戻った時には、全てのワインを飲み終えていた。


 空のグラスには氷の欠片だけが残っている。


「アナタ、なんて無茶を……大丈夫? 体に変化は――――」と興奮気味に言いかけたエミリの言葉は止まった。


 パーティ会場の中心、何かが倒れる音がしたからだ。


「そんな、まさか……また救えなかったの? 御主人さま?」


 彼女の言う通り、倒れたのはバートリ公爵。その手の付近には割れたワイングラスが転がっていた。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「落ち着いてください。私は行きます」


「行く? どこへ」と目の焦点が合わず、その場に座り込んだエミリ。


「彼女の元へ。誰が犯人か調べないといけません」


 そう言うと、人込みをかき分けて倒れた公爵の元へ急いだ。


 グレンの正装である聖職者服。多少強引に進んでも、文句を言う者はいなかった。


「どなたか、医者はおられませんか?」  


 グレンが言うと、老紳士が急いで駆けつけて来た。


「はい、神父さま。この城で主治医をしています」


「では先生、彼女の容体を確認してください。私は――――」


 グレンはバートリ公爵の手から離れたワイングラスを手に取る。


 もはや割れてて使い物にはならない。ならばと、床に広がり続けている体に指を濡らす。


 それを、そのまま――――ガラスの破片など気にした様子もなく――――グレンは口に指を入れた。


 どよめきと悲鳴。 毒が入っていたと思われる液体を舐めた……それも聖職者らしき人物が……


 しかし、グレンは平然とした様子で


「どうやら、このワインには毒がはいっていなかった。――――いや、白ワインだと思っていたが、これは……ただの水だ」



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