第5話 狂気の時間逆行
エミリは意識を失うような感覚に襲われる。
――――それも一瞬の事。頭を振るい、正気を取り戻す。 けれども、
(何か……おかしい。 本当に僅かに……)
困惑する彼女は気づいた。
「地面に叩きつけられた『クロノスの逆時計』……なくなっている?」
「いや、あるさ。ここに」とグレン。
確かに彼の手には、砕け散ったはずの水晶……しかし、破片ではなく球体のまま。
(そんな……まるで……)
「まるで時間が戻ったみたいだろう? だから、コイツは逆時計って名前なのさ」
「本当に、時間が戻った? では今は……『昨日』ということ?」
エミリは、窓から外を眺める。 彼女が確認したのは天気。
今日の天気は晴れ。雲一つなかった。 しかし、窓の外では雨が落ちている。
「昨日の天気、確かに午前中は雨だったわね」
「信じてくれましたか?」
「あっ! じゃ、ご主人が殺される前に助けないと!」と駆け出そうとするエミリを
「待ってください」とグレンは呼び止めた。
「この『クロノスの逆時計』は大きな代償があります」
「代償? それって何よ?」
「時間逆行は1日の時間を巻き戻す神具です。それは、失った1日の運命を……この世界に住む生物の運命に干渉した……と言う事です」
「運命に干渉? それは一体?」
「例えば、貴方が犯人を突き止め、翌日に―――私たちからしてみたら『今日』ですが―――告発するなら、運命に大きな乱れは生じません……ですが
貴方が、ご主人を助けて、訪れるはずだった『現在』を別物に変えてしまえば、時間と運命と世界に大きなダメージを与えてしまいます」
「時間と運命と……世界に……それは、つまり?」
グレンは『クロノスの逆時計』をよく見えるように彼女の目前まで近づけた。
「ここに数字が刻まれているのが分かりますか?」
「うん」とエミリは頷く。確かに、グレンが指さした場所には数字が刻まれていたからだ。
「この数字は、過去を変えた負荷に世界が耐えきれず……消滅。その後、再生した回数です」
「――――」とエミリは絶句するしかなかった。
「つまり……この神具をよって時間改竄が行われた負荷によって、私たちの知らない間に世界は3度滅んでは、3度再構築しているという事なのです。
つまり、貴方が自分の主人を助けた事で世界は滅ぶかもしれない。もしかしたら、何も起きないかもしれない。それを忘れないでください」
「そんな……」と震えるエミリ。
大切な人を助ける。しかし、その代償に世界が滅ぶかもしれない。
きっと、その選択肢を与えられ――――いや違った。
エミリは、『クロノスの逆時計』を、刻まれてる数字を言った。
「クロノスの逆時計に刻まれている数字――――『4』になってます!」
それはつまり――――
グレンの言う3度の滅びと、3度の再生は――――
「え? あれ……どうやら、先ほどの使用で世界が滅んで再構築されたみたいですね。いやいや、これは失敗ですね。失敗、失敗!」
「え? えぇ! 今ので世界が、世界が滅亡して! な、なんてことを!」
「落ち着いてください。私は神父なので偉そうな言い方で説明しましたが……まぁ、世界が滅んでも、元通りなので。そんなに気にすることはありませんよ」
この時、エミリは思いもよらなかった――――いや、少しは、その可能性を考えていた。
旧魔王領に赴任された神父が普通の神父ではない可能性。
支配権を奪われたとは言え、魔族の多さでは世界で最も多い町『ヒューゲルベルク』
魔族都市とも言われる場所で、神々への信仰を押し付けるために中央教会から送られてきた刺客とも言える。
町にいる魔族ならば誰もが想像する。
きっと強靭な肉体を有し、魔族相手の荒事が得意な人物なのだろう。
あるいは、特殊な力を持ち、魔族の知性と技量の持ち主なのではないか?
しかし、このグレン・ド・ソリッドダウン――――
あまりにも内包した狂気。
最凶の異端審問官と呼ばれ、もっとも戦場で敵と味方を殺した人物だと、誰も予想はできなかったようだ。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「これだけで、本当に私だとわからなくなるの?」と修道女の服で顔を隠している。
「大丈夫ですよ。変装用の魔具としては私が持つ最高位のものです」
「もちろん、存在そのものを変化させる神具もありますが……」とグレンは続けた。
「け、結構よ。秘匿神具ってのは、教会から秘匿されるほどヤバイって事なんでしょ?」
「ん~ 否定しきれませんが、それは扱う者の心持次第かと」
「じゃ、アンタが持ってるって事は世界にとって最悪じゃん!」
「はっはっはっ……否定はしませんよ。しかし――――」とグレンは周囲を見渡した。
周囲にはグレンたち以外にも人がいる。
身分が高そうな人たち。 多くが魔族だが、彼らに交じって人間の姿も見える。
「昨日は鎮魂の儀式……なんていっても実質はパーティだったのよ。 町の有力者たちを集めてのね」
「ふ~ん、魔王さまが倒れて1か月なのに、華麗なことだな」
「ばか、逆よ。 魔王さまが倒れたからこそ、人間に媚びを売りながら、有力な魔族たちには安全を保障したいのよ」
「あぁ、なるほど。つまり、不特定多数が紛れ込んで暗殺しやすい状況だったと言事ですね」
「……そうとは言い切れないけどね。あれを」とエミリは前を指さす。
前方、領主が有する城。それを守るように武装した兵が客から招待状を確認している。
「アンタは大丈夫って言ってたけど、どうやって入り込むつもり?」
「問題はありませんよ。まぁ、見ていてください」
そう言うとグレンは兵士の前に行く。
「失礼します。招待状をお見せください」
「はい……少し待ってください。えっと……どこに置いたかな?」
「……」と兵は少し待ち「失礼ながら、招待を受けていない者を通すわけにいきません」
「いやいや……招待状はちゃんとある……あっ! あった。これこれ」
「……」と疑うように鋭い視線を兵は飛ばすが、渡された招待状を確認して、
「失礼しました。どうかお通りください」
「はい、良い警備ですね。これなら安心できます」と笑みを返してグレンはエミリと城に入って行った。
「ねぇ?」
「はい? なんです?」
「今の招待状は何だったの? また、魔具でも使った?」
「いや、私だって便利な道具を完備しているわけじゃありません。もちろん、神具でもありませんよ」
「じゃ、どうやったのよ?」
「簡単な事ですよ。元々、持っていただけです」
「?」
「はっはっは……私は中央教会から赴任したばかりの神父。間違いなく有力者です」
「アナタは『今日』……いや『明日』……ややこしいわね」をエミリを肩をすくめまがら、
「アナタは明日、この町に到着したはずでしょ? どうして今日の招待状を持っているの?」
「どうやら、領主さまは私がいつ到着するのか知らなかったみたいですね。中央教会に招待状を送っていました」
「それじゃ、もしも1日早くアンタが到着していたら、この場にいた可能性があったの?」
「なんせ馬車の長旅なんで到着予定が1日早まったり、遅れたりするものですからね。しかし――――」
グレンは会場に到着した。
彼とて正装している魔族たちを、これほど多く、近い距離で見るのも始めてだった。
「どうやら死者を送り出す儀式のはずが、本来の目的から離れているようですね」
好奇心を抑えながらも会場の様子を観察する。
「豪勢なパーティですね。この中で領主さまの暗殺を阻止するは大変そうだな」
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