第2話 追放先は旧魔王領に
―――中央教会―――
グレンが去った後、教皇はある部屋に向かった。
「入るぞ」
「おぉ、めずらしいな。いつもは勝手にワシの私室に入ってくるのにな」
部屋の中には老人が1人。
老人と言っても服の上からでも、鍛えられた体の持ち主である事がわかる。
「はて? そうじゃったかな?」と教皇は笑う。
「何をボケた振りしておる。……いや、止めろよ。中央教会の精神的指導者がボケたとかシャレにならんぞ」
「はっはっは……教皇になった後もそんな軽口を言ってくるのはお前ぐらいじゃな」
「ふん」と鼻息で返事をする老人。 彼の名前はデビット・ザ・ソリッドダウン。
名前でわかる通りにグレンの祖父。異端審問官の長という立場である。
「お主の孫、グレンを旧魔王領に派遣させた」
「……すまぬ。孫が仕出かした事、封印していた秘匿神具を持ち出し、こともあろうか勇者の代わりに魔王を倒すなど、本来なら処刑されても文句も言えぬわ」
「いや、謝らんでもいい。ワシとて、もう少し庇えればよかったんじゃがな。しかし、なぁ……」
「あぁ、魔王は勇者が殺さねばならぬ――――否。勇者でなければ魔王は殺せぬ。
それはこの世の因果として組み込まれている。それを神具の使用によって捻じ曲げた」
「うむ、これからグレンの身に何が起きるのかワシですら予想ができぬ」
2人の老人は深いため息をついた。
―――旧魔王領―――
魔王が討ち取れ、人間の支配下になった魔族たちの町。
どこか暗い、憂鬱な雰囲気が萬栄している。
――――いや。 魔族の町と言っても、それは過去の事。
今、この町を支配しているのは人間たちだ。
時折、身分が高そうな人間が道を歩く。
すると、魔族たちは一斉に道を開ける。
もしも、体がぶつかれば魔族は、殺されても文句は言えない。
それが、魔族の都と呼ばれて発展していた大都市『ヒューゲルベルク』の現在だった。
そこに――――
ざわ…… ざわ……
ざわ…… ざわ……
騒めきが起きる。
「なんだいありゃ?」と人間も魔族も、注目するのは白い馬車。
これ見よがしに十字架と薔薇の装飾を施された馬車がゆっくりと進んでいた。
「十字架……新しく赴任される神父さまじゃないのか?」
「あぁ、あの教会。大丈夫か? 少し前まで悪魔崇拝者と邪教徒たちが仲良く肩を組んで宴会していた場所だぞ」
「……ソイツはまずいな。 さすがに逆さ十字は外しているよな?」
そんな会話を知る由もない神父、グレン・ザ・ソリッドダウンは呑気に教会を目指した。
この時、馬車を運転する従者は嫌な予感を感じていた。
(目立つ馬車……すれ違う歩行者のほとんどは魔族。もしかしたら襲われるかもしれない……いや、違う!)
従者は見えて来た教会の姿に驚きで目を見張る。
シンボルたる十字架は、神への反逆を意味する逆さ十字。
さらに近づけば、壁や地面には怪しげな魔法陣が書かれていた。
(あきらかに邪教徒たちが何かを召喚した痕跡……こんなもの主人が目にしたなら……)
従者が怖がる対象は、魔族や怪しげな痕跡から背後で休んでいる主人に変わっていた。
その主人であるグレン・ザ・ソリッドダウンは、馬車を止めたの気づいたのか?
「~ん? もう到着しましたか?」
「は、はい……しかし、外の様子は、何やら不穏な感じでして」
「ほう……どれどれ?」とグレンは外に出た。
そして、教会の十字架を見ると――――
「これは……」
「ひぃ!」と従者は恐怖の悲鳴をあげる。だが、グレンの反応は彼が予想していたものとは違っていた。
「見ろ、この十字架。逆さだぞ! これを取り付けた大工さんは、とんでもなく間抜けだな」
「へっ? へい、その……その通りですね」
「いや、もしかしたら前任者が栄転してくる私への嫌がらせで行ったのかもしれないな。ふっふっふ……いつだって嫉妬による嫌がらせは気分が良いものだな!」
「それに見たまえ!」とグレン。今度は、壁や地面の魔法陣を刺した。
「子供たちに落書きが残っているみたいだ。どうやら教会は民から慕われて、憩いの場所になっているようだ」
「あ、あれは落書きと言うよりは……いえ、その通りでございます」
「前任者の根性は捻じ曲がっていても、教会への……いや、神への信仰は厚いのだ。辺境であれ、この地が好きなれそうだ」
「それは、よかったですね……あっ! 私はそろそろ本国に帰らせてもらいますね」
「おぉ! そうであったな。赴任先では私1人で布教せよとの話だった。そなたも長い間、ご苦労だったな。本国にいる我が私兵団にもよろしくと伝えてくれ」
「は、はい!」と従者は逃げるように馬車を走らせた。
それからグレンの姿は見えなくなってくると……
「ようやく、ようやく……あの狂信者から解放された。私たちの国の未来は明るくなる」
涙を流しながら、馬車を走らせていった。
その背後を見送りながら、グレンは、
「そう急がずとも、休息を取ってからでもよかろうに。中で茶でも入れて労わってやろうかと思っていたのだが、しかし……」
首を捻りながら、こう続けた。
「あんなにも涙を流して主人との別れを悲しむとは、思っていたよりも忠義のある従者だったな。出世して本国に戻ってきたあかつきには、重臣として取り立ててやろうではないか」
そんな独り言を言いながら、教会の中へ入る。
グレンは、そこで何者かの気配を感じた。
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