最凶の異端審問官 中央教会を追放され『返ってこい!』と言われることは二度とない(絶対)
チョーカー
とある公爵の死と水の秘密
第1話 勇者と魔王の戦い(物語開始の1か月前)
『勇者と魔王の戦い』
剣を手にした少年は呻き声を出す。
「ぐっあぁ!?」と口から血を吐き出し、片膝を地面に付けた。
少年を痛めつけた魔族は笑みを零す。勝利を確信した笑みだ。
「くっくっく……地に顔を付けぬのは勇者としての最後の矜持であるか?」
魔族の正体は魔王だ。
そして、魔王に立ち向かう少年は勇者だ。
『これは勇者と魔王の戦い』
戦いが始まり9日間、両者共に不眠不休の戦いを今も続けている。
踏み砕かれた大地は、大量に流れ落ちた血液によって粘度を有し始めた。
今も消えぬ魔法の残滓によって、巻き上がる炎の竜巻は空を焦がし続け、夜を失わされた。
まさに世界の理すら塗り替え続ける戦いであったが……先に力尽きたのは人間である勇者の方だった。
「……ふざけるな! 僕が、勇者が希望を失うわけにはいかないんだよ!」
動かなくなった肉体。それでも立ち上がろうと力を込めていく。その姿を魔王は――――
「美しく死ぬことを択ばず、無様でも足掻き続けるか……見事! そなたは最後まで人間として戦い続けた。これは――――その褒美じゃ!」
魔王の腕に魔力が収縮していく。 勇者を葬り去るのに相応しい一撃。
それを今、放たんと――――
「待て!」と止める声があった。
「――――何者であるか?」と魔王は声の主を見た。
それから……
「……何者だ?」と眉を顰めながら言い直す。
なぜなら、本当に知らない人物がいたからだ。
その男は白かった。 白い服の上に白い鎧を装備し、白いマントを翻している。
――――それは、装備だけではなかった。
髪も白ければ、肌の色も白い。 なんとなく、全身を身に纏う雰囲気も白い。
それが儚げな脆さ……危うさを感じさせる。
潔癖な印象を抱くような男。
奇妙な事に、この戦場の中心でありながら、男は汚れが何もない。
その白い靴にすら汚れがない。
ここは勇者と魔王の最終決戦の最前線。 2人を中心に戦場が広がっている……はず。
ならば、なぜこの男は戦場で汚れ1つもないのか? それは、目の前の人物が異常であるという証左である。
そんな疑問に答えるように勇者が口を開いた。
「ぐ、グレン……? グレン・ザ・ソリッドダウン? どうして、ここに?」
「どうして、ここに? どうして、ここにだと勇者よ……なぜなら、ここへの反逆者がいるからだ」
グレンと言われた男は高らかに
まるで演説のように言葉を続ける。
「魔王……魔王以外に神への反逆者という言葉が相応しい存在があるだろうか? ――――いいや、断定しよう。そんな存在は魔王しかいない」
まるで舞台役者が台詞を読み上がるような如く振る舞い。
「こやつはアホの類か?」と魔王は呆れたように言う。
魔王は、グレンの立ち振る舞いから剣の技量を、体の筋量を測定していく。
(並みの人間よりも少しばかり強い程度……魔力も大した事はない。より解せぬ……そんな男がどうやって無傷でここまでやってきた?)
決して強過ぎない男の出現。魔王は倒れかけた勇者よりも不確定要素の男――――グレンの始末を優先させようとした。
膨大な魔力。 しかし、それを放つ前に魔王は動きを止める。
音が鳴り響いたのだ。 それも一糸乱れぬ軍靴の音が……
背後から現れた集団にグレンは、
「我が精鋭たち……白薔薇聖軍 総戦力1万人推参
あぁ、我が精鋭たちよ、一歩前へ! 私を喜ばせて見せろ!」
それは白い兵隊たち――――いや、軍隊がそこにいた。
「馬鹿な」と魔王は呟く。
「この戦いに兵隊だと? 軍隊だと! ただが人間の寄せ集めを、余に向けるか! 痴れ者めが!」
魔王の魔力。 魔力は黒い風に変換され、鋭さを有す。
鉄壁で守れた堅城ですら切断してみせる魔王の一撃。しかし――――
「行け」と短いグレンの命令に合わせて白い兵たちが動く。
5名ほどの兵が魔王の斬撃魔法に対して、飛び掛かっていく。
「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」と人間離れした咆哮をまき散らす。
その姿に躊躇はなく――――むしろ歓喜すら見えた。 いや、狂乱しているのだ。
とても正気とは言えぬ光景。
魔法に向かって、剣を振るい……あまつさえ、自分の体をぶつけて腕力で魔法を抑え込もうとしている。
鎧ごと手足を切断されても、それでも動き続けて――――やがて魔王が放った魔法は消滅した。
「ば、馬鹿な。余の魔法をただの人間が――――いや、再生しているじゃと!?」
魔王は驚く。 手足どころか、首すら跳ね飛ばしたはずの人間の兵たち。
彼等は死ぬ事すらなく、体から離れた箇所を拾い上げ傷口に押し付けている。
「これは、まさかっ! い、いや、確かに封印されているはずの秘匿神具の効果。自分の兵を化け物に変えたか!」
「失礼な」とグレンは鼻で笑う。
「これぞ神が望んだ人間の可能性。まさしく神兵と呼ぶに相応しいではないか」
「おのれ、狂信者めが! 正気を失い、人を止めてでも余を滅ぼそうとするか」
「その通り……神に仇名す者は、ただただ滅するのみ。手段など問わぬわ!
全軍突撃! さあ! もっとだ。もっと私に神々の意向を見せてくれたまえ!」
「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
神性を付加された兵たちは、怪物たちよりも雄々しく咆哮をばら撒き、魔王に襲い掛かって行った。
「おのれ! おのれ! おのれ! おの……」
1万の兵に囲まれる魔王。あらゆる魔法を行使し、暴走でもしたかのように四方へ攻撃を開始する。
紅い炎が、蒼い氷が、橙の大地が、碧い森林が、白い治癒、黒い破壊――――
様々な魔法の色が周囲に放たれる。
しかし、神の加護を受けた兵は怯まない。 それどころか兜を外して、自身に向けられた殺意の魔法を捕食しようとしているではないか。
「ば、化け物どもが……こやつこそ……人間こそが真の悪だ。世界は滅ぶ、せかいはほろぶぞ!」
それは断末魔だった。 まるで津波に飲み込まれるように兵に囲まれ、姿が見えなくなった魔王。 それが、世界を恐怖のどん底に落とした魔王の最後だった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
『勇者と魔王の戦い』から1か月。
本国に帰国したグレン。所属する中央教会から待機を命じられていたが、ついに教皇から呼び出しを受けたのだ。
「ついに私に相応しい役職に! 魔王を倒したのだ大司教くらいの大出世は望めるだろう!」
「はっはっは……」と高笑いをしながら闊歩する白い男――――
グレン・ザ・ソリッドダウンだ。
中央教会での彼の役職は――――
『異端審問官』
中央教会内でも狂信者と言われる極端な信仰心と思い込みは危険思想とされて、殺伐とした役職に封されていた。
そんな彼に下されたのは――――
「……はい? 辺境の地に赴任……ですか?」
相手が教皇陛下でありながら素の喋りになるグレン。
「うむ……」と目前の老人、最高位聖職者である教皇は感情を出さずに淡々と告げた。
「うむ、魔王討伐時に秘匿封印物の数々を中央の許可なく持ち出し、なおかつ使用。私設兵団として参加した信者たちの多くに後遺症が出ておる。それを省みれば打倒であろう」
「以上だ」と有無を言わせずに席から立ち上がり、教皇は部屋を出て行った。
処分……完全な降格人事としての異動。
しかし、それを見送ったグレンは、
「やった!」と喜んだ。
「つまり、これは……栄転と言う事だな! 数年、地方で経験を積んで、戻ってきた時には大司教……いや、教皇の後継者まであるぞ!」
とんでもない事を口にしながら喜んだ。
そもそも彼は気づかない。
辺境の地……現時点で中央から離れた地となると、新たに人間の領土になった場を指す。
つまり、1か月前まで人間ではなく魔王が支配していた領地に送られ、魔族相手に布教を始めなければならないという事に彼は気づかなかった。
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