ミッドナイトプレイヤーズ

月輪雫

ミッドナイトプレイヤーズ

 オンラインゲームが今、世界的な流行を見せている。

 早く滅んでほしい新型ウイルスの影響をもろに受け、それを追い風に目覚ましい発展を遂げているのがこの分野だと思う。パソコンや各種ゲームハードから、インターネットを通じて遊ぶオンラインゲームやスマートフォンなどで遊べる所謂「ソシャゲ」と呼ばれるゲームは、今こうして話している間にも無数に生み出されていく。

今や、インターネットを通じた出会いなど珍しいものではない。正しい付き合い方をすればインターネットは世界中の身分も出身も年齢も違う人と「繋がれる」ものだ。その使い方は無数に、そして多岐に渡る。

 俺は主にオンラインゲームするのに使っている。俗に言うゲーマー、オタク、陰キャ……配信なんかをしていればストリーマー、動画を投稿していれば実況者……呼ぼうと思えば何とでも呼べるだろう。



 時は週末、月曜日が目前に迫った日曜日の深夜。俺はそれぞれの課題を片付けた仲間たちとこの時間まで遊び倒していた。

「ん~、平和だなぁ」

 青い空に流れる雲、燦々と輝く太陽の下を、のんびり散歩にでも出れそうな陽気だ。日向ぼっこでも出来そうなゆっくりとした空気の中、俺は仲間の話し声に耳を傾けていた。その話の内容だが、最近、バイトのシフト表を大学の先生に見せたら「入れすぎじゃない……?」と言われたのだとか。大学生ならよくある話だ。きっと、多分。

 そんな話に耳を傾けていた時だった。

「ぎゃー!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」

 俺の耳を貫通する生きのいい叫び声、なんとも情けないが愉快な悲鳴が上がった。

「はぁ?」

 と、言った俺の声が消えぬうちに今度は俺自身のこめかみの側を、空を切り裂く鈍い音と共に何かが掠めて飛んでいく。

(げっ、敵いたのかよ)

 銃弾だ、それも一発ではない。流れ弾だったようで、俺を狙って飛んできたのではないのは幸運だった。先ほどまで穏やかな空気が流れていたはずの、この俺から半径数十メートルは生きの良い悲鳴と共に、鉛玉の雨あられが振る戦場の最前線へと変貌した。

 

 え、随分と冷静そうだって?

 

 そう、この鉛玉(一部例外を含む)が飛び交う中に俺がいるわけではない。

少なくとも俺の肉体は、こうしてこの前バイト代をはたいて買ったゲーミングチェアに座してコントローラーを握っている。銃弾(その他も含む)が飛び交う中にいるのは、俺が操作しているキャラクターだ。

 そう、俺は今、仲間たちとオンラインゲームに精を出している。

 部屋のデスクの上、置かれたモニターの中には、青い空と白い雲以外は現代とも地球とも異なる風景が広がっていた。

「敵の位置は?」

 努めて冷静にヘッドセットのマイクに声をかける。「平和な時間は終わりかぁ」と気だるげで残念そうな声が聞こえた。

「おもしれーじゃん」

 小さくマイクに入るか入らないか程度に抑えた声でつぶやいた。ちなみに先ほどまではフィールドで落ちている物資を漁っていたのだが、のんびり観光気分もそこそこに、戦いの火ぶたは突然切って落とされたようだ。

「後ろうしろ!」

「「ピン差して!」」

 撃たれていない方の仲間と思わず大きな声になる、ちなみに時間はすでに深夜零時。ピンとは敵の位置や目的に差すことができるマーカーや目印のようなものだ。  目的地を差すとオレンジ色に、敵に差すと赤色のマーカーが画面上に表示される。

 良い子は眠っていても良い時間だが、俺たちの活動時間はこれからだ。

 フィールドに点在する近未来的な建物を駆け上って飛び越えていくと、二方向から打たれた弾丸がクロスするように声の主に浴びせられていたのが見えた。

「あ、援護無理そう」

 と、俺がこともなげに言うと、

「でしょうね!」

 と、声を荒げていた。すると間もなく、声の主は敵にハチの巣にされてフィールドに膝をついたのが物陰から垣間見えた。何とか間に合って援護はしていたものの、敵の弾幕が止むことは無く、虚しくもHPが0になり画面左下に表示されているプレイヤーキャラクターなどが書かれたバナーが緑色に変化した。

「あちゃ~キルされたか」

 キルされた後はその時身に着けていた装備が入った箱がその場に転がり、敵がこの物資を漁り始める。

「結局何人いる?」

 すでにこちらの場所は敵にバレていたようで、物陰に隠れてはいるが少しでも身出すと雨あられのように鉛玉やら爆弾やらが降り注ぐ。

「一人はダウンさせた、多分味方が起こしてるんじゃないかな~?」

 もうお気づきの方もいるだろうが、俺たちがやっているのはFPSのバトルロイヤル系のゲーム。三人一チームとなり、約六十人、二十パーティがフィールドに降り立って最後の一チームを目指すゲームだ。

 先ほどの仲間からの情報を元に、撃たれぬよう細心の注意を払って銃についたスコープを覗いた。

「オッケー、見えたわ」

 物陰で敵が仲間の蘇生を試みていたのが見える。ためらわず俺はゲーム内では引き金にあたるコントローラーのボタンを押した。現実世界ではライフルを連想させるような長く細身の銃が火を噴き、蘇生を試みていた敵のヒーラーの頭を捉えた。ガラスが割れるようなバリンと言う音があたりに響き、スコープ越しに赤いエフェクトが敵プレイヤーを包んだ。

「敵割れた!」

「あいよぉ」

 追撃に走った仲間を援護するべく引き金を引いた。今俺が使っているスナイパー系統の銃は一発のダメージが大きいのが特徴だ。かすってもそこそこのダメージが出るため、敵としても嫌なはずだ。

 このゲーム内には鎧の役割をするアイテムがあり、敵プレイヤーのHPにダメージを与えるには先にその鎧を砕かなければならない仕様になっている。

「ダウンダウン!」

「ソイツ多分半分ぐらい削れてる」

 と俺が言うのが早いか、奥に逃げていった敵はこちらの仲間の銃弾によって倒れていた。

 この手のゲームは仲間たちとの情報共有がとても重要になってくる。もちろん個人のエイム力という狙った敵を正確に撃てる能力も必須ではあるのだが、チームとしての情報共有でそこはカバーすることが可能なのだ。まぁ、あくまで個人の感想だけど。

「ナイス~!」

「コウさん、いる場所はそんなに悪くないのにねぇ。あ、バナーは拾ったよ」

「サンキュー、助かったわ~ さすがの逃げ足」

 コウと呼ばれたのは先ほど死んだ奴だ。仲間内では『不運児』と言われたりしている。風雲児ではない。タイミングや武器の引き運等、もろもろの運が悪いせいなのだ。

「だろ~? まぁ、フーの援護があったからだけど」

 ちなみにこのコウのバナーを拾ったのはペン。ちなみに正式にはペンギンと言う。名前の前には「逃げ足の」とか「食べる側の」だの「天翔ける」だの書かれているが、コロコロとよく変えられている。

「俺は基本前行かないからな。拾うのはペンの仕事で俺は別」

 敵のボックスを手早く漁ると、身を隠せる建物まで下がり、俺はコントローラーから少し手を離した。ずっと握っていると手汗でコントローラーがじっとりしてしまっていた。

「よーし、ふっかーつ!」

 このゲームは自分が死んだときに落ちるバナーと呼ばれるアイテムを、特定の場所で使うことにより、味方を復活させることができる。そして、今しがた復活したのがコウだ。

「コウー、また死なんでくださいよ?」

「んー、保証はできないかな~。前向きに努力するけど」

 俺はそんな会話に耳を傾けながら、画面の右上をちらりと見やる。

「ちな、あと三部隊な」

 そこには黒く縁どられた枠内に諸々の情報が書かれているのだが、すでに残りの部隊が三部隊になったと書かれていた。「早くね?」というコウに「あんさん死んどったからな」とペンが少し呆れたように言っていた。

「お、銃声じゃん、敵いるね」

 少し遠く、丘向こうの建物でどうやら残りの二部隊が戦闘を開始したらしい。

「フーさん楽し気に言わないで」

 口をとがらせているのはコウだ。敵部隊に気が付かれないように移動を開始するが、先ほどまで元気よく鳴っていた銃声がパタリと止む。どうやらどちらかの部隊に軍配が上がったようだ。

「まぁ、そういうゲームだしって痛ったぁ⁉」

 俺の視界が急に赤く染まる。ダウンした時はしゃがみ移動になるのに加えて、赤いセロファンを張ったように視界が薄赤く染まる。

 敵が近くにいる場合、走ったり歩いたりすることでそれに応じた足音が鳴るのだが今回は聞こえていない。自分の鎧であるアーマーもそこそこのダメージに耐えれるものになっていたはずだったが、結果はこの赤い視界である。ここから導かれる答えはそう多くない。

「くそ、赤武器か……!」

 この手のゲームには往々にして名前は違えども「救援物資」なるものが戦場に投下される。中身は大抵の場合HPやアーマーを回復できるアイテムか、その救援物資の箱からしか出ない高火力の武器だ。

「赤スナイパー持ってるやつかよ……」

 今回俺の頭を打ちぬいたのはその中でも超高火力で、一発当てればほぼ即死のスナイパー武器だろう、それにヘッドショットはダメージが二倍だ。味方が全滅していれば即死だっただろう。

「えぇ~?上手すぎないか?」

「苦情は後。ぜってぇ許さん」

「きゃーこわーい」

 ペンは何とも楽しそうにそう言って、クスクスと笑い声を噛み殺そうとしている。

「ぎゃー! こっちにも撃ってきた!」

 楽し気な悲鳴を上げるコウに「顔出すなよー」と遠足バスの引率の先生のような声をかけつつ、這いつくばりながらも物陰にいたペンのところまでは移動することができた。

「どの辺にいる?」

「んー多分丘の上、丘っつーか岩上か」

「コウは?」

「めっちゃ撃たれてる死ぬう!」

 どうやら敵ははぐれたところにいるコウに釘付けになっているようだ。ペンに蘇生されながら次の行動について思考を巡らしておく。

「とりあえずコウ死なないで」

「ざっくりオーダーだなオイ!」

「ペン射線増やせs「やる」オッケ、じゃあよろしく」

 食い気味なペンの返答に少し気おされながらもそれを俺は了承した。奴の使うキャラクターは一時的に高速移動ができるキャラクターで、彼が通った後に光の軌跡が引かれていく。

「しゃーねーなぁ!」

 楽しそうな声が聞こえるが早いか、移動していったペンから鉛玉が敵に浴びせられ始める。撃たれまくっているコウも削られてはいるが、死んではいないようだ。

 よくもやってくれたな、と画面のこちら側でニタリと獰猛な笑みを浮かべた。画面の中で手早く持っていた回復できる道具を使用する。それが終わると同時に物陰に隠れて移動し、コウに釘付けになっている敵をスコープ越しに見つける。

「さっきはヘッショありがと、な!」

 少し先ほどよりも力を込めて引き金を引く。

 バリンと言う音が聞こえる。武器の性能の差により、同じように一発でダウンまで持っていく事は出来なかったが、あと武器でも銃弾でも爆弾でも、一撫ですれば一人はやれるだろう。

「さて、お礼参りと行こうか」

 俺は次の敵を探してスコープを覗いた。

「もうお参りしてたり」

 愉快そうなペンの声が銃声に混じって聞こえる。

「のんき言ってないで早いとこ倒してもらっていいすか⁉」

 「そろそろ死ぬー!」とコウの元気な叫び声が聞こえている間は早々死なないだろうななんて思ったのは内緒だ。

 

 こうして夜は更けていく。一限に遅刻しそうになったペンに、残りの二人でチャット連投してたたき起こしたのはまた別のお話。

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