第9話 義兄はただただ迷惑を被る

「すみません、遅くなりました」


 夕方近くになって、梨空が帰ってきた。

 表情から察するに結構疲弊しているらしい。


「どうせなら晩もクラスの奴らと食べて帰ってきてよかったんだぞ?」


「いえ、さすがに少し疲れてしまったので……」


「猫を被ることにか?」


「違います。インドア派でそこまで友人が多くない私にとって、大勢と接し続けるのは大変だ、ということです。というか誰が猫被りですか」


 やれやれ、素の方を知ってる僕に対してまで猫を被り続けることに一体なんの得があるんだか。

 

「陽くんはよかったんですか? 1人で先に帰ってしまって。カラオケ、結構な人が来てましたよ」


 どうやら親睦会はカラオケに行ったらしい。

 まあファミレスだと席が別れたりして交友を深める、というのには不向きだったんだろう。

 その点、カラオケなら大部屋に全員が入れるしな。


「別に初日でクラス内の人間関係が全て決まるってわけでもないだろ。現に僕以外にも数人参加せずに帰ってた奴もいるはずだ」


「それはそうですけど……」


「僕の交友関係なんて君が気にしてても仕方ないだろ。自分のことは自分で面倒見られるよ」


「むっ……」


 梨空は眉根を寄せて僕を見つめてきた。

 その表情はせっかく心配してるのに、と言わんばかりだ。


「……交友関係と言えば、今日会ったばかりなのに随分とあの女の子と親しそうでしたね」


「今気にするなって言ったばかりだろ」


 ふいっと僕から視線を逸らした梨空に対して、僕は呆れの感情が口から出た。

説明する義理なんてないが、こいつの機嫌を損ねたまま放置するのも面倒くさい。

 

「あれはたまたま知り合いだったってだけだ」


「ふーん……一体どこであんなに可愛い子と知り合ったんですか?」


「君だって見たことあるぞ。あのゲームショップの店員だよ。僕をナンパと勘違いした」


「それだけにしては仲が良く見えましたけど」


「それは相手の性格がコミュ力に振った系だったってだけだ」


 少なくとも、あれでコミュニケーションが苦手ってことはないだろう。


「さっきからなんなんだよ。人の交友関係心配しておいて。いざ仲良さげに話してる奴がいたらなんで親しげなのか聞いてくるなんておかしいだろ」


「あっ、言った! 今言いましたね!? やっぱり仲良いんじゃないですか!」


「言葉のあやだ。そもそも僕がクラスメイトの女子と交友を深めて君になんのデメリットがあるんだ?」


「う、うぐっ……! そ、それはっ……!」


「大体自分だって男女問わず多くのクラスメイトに囲まれてたんだ。男連中と連絡先だって交換しただろ?」


「し、しましたけど……あっ、私からじゃないですからね!? クラスのLIMEグループが出来て! それで相手から申請されたんですからね!?」


 ……? なんでどっちから申し出たかをそんなに強調するんだ? ……まあいい。


「とにかく、それで僕には人と交友するな、なんておかしな話だろうが」


 それもさっき人の交友関係を心配しておいて、だ。

 どうして梨空がここまで食い付いてくるのかが分からない。


「う、うぅ……す、すみませんでした……」


「分かればいいんだよ、分かれば」


 2次元的な展開なら、梨空が僕のことを好きで、好きな相手に話しかけてる女子が気になるって理由付けが出来るんだけどな。

 ここはどこまでいっても現実だから、そんなことはあり得ないわけで。

 その説を否定している僕には、梨空がなんでそんなむくれたような顔をしているのかがどうしたって分からなかった。





 と、まあ頭を捻ってみたものの、当然答えなんて出なかった日の翌日。

 

「……はあ」


 入学式の次の日ということもあり、今日も午前中で学校が終わる。 

 その4時間目が終わり、あとは帰るだけになったのだが、僕は喜ぶ気分にはなれず、机に向かって深いため息をついていた。


 それと言うのも……。


「なあなあ、鳴瀬。今日お前んちに行ってもいいか?」


「あ、俺も行きたい!」


「俺も俺も!」


 朝から鬱陶しいほどに、クラスメイトの男子たちに話しかけられるからだ。

 ついでに、どうやら僕が梨空と一緒に2人で暮らしているのがバレたらしい。

 恐らく、昨日のカラオケでなにかしらの情報漏洩があったのだろう。

 多分だが、女子の誰かが梨空と話しているのを男子の誰かが小耳に挟んだパターンだ。


「いや、悪い。なるべく人は部屋に入れないようにって梨空と話して決めてるんだ。ほら、僕が君たち男子を連れ込んだら梨空が気まずいだろ? 反対に梨空が女子を連れてきたら僕が気まずいしな」


 まあ嘘っぱちなんだが。

 それっぽいことを言ったおかげか、僕を囲っている内の1人が頷いた。


「あ、あー……なんか分かるわ。うちも姉ちゃんがよく友達連れてくるし」


「だろ? 悪いな」


「それなら連絡先交換ぐらいしとこうぜ。クラスのLIMEにも招待しとくからさ」


「……ああ」


 さすがにそっちを断る理由は見つからず、僕はスマホを差し出した。

 ひとまず連絡先を交換出来て満足したのか、男子たちは今度遊びに行こうぜ、と一声かけてから去っていく。

 男子たちが教室を出て行ったのを確認して、もう一度ふう、と息を吐き出した。


「よっ。なんか大変そうだな、鳴瀬」


 人心地ついている最中の僕の耳朶を軽い声のトーンが打った。

 声の方向に身体を向けると、そこには毛先を遊ばせて、ブレザー着崩した、いかにもイマドキの男子高校生ですと言わんばかりのような奴が立っていた。


「君も僕になにか用があるのか?」


「おっと、そんな明らかにめんどそうな顔するなよ。朝からお前が悩まされてるような話じゃないから」


 そう言うと、そいつは僕の1つ前の席を引いて、背もたれに両腕を乗せ、ニッと笑みを浮かべてみせた。


「大変だよなー、可愛い妹を持ったお兄ちゃんとしてはさ」


 こいつ……。

 この男はどうやら、僕がどうしてクラスメイトの男子から話しかけられているのか、その本当の理由について見当がついているらしい。

 そして、それは多分当たっている。


「一応言っておくが、僕は妹に変な男を近づけたくない、とかそんな理由で断ってるんじゃないからな」


「なんだ、違うのか?」


「違う」


 僕の方は違っても、僕に声をかけてきた奴らはそういう理由だろうけどな。

 さっきも僕と会話している最中、後ろにいる梨空の方をチラチラ見ていたし、声をかけてきた奴らは純粋に僕と友達になろうとしているわけじゃないだろう。


 彼らが見ているのは僕じゃなく、僕を通して梨空と仲良くなるというビジョンだ。

 今日お前の家に行っていいか、などと言っておきながら家に行けないと分かった途端に今から遊びに行こうぜ、ではなく今度と言ったのがその証拠。

 僕と純粋に親交を深めようというのなら、今から飯でもとか今から遊びにとかになるはずだろ?

 

 僕は別に梨空の人間関係にとやかく言うつもりはない。

 だが、それは梨空が自分で決めて選んだ場合のみだ。

 端から下心丸出しのクラスメイトに都合よく利用されてやるほど、僕はお人好しじゃない。


「で、結局なんの用だ?」


「ん、ああ。ただお前と話にきた。朝から大変そうだなと思ってさ」

 

「ふぅん……それだけか?」


「あとはそうだな……お前と純粋に友情を深めようと思ってな。このあと飯でもどうだ?」


「……」


 目の前の男の言葉に、僕は僅かに目を丸くし、黙り込んだ。

 それはまさしく、僕がさっき考えていた今から飯でものくだりだったから。

 言ってしまえば、この男の言葉になにも含むものがないと、僕自身が証明してしまったことになる。


「もしかしてなにか予定があるのか?」


「いや。特に予定はない。行くよ」


「おっ、そうか。じゃあファミレスでいいか?」


「ああ。……飯に行く前に、1つ聞いていいか?」


「なんだ?」


「君、名前なんて言うんだ?」


 男はキョトンとして僕を見る。

 

「お前なあ……昨日自己紹介しただろうが」


「悪いな。さすがに30人近い人数を1日で覚えるには至らなかった。顔と名前が全然一致しない」


「……ぶっはは! さては最初から覚える気なかっただろ!」


「そうとも言えるな」


「ははは! その悪びれない態度、益々気に入ったぜ。——火神かがみだ。火神悠真かがみゆうま。以後よろしくな、鳴瀬」


 火神、か。

 最初はチャラそうな見た目からして、胡散臭い奴って印象だったが、食えない飄々とした奴、と改めておくことにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る