第8話 義妹、入学初日で玉座に座す

 退屈な入学式と、担任のどこかで聞いたことのあるような挨拶が終わった。

 

 軽い自己紹介の時間も設けられ、各々が名前や趣味などを話していく。

 1人が時期外れのインフルエンザで休んではいるが、自分を含めた全27名の自己紹介は1人1人は短くても、全員が終わるのにそこそこの時間を要した。

 

 顔も知らない初めて会った他人から、顔見知りのクラスメイトという関係に移り変わっていく。

 それをどこか他人事のように感じていると、いつの間にかあとは帰るだけとなっていた。


 まあ、そんなことより……だ。


「君、どうして黙ってた?」


 僕は身体ごと後ろを向き、クール振っている義妹に非難というわけではなく、単純な疑問を言葉に乗せて投げる。


「サプライズ、ですよ。どうやら作戦は成功みたいですね」


 梨空は僅かに澄まし顔を崩し、してやったりという笑みを浮かべた。

 無言で睨め付けると、更に満足させてしまったらしく、満足気にくすりと笑われてしまった。


 僕としたことが、2度もこいつにいいようにやられてしまうなんて……!

 このストレスはレベル上げの時に雑魚モンスターにぶつけるとしよう。


「ねえねえ、鳴瀬さん!」


 まだなにも入っていない形だけの鞄を持って立ち上がると、ちょうどクラスメイトの女子たちがこぞって梨空に話しかけにきた。


「なんですか?」


「新入生代表なんてすごいね!」


 そう。あろうことかこの義妹、新入生代表という肩書きを頂戴していたのだ。

 それは入試をトップで通過したという証らしく、入学式で急に梨空の名前が呼ばれ、彼女が壇上に立って挨拶をし始めたのを見た時の僕の気持ちが想像つくだろうか?


 自分でもその時のことは上手く言えないが、正に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたことは想像に難くないだろう。


 しかし、成績がいいのはもちろん知ってはいたが……学年トップ……?

 中学までは僕とそう変わらないぐらいだったはずなのに……?

 ああくそっ、ただただこいつに負けたことが悔しくて言葉が見つからないっ!


 地団駄を踏みたいのを必死に堪えていると、梨空はいつの間にか女子だけじゃなく男も加えた大勢のクラスメイトに囲まれていた。


 この女、見事に入学初日でクラス内カーストトップに君臨しやがった。

 そっちは別に羨ましくもなんともないが。

 ……帰るか。いつまでもこうしていても仕方ないし、梨空を取り囲んでいる人波が僕の席に届くのは時間の問題だしな。


「妹さん、頭いいんだねー」


 人の津波から逃げるように距離を取ると、環が話しかけてきた。

 

「……努力家だからな。ここまでとは思わなかったが」


 渋面を作り、人波の中心で周りからの質問を捌いている梨空を見た。

 あれ、絶対内心テンパってるな。よく素を出してないもんだ。

 まあ、そもそもの話、僕と梨空は実はほとんど同じクラスになったことがない。

 だからクラス内での梨空の様子なんて今まで知りようもなかった。

 もしかしたらあの姿も人前での梨空の素なのかもしれないな。


 それはそれとして中間テストでは絶対に勝つ。

 トップで得られる地位なんてどうでもいいが、あいつに負けっぱなしなのはプライドが許さない。


「僕は帰る。そっちはどうするんだ?」


「私はもうしばらくみんなと話してこようかな。あ、鳴瀬君。連絡先交換しておかない?」


 環は言葉と共にスマホを差し出した。

 特に断る理由も思いつかなかったので、環に倣い、スマホを取り出して連絡先を交換した。


 梨空は……あの様子だと親睦会だとかでカラオケやらファミレスだのに行くことになりそうだな。

 一応先に帰るということだけをLIMEで連絡しておき、僕は教室をあとにした。





『——え? 学校? 行ってない』


 家に帰ってくるなり、いきなり通話の誘いがきて、今学校から帰ってきたことを伝え、そっちも帰ったばかりなのかと聞いたところ、友人から返ってきた驚きのセリフである。


「は? 行ってないって……」


『あー違う違う。ヨーが想像しているようなあれじゃなくてさ、休んだってだけ』


「休んだって……体調でも悪いのか? それなら通話なんてしてる場合じゃないだろ」


『いやー体調は悪くないんだけどさ。休み終わるの嫌すぎて勝手に1週間ぐらいズル休みすることにしちゃった⭐︎』


 僕の心配を返してほしい。

 まるで⭐︎マークでもついていそうな軽妙なトーンに、思わず額に手を当ててため息をつく。


「気持ちは分かるがなにをしてるんだよ、君は……」


『ついでにその1週間でVの者になる予定』


「本当になにをしてるんだよ君は!」


 悲報、僕の友達、学校を休んでVの者になる。

 ちなみにもみじが言っているVの者とはVtuberのこと。

 好きなのは知っていたが、まさか自分で始めてしまうとは……。

 自由奔放というか、塀を駆け上がってその上を全力ダッシュで走る野良猫みたいな奴だな。


「親はなにも言ってこないのか?」


『べっつにー? うちは放任主義だからさ。ボク、成績だって中学じゃ学年で5番以内から落ちたことないし。留年さえしなければなにも言ってこないと思うよ』


「ふぅん……」


『それに、普段から仕事が忙しくて家にあまり帰ってこれないっていう罪悪感もあるんだろうね』


 そうか。もみじの家は昔から両親が仕事で忙しくて海外を飛び回っているせいで1人暮らしも同然の生活をしているんだったな。

 割と裕福で、お手伝いさんを雇っているんだったか。


『それよりさ、そっちは学校どうだった? 聞かせてよ』


「いいけど、君が1週間休んでVの者になるってインパクトには敵わないぞ」


 どうあがいてもその話題を超えるインパクトのものは僕の手札には存在していないけども。

 既に幼馴染が義妹に、というファンタジー染みたカードも話してしまっているわけだし。


『へえ、新入生代表……すっごいね』


 学校であった出来事を話すと、もみじは感嘆の声を上げた。

 

「基本的にポンコツなんだが、たまにムカつくほどのスペックの高さを発揮するんだよ。あいつは」


『兄として鼻が高いんじゃない?』


「まさか」


 からかいの言葉を3文字で否定しておいた。

 僕の場合、自慢の妹だと思う前に対抗心が湧くだろうからな。

 

『ま、ヨーはそういうタイプじゃないよね』


「よく分かってるじゃないか」


 ……まあ、本人には絶対言わないが、それなりに感謝はしている。

 あいつがなにかの成果を残す度に、僕自身も負けられないと奮起して、張り合ってきたからこその今の僕だ。

 何事も競い合える相手がいないと張り合いがなくてつまらないからな。

 絶対に本人には言わないが。

 

『で、ヨーは1人寂しく帰ってきたわけだ。かわいそうに。ぼっち確定ルートまっしぐらじゃん』


「勝手に決めつけて同情するな。たった1日でそこまで悲観的になることもないだろ。そもそも僕は多人数での行動があまり好きじゃないんだ。気心の知れてる奴なんて片手で数えられるぐらいでちょうどいいよ」


『お、もしかしてその中の1人にボクが入ってたり?』


「誠に遺憾ながら、な」


『遺憾だとぉ……? ヨーのくせに生意気なー』


「……やるか?」


『もちっ。感謝の心が足りないヨーにはボクの偉大さを嫌というほど叩き込んであげよう。今夜は寝かせないからね?』


「……そういうセリフはもう少し色っぽいシチュエーションの時に聞きたいもんだな」


 あと、君とは違って僕は明日も学校があるということを付け加えて伝え、手早くゲームの準備と昼食のカップ麺の準備を始めた。

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