第5話 店員は自意識過剰系
「大体こんなところか」
家電に家具、一通りのものは揃えた。
テレビのとこで多少は時間はかかったが、辺りを散策する時間ぐらいはありそうだな。
「これからどうしますか? お昼も食べてないですし、先に食事ですかね?」
「ここで解散して各自自由に動くのじゃダメなのか?」
「せっかくですし一緒に回りましょうよ」
「……1人でゆっくり周りたいんだが。またさっきみたいにカップルだと思われるだろ」
「もしかして恥ずかしいんですか?」
「面倒なんだよ。慣れてるとはいえな」
僕と梨空は他人同士なので、当然似ていない。
その為、2人で買い物なんて行こうものならさっきみたいに兄妹じゃなくてカップルと間違われてしまうわけだ。
「まあまあまあ。今更じゃないですか」
「そもそもいい歳した同い年の兄妹が一緒に行動するのがなんかもう、アレだろ。シスコンだとかブラコンだとか」
カップルと間違われるのは最悪いいが、シスコンと思われるのは侵害過ぎる。
どっちかと言うと、僕としてはそっちを避けたい意味の方が強い。
「兄妹の仲がいいのはいいことですって。ほらっ、行きますよ」
「おい、引っ張るな。自分で歩く」
梨空が手首辺りを握ったままなのを軽く振り解き、歩き出す。
結局押し切られて一緒に行動することにはなってしまったが、あのまま押し問答を続けて時間を食うよりはいい。
僕の柔軟さと寛容さに感謝してほしいところだ。
「……ゲームショップ、だと?」
「入りましょう。すぐに、今すぐに」
手近なファミレスに入って腹を満たしてから散策を始めた僕らはとある店の前で足を止めた。
僕たちの実家の周りには書店と併合されているような大型のチェーン店しかなかった。
だからこういうゲーム専門店を見るのは初めてなわけで、兄妹共々、まるで修学旅行で初めて有名テーマパークに訪れた、みたいなテンションになってしまった。
梨空なんて澄まし顔のまま声だけテンション高めにするという器用な真似をしている。
やめろ、袖を何度もくいくいするな。行くから。言われなくてもすぐに入るから。
「おぉ……!」
「ふわぁ……!」
店内に入ると、中でBGMとしてかかっている最近人気のアニメのオープニングとそこかしこから聴こえてくるゲームのプロモーション動画の音が一体となって、僕たちを包み込んだ。
声にならない声を、2人で漏らしてあちらこちらに首を向ける。
「す、すごいですよ兄さん! 視界の端から端までゲームだらけです!」
「こんな天国が電車でちょっと出かけた先にあるもんなんだな!」
ゲームショップぐらいでなにを大袈裟な、と思われるかもしれないが、ゲームが趣味の人種にはここは正に楽園。
梨空が自分を取り繕うのも忘れ、兄さん呼びに戻っていることを指摘するなんて野暮なことは今の僕には出来ない。
「わ、私1階から回ります!」
「僕は2階に行ってくる。各々、満足したら入口に集合しよう」
梨空と別れてはやる気持ちを抑え、走らないように許される速度の早歩きで階段を上っていく。
2階も1階と同じくゲームだらけ。
テンションが上がり過ぎてもはや言葉も出てこない。
「あっ、これやりたかったやつ。これも、これも……!」
つい最近のものから、一昔前のものまで……これがゲーム専門店……!
大型のチェーン店はある一定までの古いハードのものしか置いてないからな。
それに比べて、ここには自分が産まれたぐらいに流行ったものも置いてある。
さ、財布の中にはいくら残ってたっけ?
脳内で財布の中身と相談しながら、商品を吟味して、カゴの中に入れていく。
「ん……? こ、これは……!?」
やがて、僕の足は1つのショーケースの前で止まった。
透明なガラスの向こうの、とあるゲームに視線が吸い寄せられる。
「超プレミアもののRPGじゃないか!?」
ネットで知る人ぞ知る名作に挙げられているモンスター育成系RPGで、生産数が少ないことからネットでは最低でも4万近くする品物。
それが今、薄いガラスを1枚隔てただけの目の前に置かれている。
「ね、値段は……1万!?」
諭吉1枚でこのゲームが買えてしまうのか!?
カートの中にあるゲームを幾つか戻せば、買えるぞ!?
「でもどれもやりたいゲームばかりだし……くっ……!」
ショーケースの中とカゴの中とで視線を往復させ、呻く。
産まれてこの方あまり金銭欲というものはなかったが、初めてここまでお金があればと思った。
渋々カゴの中の商品を幾つか元の場所に戻していくことに。
そうだ、ショーケースを開けてもらうなら店員を呼ばないとな。
店員は、と……いた。
棚の整理をしている女性の店員がいたのはいた、が……なんか仕事してる時に声かけるのって邪魔になりそうで声かけづらいんだよな。
「んっ?」
声をかけるタイミングを測っていると、たまたま顔を上げた店員と目が合ってしまった。
そのまま数秒ほど見つめ合う。
「……あの、なにか?」
「あ、えっと……ショーケースの中のものが欲しいんですけど」
「ああ……分かりました。少々お待ち下さい」
急に目が合ったことと、店員が思いの外若いことに驚いて不必要にどもってしまったが、目的は達した。
「どちらですか?」
「これをお願いします」
すぐに戻ってきた店員を連れて、プレミアのゲームの棚の前へ戻り、欲しいものを伝える。
「こちらでよろしいですか?」
僕は短く、はい、と返しながら頷き、ゲームを持った店員と一緒にレジへ。
手痛い出費だが、思わぬ収穫をしてしまったな。
カゴをレジに乗せると、女性の店員がバーコードを読み込み精算していく。
やっぱり若い、よな?
ちょっとつり目気味だが、あどけなさの残る顔付きに肩にかかる程度のセミロングヘア。
多分だが、この人僕と同じぐらいじゃないか?
「——やっぱり」
手持ち無沙汰だったのでなんとなく作業を眺めていると、女性の店員が呟きながら顔を上げて、僕を見た。
「あの、さっきから私のこと見てますよね?」
「……はい?」
首を傾げた。
「まあ私は超可愛いし、ついつい視線を送っちゃうのも分かりますけど……今日会ったばかりのお客さんとどうこうなるつもりはないというか、なんというか」
「はあ……?」
間の抜けた声を出してしまったが、つまりどういうことだ?
まさかとは思うが、この店員、僕がナンパしようとしてると勘違いしてるのか?
「やっぱり可愛過ぎるのも困りものだよね、こういうの多くてほんと困っちゃう」
うん、これは間違いなくナンパだと思われてるな。
どうする? 面倒だし、買い物を済ませてとっとと店を出るか?
でも、この店品揃えいいし、今後も来るだろうしな……妙な誤解が残ったままだとこっちも気持ち悪い。
「私ほど可愛い子はそういないと思うけど、生きていればきっといい出会いはありますよ。頑張って下さい」
なんかすごい慰められた。
というかやっぱりこのまま振られたみたいな扱いなのはキツい。
「なにか勘違いしてませんか?」
「え?」
「僕は別にあなたをナンパをしようとしていたわけじゃなくて、見ていただけです」
「それって私が可愛いからじゃ……」
「さっきは仕事中で声をかけるタイミングをうかがってただけで、今は若い店員だなと思って見てただけです」
ぽかんとした顔を浮かべた店員は、次第に顔に焦りの色を浮かべ始めた。
「あれ、もしかして……私とんでもなく恥ずかしいことをやらかしました?」
恥ずかしい恥ずかしくないで言えば間違いなく恥ずかしいことだし、フォローのしようが無かったので無言で頷いておいた。
「あ、あわわっ! 私またやっちゃった!? ううー!」
店員が顔を赤くして、レジの下へとしゃがんで消えていく。
何回もやってるのかよ。
確かに見た目が整ってることは認めるが、それはあまりにも自意識過剰じゃないか?
「あのー、大丈夫ですか?」
返事はない。
僕はこの人が復活するまで待たないといけないのか?
仕方ないので待っていると、ようやくレジカウンターの下からひょっこり顔だけを出した。
「あ、あの……お恥ずかしいところをお見せしました……」
「いえ、僕はあまり気にしてないので」
どう考えてもこの人の方が恥をかいてるだろうし。
「あ、あはは。いやーもうほんとに恥ずかしいなあー。高校生になるんだからもうこういうのは気を付けようって決めてたんですけどねー」
「ああ、同い年だったんですか。通りで若いと」
「へえー! 同い年! 奇遇ですねー!」
めっちゃ食い付いてきた。
というか立ち直りが早すぎるだろ。
思いがけないトラブルはあったが、どうにか清算が終わり、ゲームの入った袋を手渡される。
「あの、だいぶ恥ずかしいことしちゃいましたけど、またのご来店をお待ちしてます」
「はい。ここのお店品揃えもいいので、これから幾度となくお世話になると思います」
「ありがとうございます。それをウリにしてるので、お父さんが聞いたら喜びます」
……ここ、この人の家なのか。
なんとも羨ましい。
丁寧に頭を下げてくる店員に軽く会釈を返し、店の入口に戻ると梨空が立っていた。
……なんでこいつフグみたいに頬を膨らませてるんだ?
「あの店員さんと随分仲良さそうにしてましたね」
「はあ?」
突然なにを言い出すんだ、こいつは。
「なに話してたんですか?」
「なんかナンパと間違われただけだ。そんなことよりこれを見てみろ」
「なんですか、あの子のハートですか」
「そんなもんどうやって見せるんだよ」
「いやこう連絡先をゲットしたみたいな感じでスマホをですね」
「アホなこと言ってないでいいから早く見てみろ」
多少強めに袋を押し付ける。
「………………これは」
「帰るぞ、早く」
「ですね。散策は明日でもいいでしょう」
袋の中を見た途端目の色を変えた梨空と連れ立って、僕は足早に帰路についた。
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