第4話 義妹との買い物

「おい、まだ準備出来ないのか?」


 部屋の外から呆れたような陽くんの声が聞こえてくる。


「待ってください。もう少しですから……よし」


 私は鏡に向かい合って変なところがないかを再三にわたって確認していく。


 化粧はなるべく薄めのナチュラルメイク、服装は派手ではないですが、清潔感を出して、それなりに気を遣っている感のある清楚系。


「これなら大丈夫、ですよね、うん」


 頷きながら、時間にして約20分近く経って、ようやく扉を開く。


 扉の近くで背中を壁に預け、腕を組んでいる陽くんが立っていた。


 外行きの服装ではありますが、陽くんの服装は特にオシャレに気を遣っているというものではなく、チノパンに白のTシャツ、使い古したパーカーというものです。


「お待たせしました」


「本当にな。出かけるって分かってるのになんでギリギリになって準備するんだよ」


「お、女の子には色々あるんですよ」


「たかだか2人で家具と家電を買いに行くってだけだろ」


「それでもです!」


 よくよく考えればこれはデートと言っても過言ではないわけで、準備は終わっていたはずなのに、もしやデートなのでは、と思ってからは私はいても立ってもいられずに、気が付いたら部屋の中に駆け込んでしまっていた。


 2人で出かけることには変わりないわけですし、陽くんにダサいとか思われたくないですもん。

 だから、こんなことでも気を抜かずに身だしなみに気をつけたいんです。


「まあいい。準備が出来たなら早く行くぞ。家具と家電を見て選ぶのなんて時間がかかりそうだしな」


「店員さんにちゃんと話を聞いていいものを選びたいですね。早く済ませたら辺りの散策もしておきたいですし」


「そうだな。昨日は荷解きでそれどころじゃなかったからな


 話しながら部屋を出て、鞄から鍵を取り出した。


「先に行ってるぞ」


 しっかりと施錠してから向かうと、先に行っていた陽くんがエレベーターを呼んでおいてくれたみたいで、すぐに乗ることが出来ました。


 こういう細かな部分で陽くんの要領の良さがうかがえるんですよね。

 ただ鍵を閉めるのを待っているだけじゃなくて、その間にエレベーターの位置を確認して、先行して呼んでおく。


 この人、周りに無関心なようでよく見てるんですよね。

 隣を見ると、今にもあくびをしそうなほど退屈気な顔をしていた。


 うーん、相変わらず表情が読みづらいというかなんというか……。


 他愛のない話をしたり、私がたまに陽くんの横顔を盗み見たりを繰り返して、私たちは電車に乗った。

 車内は結構混んでいて座れそうになかったので、扉の近くの吊り革に掴まる。


「家具と家電、どっちから見ますか?」


「家電じゃないか? 共通で使うことも多いし。家具はリビング以外は完全に個人の趣味が分かれるし、選ぶのに時間がかかるだろ」


「なら、先に家電量販店ですね」


 それからなんとなく、お互いが無言になって、静かに電車の揺れに身を任せていると、駅に停車する為に速度を落とした電車がガタンッと揺れた。

 

「わっ、とと……」


 吊り革を掴んでいても、身体が少し流れてしまって、思わずその場でよろけてしまう。


「……っと、気を付けろ」


 すると、陽くんが吊り革を持っていない方の手で、私を支えてくれました。


「す、すみません」


「……席が空いたな」


 今の駅で人が降りたので、近くの席が1席だけ空いた。


「君が座れ。また寄りかかられても迷惑だからな」


「では、お言葉に甘えて……ありがとうございます」


 お礼を言うと、陽くんは短く、ああ、とだけ呟いてそっぽを向いてしまいました。

 

 ……この反応、もしかして照れてます?


 不意打ちとは言え、陽くんの胸にもたれかかるようになってしまって、肩を抱かれるような形でしたし、いくら家族としてしか見ていないとはいえ……やっぱりそういう接触には免疫がないんですね。


「……なんだ。そんなにジッと見るな」


「陽くんって分かりづらいのに分かりやすいですよね。ふふっ」


 そんなに不機嫌そうな顔をしても照れてるのがバレバレですよ?

 私たちは付き合いが長いんですから、誤魔化そうったってそうはいきません。


 くすくすと笑うと、陽くんはバツが悪そうな顔をして、ふいっと視線を逸らしてしまいました。

 それがなんだかおかしくて、私は更にくすり、と笑みを深め、改めて目の前に立つぶっきらぼうさんを見つめたのでした。





「——うーん……」


 私が見ているテレビの画面に、しかめっ面の自分が写り込んでからもうかれこれ30分近く経つでしょうか。

 未だに画面に写ったしかめっ面は薄れる気配がありません。


「だから言ってるだろ。色々機能が付いてたとしても、どうせ使いこなせないんだから、安い方でいいって。サイズは同じなんだし」


「それはそうなんですけどね……ここで妥協したら、私はこの選択を一生悔いるような気がしてならないんですよ」


 私が悩んでいるのは、機能が色々と付いたテレビにするか、値段も少し安くなってシンプルに使いやすいテレビにするか、です。

 陽くんの言っていた通り、サイズは同じぐらい。


「これで一生悔いるって……この先の君の人生大した出来事起きなさすぎだろ」


「だって長く使うことになるんですよ? 慎重に選ぶに越したことないじゃないですか」


「慎重が過ぎるって言ってるんだよ。他の家電はもう決まってるんだから、早くしてくれ」


「も、もう少し時間をください」


 陽くんは短めのため息を吐き出すと、目の前にあるのより小さなテレビが置かれたコーナーへと顎を軽くしゃくった。


「いっそのことリビングに大きいテレビを1つ置くんじゃなくて、それぞれの部屋に小さいのを買うっていうのは——」


「——そ、それはダメです!」


 うっかり自分を取り繕うのも忘れて、陽くんの声を遮ってしまいました。

 話を遮られた陽くんは目を眇めて、怪訝そうに私を見てきます。


「どうしてだ?」


 う、うう……言えるわけがありません……! 

 部屋にそれぞれテレビを買ってしまったら、陽くんはゲームをする為にほぼ部屋から出てこなくなります!

 そんなことになったら、一緒にゲームをしたり、一緒にいられる時間が減ってしまうじゃないですか!


 な、なにか言い訳を……そうだ!


「だ、だって大きい画面でゲームしたくないですか? 小さいテレビを2つ買ったら大きなテレビが買えなくなるんですよ?」


 ど、どうでしょう! 大きな画面でゲームをするというのはゲーマーなら1度は憧れるはずですよ!


「…………一理あるな」


 ぃよっし! ゲームに関しては陽くんがチョロくて助かりました!


 そんな私と陽くんのやり取りを近くで聞いていた女性の店員さんがくすくすと笑みをこぼした。


「ふふふ、私には彼女さんの気持ち分かりますよ。使わなくてもいい機能の物が欲しくなりますよね」


「あの、僕とこいつは兄妹なので……」


「え、そうなんですか!? てっきり同棲を始めるカップルが一緒に家電を選びに来たのかと! ごめんなさい!」


 か、彼女……! 私が、陽くんの彼女……! 

 今までに何度もカップルと間違われていますが、何度聞いてもなんて甘美な響きなんでしょう!

 この店員さんすごく見る目がありますね! 気分がいいので、購入候補にもう少しいいテレビを入れてもいいかもしれません!


「まあ、僕たちはあまり似てませんから。よく間違われるので、気にしないでください」


 口角を僅かに上げただけの笑顔で、陽くんが店員さんに応じる。

 むっ……。


「決めました。これを下さい」


 私はシンプルな安い方を指差して、店員さんに告げました。


「へ? あ、か、かしこまりました」


 女性の店員さんが在庫を確認するために、テレビ棚の近くにある扉へと入って行きました。


「お、おい。急にどうしたんだ? あんなに迷ってたのに一瞬で決めて」


「いえ、別になんでもないです」


 作り笑いと分かってはいるんですが、それでも陽くんが別の女性に笑いかけているのが嫌だっただけですが?

 なんて言えるはずもないので、澄まし顔で答えておいた。


 嫉妬深いのは間違いないですし、この考え方が重いのも自覚していますが、それでも嫌なものは嫌なんです!


 戸惑う陽くんと、徹底して不機嫌な感情を出さないように取り繕う私の元に、店員さんが戻ってきました。


「お客様、申し訳ありません。そちらのモデルはただ今品切れになっておりまして……少し値段は上がるのですが、もしよろしければサイズは同じで画質が綺麗な物がございますが……いかがなさいますか?」


 画質が綺麗……?

 店員さんの言葉を聞いて、私と陽くんの肩がピクリと跳ねて、思わず顔を見合わせた。


「「じゃあそれで」」


 結局、私もゲーマーなので、綺麗な画質の大画面でゲームをしたいという欲には抗えないのでした。

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