第3話 義妹はまだ女友達の存在を知らない

「ごちそうさまでした。……陽くん、先にお風呂いいですか?」


「ん。いいぞ」


 僕が勝った(ここ超重要)ことで、梨空がめんつゆと一緒に買ってきた夕飯用の弁当を食べ終えると、梨空が手を合わせながら言ってきた。


 ちなみに梨空の要望で、既に風呂は沸かしてある。


「弁当の容器は流しに置いておけ。洗い物は僕がやるから」


「はい。ありがとうございます」


 澄まし顔が浴室の方に消えていくのを見送り、自分の分の弁当の容器も流しへと持って行く。


 あまり長風呂をしない僕とは対照的に梨空は長風呂派。多分、30分から1時間は出てこないだろうな。


 水を流して容器をゆすいでいると、ポケットに突っ込んだスマホがブブっと震えた。


「やっぱりもみじか」


 水を止めて手を雑に拭いてから画面を確認すると、そこには予想通り、見知った名前が表示されていた。

 表示された『いま暇ー? 通話しよー』という文字を見て、僅かに口角が上がる。


 鞄に入れたままの無線のイヤホンを耳にはめて、スマホを操作し、ジスコードの音声チャットのルームに入室すると、間を置かずに向こうも入室してきた。


『やほー。なんかちょっと久しぶりかな?』


 やや気怠げたが、邪気の無さそうな明るめな声音が耳朶を打った。


「こっちが引っ越しの準備で忙しかったからな」


『ほんとだよ。ボクを寂しがらせるなんて、ヨーのくせに生意気だと思う』


「……この間約束の時間になってもログインしてこなかった女がなにか言ってるな」


『あーあー。ごめん急に電波がー』


 白々しい声を聞きながら、洗い物を再開する。


 もみじは僕のゲームでのフレンドで、もう2年もの付き合いになる。

 出会いは某お祭り大乱闘ゲームでのオンライン対戦で、やたら実力が拮抗していてその日の内に何度も対戦を重ね、フレンドになり、同い年だということを知った僕らはこうしてジスコードで話すようにもなったわけだ。

 ちなみにヨーというのは僕のゲームで使う名前だ。

 お互いに本名は知らない。


『ねー、こっちに引っ越してきたんだよね?』


「ああ」


『それなら今度オフ会しよーよ。前とは違っていつでも会えるわけだし』


「別にいいが……しばらくは厳しいな。こっちでの生活に慣れてからにしたい」


 新しい場所での生活、新しく始まる学校。 

 いま予定を入れるとパンクしそうだしな。


『えー』


「落ち着いたらこっちから声をかけるから」


『しょうがないなー。……ところでさっきからなにやってるの? なんか水の音が聞こえてくるんだけど。……まさかお風呂?』


「ただの洗い物だ。いま食べ終わったばっかなんだよ。弁当の容器だしすぐに終わる」


 言葉通り、2人分の容器をちょうど洗い終わった。

 部屋に戻るのも面倒だな。このままここで続けるか。


『そっか。確かなぜか義妹いもうとちゃんと一緒に住むことになったんだっけ?』


「ああ。本当になぜだかな」


 軽く鼻を鳴らして、話題に上がった奴がいる方向をチラリと一瞥する。


『わー、ラノベ主人公だー』


「やめろやめろ。それ、僕だって考えなかったわけじゃないんだから」


 そもそも一緒に住む以前に幼馴染が義妹になってる時点でそのあだ名付けられがちなんだぞ。


『で、その件の義妹ちゃんは?』


「あいつはいま風呂だ」


『おお、ラッキースケベ展開待ったなしだ』


「ない。前の家にいた時もそういうのは気を遣ってたしな。不本意ながら2人で暮らす以上、そういうのは今までよりも気を付けるつもりだ」


 あいつのことは特段異性として見てるわけではないし、家族だが、一応他人という意識はある。


『なんだー面白くなーい』


 イヤホンの向こうからバフリとなにかが倒れる音がした。

 多分ソファかベッドに倒れ込んだな。


「そのラッキーなんちゃらが起こった場合、面白くないのは僕の方なんだが」


『元幼馴染の美少女のラッキースケベをそんな扱いするのは君だけだよ。贅沢者め』


「なんとでも言え。むしろそういう目で見てないことは褒められるべき点だろ……ただ、なんかちょっと様子が変でさ」


『変? なにが?』


「実はな——」


 今日あった梨空の変化に関する出来事を掻い摘んでもみじに話すと、もみじはふむ、と一声漏らし、


『それ完全に色々とフラグが建ってる気がするんだけど』


 などとまるで要領を得ない返答をしてきた。


「フラグ? なにがだ?」


『う、ううん……ごめん、それボクから言ったらダメな気がする。もし合ってたら義妹ちゃんに申し訳ないっていうか……それに関して、ヨーはどう考えてるわけ?』


「実はあいつが僕のことを異性として好きで、だから僕の好みに合わせようとしてるんじゃないかとは考えたぞ。真っ先にその可能性は捨てたけどな」


 自分の考えを話すと耳元でクソデカいため息の音がした。

 なんだって言うんだよ。


『まあヨーがそれならそれでいいけどさ……なんでその考えを否定したの?』


「え? だってそんなのありえないだろ。元は幼馴染の女子が義妹になるだけでもファンタジーだって言うのに。それに加えて都合よく向こうがこっちに好意を持ってるわけがないだろ。現実と創作の中の話は違う」


『はぁぁぁぁぁぁ———』


 理由を説明したら、待っていたのは2度目のクソデカため息長いバージョンだった。

 

「さっきからなんなんだよ」


『べっつにー。そういうちゃんと自分で考えて都合のいい方に流されないのはヨーの利点だと思うよって話』


「そういう反応じゃなかっただろ」


『いいからいいから。あ、ゲームしよーよ』


「いいからって……あーもういいか。風呂入ってからでいいか? 多分あと30分はかかるが」


『おけー。どうせ学校始まるまでまだあるし。いつまでも待つよ』


「ただし寝落ちするまで、だろ」


 こいつゲーム中にも寝落ちすること多いからな。

 なるべく早めにしてやりたいが、それは梨空次第ってところだ。


『眠気に勝てる人間なんていないでしょ。今日はなにする?』


「ん、じゃあ——」


 結局、もみじと先にするゲームを決めてから梨空が出てくるまで、20分ほどの時を要した。

 女っていうのはなんでこうも長風呂が好きなんだろうな。

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