第一章第3話 【立場と感情の板挟み】

「……あ、そういや仕事の方はどうすればいいんすか?」


 染岡に流されるまま、必要書類にサインを終え晴れて来年度から外隊学園の生徒になることが決まった悠馬。いいように話を持っていかれたと思わないところも無いが、それでも自分で納得したことだと自分に言い聞かせながら部屋を出ようとしたところで、思い出したように染岡に聞いた。


 悠馬は現在、日本の名だたる研究員と一緒にアントルの生体に関する実験やAAESを量産する為の技術協力者として様々な項目に協力している。今悠馬が白衣姿なのも、ついさっきまでアントルの解剖に協力していたからだ。


「そっちに関しては僕の方で話を付けておくよ。今後は学生になるから今みたいに積極的に協力を仰ぐってことはなくなると思うけど、たまに力を貸して貰うことにはなるかな」


「ああ、出入り大変っすもんね」


 外隊学園は周りは、生徒が安易に外に出られないようにするために、また外部からの侵入を防ぐためにその周りを40m近い壁で覆っている。その性質上学園が存在する壁の中はその中だけで生活が完結するように区画が設計され、学園及び生徒たちの住まいが存在している『居住区』、スーパーやコンビニなど、生活に必要な物品を販売している店が立ち並ぶ『生活区』、そして様々な娯楽施設が乱立する『娯楽区』に分かれている。

 つまり、学園の生徒たちは壁の外にお出かけ感覚で出ていくことは不可能な状態にある。それは壁を挟んですぐ近くに設置されている研究施設も例外ではなく、そこまで行くためには染岡と現内閣総理大臣の許可が必要となる。


「用があったら呼ぶって言いましたけど、そんな簡単に総理の許可取れるんすか?」


「君の場合は特例が出てるから、僕の許可だけで出られるよ」


「はは……そりゃどうも」


 あれだけ厳重に囲っておいて自分だけは特例で実質出入り自由というのはどうなんだと思わなくもない悠馬ではあるが、それで自分に不利益があるわけでもないので黙っておくことにした。















「ふぅ、疲れた……」


 悠馬が出ていった後の扉を暫く眺め、染岡は先ほどまで自分が座っていたソファに崩れ落ちるように座った。背もたれに自分の重さを預け、胸ポケットからお気に入りの煙草を取り出す。


「この学園は全室禁煙じゃなかったのか?」


 そんな染岡の様子を見て、秘書を務める染岡の元同僚の隈井くまいが茶化すように言う。

 染岡はそんな隈井の言葉を無視して煙草を口に咥えながら火を灯し、その煙を肺いっぱいに吸い込む。


 そしてゆっくりと吐き出すと、隈井の方を向いて安堵した表情で言った。


「世界を救ってくれた英雄の一人に『監獄に自分から入ってください』って言うんだぞ? それだけの大役をやってのけたんだから、にだってご褒美があってもいいとは思わないか?」


 外隊学園の生徒は、許可が無ければ外へ出ることが出来ない。果たしてそれは監獄と何が違うのだろうか。染岡はこの計画が決まった当初から、それをずっと思い悩んでいた。

 染岡にだってこうして生徒を閉じ込めていかなければならない理由は十二分に分かっている。この学園の生徒になった時点で、彼らは国家機密の塊だ。もし他国のスパイに連れ去られでもしたら……


 それを考えれば、こうして囲っておくことは自分たちの為にも、そして生徒たちの為にもなる。それは染岡だって理解しているつもりだった。


 ただ、


「息子のように可愛がってた奴に言うのとは訳が違うか?」


 染岡の心の内を見透かしたかのように、隈井がぽつりと問いかける。


「……そうだな、きつい」


 ゆらゆらと揺れる煙を見上げながら、染岡は小さく呟いた。








* * * * * * * * * * * *







―――2032年4月


 新たな年度の始まり、そして出会いの季節。子どもたちは新たな環境に胸を躍らせ、新社会人はこれから始まる新たな人生に緊張しながら迎える始まりの日。


 それはここ、外隊学園も例外ではない。


「皆さん、ご入校おめでとうございます」


 何時ものように髪をオールバックでまとめ上げ、ネクタイをきっちりと締めた染岡が、体育館の壇上で挨拶をしている。

 染岡は対策課の課長を務める傍ら、この外隊学園の理事長も兼任している。『君以外に適任者はいない』と上司に半ば押し付けられる形でやらされた仕事ではあるが、当の染岡にとってそこまで嫌な仕事ではなかった。


 きっちりと着こなしたスーツ姿で、笑顔を携え新たに入校した生徒322人を見やる。


 皆が皆、不安や緊張を露わにしていた。しかし、それも仕方の無いことだろう。検査を行い、適性があり、手術に成功したものだけがこの場に座っているが、彼らのうちの9割近くはこの学園に望んで入ってきたわけではない。


「ここにいる322人は『ポストヒューマン』へと進化を遂げることができました。私たちは、皆さんの進化を喜ぶとともに、本校への入校を心から歓迎いたします」


 ポストヒューマン。それはアントルの細胞を体内に取り入れ、アントルへの変身を成功した人類に対して付けられた呼び名。『進化した人類』という意味を持ち、まさにこの場にいる生徒たちにピッタリな言葉だとその名が付けられた。


(ポストヒューマン……はっ、化け物と人間を区別したい奴らが付けた蔑称だろうに)


 新入生に向けたスピーチの最中、自分の発言に心の中で悪態を吐く染岡。染岡はこのポストヒューマンという呼び方が、彼らを人間とは別物として扱っているような気がしてあまり好きではなかった。


「この学園に入校できた皆さんには、この国の未来を守る義務がのしかかってきます。しかし、私は皆さんにはその義務を背負えるだけの素質があると思っています」


 強い口調で言う染岡。『国を守る』という言葉に、生徒たちの表情が引き締まる。


「この学園は皆さんが世界で活躍する為に、そしてこの国を守る重大な役割を担えるだけの人材になる為に教えられることを最大限教えていく為の施設です」


 嘘は言っていない。それでも染岡の心には罪悪感が押し寄せてくる。


「この学園で自らに与えられた使命について十分に学び、そしてこの国のために各々が持つ力を存分に発揮して下さい。私たちは、皆さんの成長を全力でサポートします。

 恐れず、互いに切磋琢磨して頑張ってください」


 手元の紙を折りたたんで端に置き、一礼して壇上を降りる染岡。それに合わせて、生徒たちは静かに拍手を送る。


(我ながら嫌な役回りを押し付けられたものだ)


 式を見守る染岡は、心中でそんなことを呟いた。

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