第一章第4話 【初登校、初邂逅】
入校式が終わり、各クラスとの担任との顔合わせがあると言うことで生徒たちは各々の教室へと向かって行った。
悠馬のクラスは一年八組。四階の一番端に位置する教室に入ると、そこには既に到着していたクラスメイトがいくつかのグループを作って仲良さそうに話していた。
教室の中は一般的な大学の講義室にかなり近い作りになっている。特定の席などはなく、各々が好きな席に自由に座って授業を受ける形だ。
悠馬のクラスメイトは、悠馬以外の全員が16~19歳までの未成年。自分一人だけ20歳を超えているという現実に、少なからず居心地の悪さを悠馬は感じていた。
そわそわと教室内を見渡し、端の方に空いたスペースを発見した悠馬はそこに腰を掛ける。誰とも喋りたくない訳ではないけど、自分だけ大人だとばれた時に仲間外れにされたくないから目立たないようにしたい。そんな思いが悠馬の中にはあった。
「隣、いい?」
そんな悠馬に、話しかけてくる人物が。
悠馬が声のする方に視線を動かすと、そこには短い髪を鮮やかな赤に染めた男子生徒が悠馬の方を見ながら立っていた。
ツンツンとした短い髪の毛を赤く染め、サイドはかっこよく編み込まれている。ワイシャツのボタンを二つ開けて大きく鎖骨を露出させた姿は、その整った顔立ちも相まって独特のエロさを醸し出している。
長方形の飾りがついたシンプルなネックレスを首から下げ、耳には3つほどピアスが光っている。『校則なんて知るかボケ』と言わんばかりの豪快な気崩し方だ。
「…………どうぞ」
その見た目に委縮した悠馬は、一瞬言葉に詰まってしまうが何とか言葉を返す。男子生徒は「ありがと」と無邪気な笑顔を浮かべて悠馬の隣に腰を下ろした。
「僕
僕、と言われた瞬間に先ほど以上の驚きを見せる悠馬。目を見開き、口をぽかんと開けて雲雀の顔をまじまじと見つめる。
「え、っと……何?」
「――いや、何でもない」
その恰好で僕なのかよ、と心の中でツッコミながら視線を前へと戻す。そんな悠馬に対して、雲雀は積極的に話しかけていった。
「名前はなんていうの?」
「三井悠馬。…………21歳だ、よろしく」
本当は年齢までは言うつもりが無かった悠馬であったが、雲雀が自己紹介の時に年齢まで言ってしまったので名前の後に付け足すように小声で言うことにした。
しかしそんな抵抗は隣にいる雲雀には何の意味もない。年齢を聞いて、今度は雲雀の目が大きく見開かれる。
「にじゅう、いち……珍しい、ですね。志願ですか?」
(こうなるだろうから言いたくなかったんだ)
自分の年齢が上、しかも成人しているとなれば気を遣われるだろうことは悠馬でも簡単に想像できた。案の定少し距離を置いてきた雲雀に対して、悠馬は苦笑いを交えて出来る限り気さくに話す。
「いいよ、さっきまでと同じタメ口で。ここで距離置かれる方がちょっとキツイ」
そう言うと、雲雀は「それなら」とまた笑顔で悠馬との会話に興じる。
雲雀は悠馬に、好きな雑誌やファッションに関すること、別に不良に憧れているとかそういう訳じゃなくただこうしてコーディネートを考えるのが楽しいということを話した。余りにも楽しそうに話す雲雀の姿に、自然と悠馬の顔にも笑顔が浮かぶ。
「おーい席つけー」
暫く二人で色々な話をしていると、ガラガラと教室の扉が開けられる。そこから子どもと見違うほど身長の低い男性と、逆に本当に日本人かと疑いたくなるほど身長の高い男性の二人が入ってきた。
二人はどちらも白衣を身に着け、その手にタブレット端末を持っている。背の低い男性が教卓前まで歩くと、下から台座を取り出してその上に立った。
悠馬はその二人を視界に捉えた瞬間、雲雀と話している最中にも関わらずフリーズしかけてしまった。
「――悠馬? 悠馬?」
悠馬は二人に見覚えがあった。何なら、つい最近まで一緒に働いていた。
「えーと……よし全員揃ってるな。
改めて、入校おめでとう。俺はこのクラスの担任の
小野は、29歳という若さでアントル対策課AAES部門にある研究チームの統括主任を務めるとんでもない人物。背の低さから周りにはよくかわいいかわいいと弄られるが、彼の閃きやセンスの高さは他に類を見ない程と言われている。今や小野なしにAAESの研究は成り立たないと言われている程だ。
そんな研究チームのブレインと言っても過言ではない人物がなんでここに? と悠馬は思わざるを得なかった。肩を叩く雲雀の声も、思考がショートしかけた悠馬の耳には届いていない。
「僕は
そして小野の隣に立っている背の高い男性。彼もまた、32歳という若さで研究チームの統括副主任にまで出世した実力の持ち主。小野とは違い閃き力やセンスは無いが、その分析力と情報精査能力は他の追随を許さないほど。
小野の右腕として、遺憾ない仕事力を発揮している。
クラスメイトからしてみればただ単にこのクラスの担任の先生が顔を見せに来た、という程度でしかないが、悠馬からしてみればAAES研究部門のツートップが仕事をほっぽり出して目の前に立っている、という状況になってしまう。
八英雄としての立場を隠している都合上何とか声を上げることまでは抑えているが、流石に表情まで押し殺すことは出来ない。悠馬の顔には、驚きの表情がありありと浮かんでいた。
「……悠馬、どうしたのその顔? そんな漫画みたいに目が飛び出てる顔、僕初めて見たよ」
雲雀の声にも悠馬は一切反応できない。知り合いどころの騒ぎではない二人の登場に、悠馬の頭は処理落ちしてしまった。
「あの……『流石にそんなに目は出ないだろ』ってツッコんで欲しかったんだけど……」
気まずそうに言う雲雀だが、その声すら悠馬には届いていない。流石に心配になってきた雲雀が、悠馬の肩をゆすって無理矢理意識を呼び戻す。
「ねえ、さっきからどうしたの? 急に固まって大丈夫?」
「…………え!? あ、何どうした!?」
「どうしたはこっちの台詞だよ。話の途中なのに先生が来るなり急に固まって、僕の話も全部無視しちゃって……。もしかしてあの二人と知り合いだったりする?」
「いやいや、そんなことあるわけないだろ!?」
何とか正気を取り戻した悠馬が雲雀の追及を否定する。もう大分アウトな気もするが、ここでボロを出しては元も子も無いというのが悠馬が辛うじて考えた結論だった。
「でも先生たち入ってきた瞬間に急に固まってたし……」
「知り合いに似てて、勘違いしただけだ。名前聞いたら全然知らない人だったから完全に人違いだったけど」
冷や汗をダラダラと背中に流しながら何とか誤魔化そうと嘘を重ねる悠馬。そんな悠馬に対して訝しむような視線を向ける雲雀であったが、自分の中で落としどころを見つけたのかそれ以上の追及が飛んでいくことは無かった。
「んじゃあお前らの方で勝手に自己紹介を始めてくれ。俺はその間に授業の準備してるから」
自分の簡単な自己紹介が終わるや否や、いきなり進行を投げる小野に困惑の色を隠せない生徒たち。静まり返った教室の中で、皆きょろきょろと周りを見ながら互いの出方を伺い始める。
「小野さん、流石にそれは投げやり過ぎじゃないですか……?」
見かねた間山がフォローに入るが、小野は間山を一瞥するとタブレットに視線を戻したまま間山に指示を出した。
「それなら進行頼む」
「え、ちょ……! はぁ、分かりましたよ」
こうなった小野が他人の意見を聞かないことを、間山はよく知っていた。そしてそんな小野のサポートの為に自分がこのクラスの副担任になったことも。
「うーんと、多分今は名簿順には並んでいないと思うから……じゃあ僕から見て左の一番前に座っている
「あ、はい」
名前を呼ばれた小谷が立ち上がり、自己紹介を始める。
「小谷
名前を言った後に、中学の頃にやっていた部活だったり趣味だったり、一言追加されて次に回る。一人が終わる度に、まばらな拍手が起こる。そんな形で無難な自己紹介がひたすらに続いて行った。
そして、自己紹介も殆ど終わりかけ遂には雲雀と悠馬を残すのみとなる。
「鶻骨雲雀です。見た目で委縮してとっつきにくく見えちゃうかもしれませんが、こういった服が好きなだけなのであんまり気にしないで貰えると嬉しいです。
僕としては寧ろいろんな人と友達になりたいと思っているので、仲良くしてほしいです。皆さん宜しくお願いします!」
悠馬に見せたような、格好に似合わない程無邪気な笑顔で自己紹介を締める雲雀。終わると同時に、今までと同じようにまばらな拍手が起こる。
「あー緊張した……」
席に座った雲雀が小さな声で独り言ちる。そんな雲雀に、悠馬は意地の悪い笑みを浮かべて話しかける。
「そんな派手な格好で緊張とか冗談きついぞ?」
「僕はこう見えても小心者なんです~」
「小心者は耳にそんなガッツリピアス開けねーだろ」
「それ偏見だよ?」
「正論の間違いだろ」
次第に堪えきれなくなったのか、どちらからともなく小さく吹き出す二人。知り合ってからまだそんなに時間は経っていないが、この時点で互いに仲良くなれそうな気がしていた。
「それじゃあ最後、悠馬君お願いね?」
間山が悠馬の名前を呼ぶ。そこで漸く、雲雀の次は自分だと言うことを思い出した悠馬は顔を引き攣らせて立ち上がった。
「……三井悠馬です。あー、えっと……料理とか好きです。宜しくお願いします」
雲雀を弄ることに意識が向いていたせいで自分の挨拶を全く考えていなかった悠馬は、無難を通り越して無味な自己紹介を展開してしまった。
当然、そんな自己紹介を雲雀が弄らないわけがない。先ほど悠馬がやっていた顔と全く同じ意地の悪い笑みを浮かべ、悠馬へとつっかかる。
「悠馬、緊張しすぎじゃない? 大人の余裕とかないの?」
「てっめ……!」
「はい。それじゃあ自己紹介も終わったところで、授業に移りたいと思います」
雲雀に対する悠馬の攻撃は、間山による授業開始の合図でかき消されてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます