第一章第2話 【外隊計画と外隊学園】

「僕は思ったんだよ。最終学歴が小卒ってのは、日本社会的にまずいんじゃないか、って」


 演技がかった態度でそう言う染岡は、ちらりとタブレット画面を呆れ顔で見る悠馬に視線を移す。


 確かに、悠馬はアントルを殲滅した後は俺の存在を諸外国やら世間にバレないように政府が囲ったり、AAESやアントルの研究に協力したりと何かと忙しい6年間を過ごしていた。その為、中学校や高校にはまともに通えていない。





 AAES――【AssistAntolEleminateSystem】とは、8年前に八英雄の元へと突然降ってきた黒い箱、及びその中にあったスーツやら武器やらの総称を指す。

 スーツには『自己修復機能』や『装着者の修復機能』『強制戦闘機能』『自動戦闘機能』『微粒子化機能』と、現代の科学技術では再現不可能な機能ばかりが搭載されている。これだけの機能が実現できる理由は、スーツの細部に搭載されたナノマシンがそれぞれの機能を手分けして発動させているからである。


 ただこのスーツ、若干……というには多すぎる欠陥を抱えている。今は大したことないが、過去に悠馬はその欠陥のせいで何度もこのスーツに殺されかけた経験をしているが、それはまた別の話。







「俺の将来を案じているなら高卒認定くらい出して下さいよ」


「いやまあそれくらいの学力は君にはあるんだけど、さすがにそんな不正はできないよ」


 今更不正とか何いい子ぶってるんだ、とキレそうになる悠馬だったが、何とかその衝動を抑えて話を続ける。


「俺を囲っておきたいだけでは?」


「本音を言ってしまえばそうだね。そもそもこの学園って、君の為に作られたみたいなところがあるし」


 6年前、八英雄の活躍によって一度は地球から撤退したアントル。しかしもう二度と来ないという保証はない。そこで緊急で開かれた国連総会にて、以下の内容が決議が出された。

 ①加盟国全193ヶ国に『地球外生命体対策部隊』の設置とその人員の育成を目的とした施設の建設すること。

 ②アメリカ、イギリス、エジプト、ロシア、中国、オーストラリア、ブラジル、そして日本の八ヶ国にはアントルの生体及びAAESのシステム解析の為の施設を追加建設すること。


 この八ヶ国は、悠馬と同じようにAAESを装着した人間が最初に現れた国なので研究機関の設置が義務付けられた、というわけだ。






 すなわちこの外隊学園は、日本で編成する地球外生命体対策部隊のメンバーを育成する為の施設兼研究施設、という位置づけになる。


「勘弁してくださいよ、今更学校なんて」


 自嘲気味に笑う悠馬に、染岡は語り掛けるように言う。


「でも、また部隊に所属させられて訓練の日々よりはマシでしょ?」


「ここでだって変わらないでしょ」


「周りの子たちは同世代が多いんだし、こっちの方が青春もできて楽しいでしょ」


「……俺より下ばっかりじゃないですか、手術を受けられる子たちってことは」


 悠馬が言った"手術"という言葉に、染岡の眉がピクリと動く。そして苦笑いを浮かべながら


「それは言わないでくれよ」


 と言った。






 『地球外生命体対策部隊の配備及び人員育成に関する実行計画』――通称、外隊計画


 先に出てきた国連総会の決議内容に基づき、日本で立案されたアントル対策の計画書。


 内容はアントルに対応するための特殊自衛隊を新たに編成すること、そこに所属する人員を育成する為の施設を建設することと、概ね国連総会での決議内容と変わらない。




 しかし、この計画に含まれる内容はそれだけではない。



 悠馬が生け捕りにしたアントルを解剖しそのDNA情報や生体を調べた結果、アントルと人類の間に非常に高い親和性があることが判明した。

 そこで研究者たちは、アントルのDNAを人体に取り込み人間のDNAと融合させ、更にアントルの細胞を筋肉や皮膚など所々の部位に移植することで、人間態とアントル態を自分の意志で変身できるように身体を作り変えられるのではないかという仮説を立てた。

 そこから行われた度重なる研究と実験の末、手術の成功率が最も高い年代が16~19歳の間だという結果が出た。


 この計画は、特殊自衛隊に所属する人員に対し、アントルへの変身を可能にする手術を施すことでより強力な部隊を編成することを最終目標としたものなのである。この計画内容は日本以外にも、研究所の設置を許可された八ヶ国で行われているものであり、研究内容に関しては八ヶ国以外の国に一切共有されていない。







「俺の不甲斐なさを見せつけられながら生活しなきゃいけないのはきついっすよ」


「不甲斐なさって……寧ろこれは君が守り抜いた証だろう?」


「俺は本来こんな戦いに巻き込まれるはずの無かった人たちを巻き込んでしまった時点で、不甲斐なさを感じていますよ」


 八英雄などという仰々しい名前が付いているが、所詮は人間でしかない。当然、一人一人が守り抜ける範囲には限界があるし同時に複数個所を攻められれば被害0という訳にはいかない。そこで組織されたのが、この『改造人間』の部隊なのである。 


「君たち八英雄の負担を減らす為、そして次にアントルが攻めてきた時に、8年前みたいな被害を出さない為の計画だ。それは君が一番よくわかっているんじゃないのかい?」


「分かってます、分ってますよ…………」


 自分自身の限界は、8年前に嫌という程思い知らされた。この計画に賛同するのは、悠馬にとっても苦渋の決断だったのだ。


「別に悔いることはない。君は八年前、13歳というまだ若すぎる年齢でありながらその使命を十二分に発揮してくれたんだ。

 寧ろ、反省しなきゃいけないのは僕ら大人の方だろうね。あの時僕らは、何もできなかったわけだし」


 銃やミサイル、核爆弾などの現代兵器はアントルに対して一切の効果を見出すことは出来なかった。アントルの殲滅は、文字通り悠馬に任せきりにすることしか染岡たちには出来なかった。


「本当なら、今度こそ僕ら大人が立ち上がって戦わなきゃいけない。子どもを戦場に出すなんてもってのほかだからね。

 でも、現実はそんなに優しくは無かったわけだ。僕ら大人に出る幕なんてないと、実験結果に言われてしまっては流石にどうしようもないさ」


 アントル細胞との融合実験は、当然大人も対象に行われた。しかし20歳を超えてから、実験の成功確率は急激に落ちているという結果が出てしまった。

 そして仮に融合に成功しても、自我を保てなかったり人間態に戻れなかったりと様々な『不具合』が確認され、最終的に20歳以上の人間をこの計画に使用することは国内で禁止される運びとなってしまった。


「……別にそんなに気負いすることはない。何度も言うが、今こうして僕たちが生きていけるのは君が守ってくれたからだ。

 だからそんなに思い詰めずに、もう少し軽い気持ちで学園に来てみないかい?」


 悠馬に向かって手を伸ばす染岡。思いつめていたような表情をしていた悠馬だったが、染岡の最後の言葉でスン、と表情が抜け落ちたように真顔になった。


「……そんなに俺を学園に入れたいんすか?」


「そりゃあ勿論」


「…………」


 暫く染岡の笑顔と差し出された手を交互に見やる悠馬。そして大きなため息を吐くと、諦めたようにその手を握った。


「分かりましたよ、俺の負けです」

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