第一章 無冠の英雄は失った青春を謳歌する

第一章第1話 【引き金を引くのは誰の為に】

 西暦2024年


 突如、人類は地球へと急速に接近する未確認飛行物体を確認。直ちにこれの調査を進めると、何らかの意思を持って地球に向かってきている宇宙船であると判明した。


 人類はこの宇宙船に対し通信を試みるも、船はこれ無視して大気圏に突入、世界各国の上空に停泊する事となる。





 何気ない暮らしを過ごす人々、その安寧に異物が飛び込んできた。空を見上げると、異質と言わざるを得ない物体が存在している。あまりにも現実感のない『それら』に人々は不安を覚えるが、そんな不安など知らない異質物はただ悠々とそこに存在するのみであった。






* * * * * * * * * * * *








 俺たちが現場に到着したとき、そこは既に阿鼻叫喚だった。


 地面に降り立つ無数の化け物どもと、そいつらから逃げようと鼻水を垂らしながら走る愛すべき国民達バカども


 俺たちの任務は、いきなりやってきた化け物どもの対処だ。逃げ惑う人々の波をかき分け、化け物どもの前へと躍り出る。





 化け物どもは、映画の撮影かと錯覚するほどしっかりと化け物だった。俺は大の映画好きだが、まさか生きているうちにこんな奴らをお目に掛かれるとは思わなかった。


 化け物どもは皆、俺たち人間よりもでかい。四足歩行の奴もいるみたいだけど、そいつらもでかい。どいつもこいつも筋肉のようなものが露出していて、それがより一層気持ち悪い。しかも姿は個体によってバラバラ。尻尾が生えている奴や翼を持った奴、口が大きく裂け、びっしりと細かい牙が生えている奴、腕の部分が鎌のようになっている奴……。


 ただ、共通しているのはそのどれもが嫌悪感と恐怖心を駆り立てるような見た目をしていること、そして頭部と思しき部分が半透明になっていて、そこから脳のようなものが見えるようになっているということだ。


『――――――!!!!』


 鼓膜をつんざくようなが、目の前から飛んでくる。でかい口を開けて、奴らが吠えたらしい。何と言っているかは全く分からない。





 俺たちは、それを威嚇と捉えた。


 銃を構え、いつでも発砲できるようにセーフティを外す。


「止まれ!」


 上官が叫ぶ。すると、化け物が道を開けるように横へとずれていった。


 その中から、一体の化け物が俺たちの方へと歩いてくる。


 そいつは人類と同じく二足歩行で歩いている。手には杖のような武器を持っていて、身体は鈍く光る甲殻のようなもので覆われている。他の個体は筋肉のようなものがむき出しになっているからこそ、そいつの身体を覆う外殻は鎧のようにも見えた。頭部の半透明の部分は触手で覆われていて、中の脳らしきものが見えなくなっている。


『―――――――』


 またを発する化け物。でも先ほどのような威嚇にしては何か違和感を感じる。


 ……そもそも、さっきの音も本当に威嚇か?


 俺たち人間を襲いに来たなら、とっくに襲っているはずだ。それなのに、街の建物には破壊されたような痕跡は一切ないし、死傷した人間も今のところいないと報告が上がっている。





 しかし、化け物どもの振る舞いに疑問を持つ俺とは異なり、他の仲間たちは引き金にかける指に力を込めている。


「なあ、あいつ何か言っているんじゃないか?」


 どうしても気になった俺は、思わず隣の仲間に尋ねる。


「は? こんな時に何言ってんだお前。任務に集中しろよ!」


 強張った表情の同僚。やっぱり俺が間違ってるのか……?





「止まれ!!」


 更に大きな声で、もう一度静止を促す上官。化け物は同じようにを発しながら、俺たちの方へと歩み寄ってくる。


 徐々に近づく化け物と俺たちの距離。無防備すぎるその姿からは、どうしても俺たちを取って食おうとしているようには思えない。


「なあ、やっぱり―――」


















 バン―――


 仲間の一人が構える銃から、薬莢が飛び出す。ビビり散らかした仲間がその恐怖に耐え切れず、上官の指示も無視してぶっ放しちまった。


 銃弾は化け物の頭部にある触手へと飛んでいき、触手を貫通することなく化け物の足元へと落ちていった。













『―――――!!!!!!』


 直後、化け物が甲高いを発しながら俺たちへと襲い掛かる。


 同時に、後ろで大人しくしていた他の化け物どもも、一斉に俺たちへと襲い掛かってきた。






 なんだ








 やっぱり化け物は化け物か










* * * * * * * * * * * *







―――2032年3月 東京


「いや~、君のおかげで予定よりも早く完成した。協力感謝するよ、悠馬ゆうま君」


 日本某所、周りを山々に囲まれた盆地の一角に建設された巨大な施設『外隊学園』。その理事長室に、二人の男が机を挟み、相対して座っている。

 片方は髪をオールバックにまとめ上げ、ネクタイを崩すことなくしっかりと締めている。顔はとても堅気とは思えない程強面ではあるが、現在その男の顔には柔和な笑顔が浮かんでいる。

 身に着けているスーツはブリオーニの超高級品、時計や靴も例外なく、高級なものを身に着けている。

 別に彼が富豪自慢をしたい訳でも、こういった趣味があるわけでもない。彼にとって品のある身だしなみをすることは『仕事』のうちの一つなのだ。


 彼の名は染岡そめおか大悟だいご34歳。2027年に日本防衛省に新たに設置された『アントル対策課』の課長を務める人物だ。


 染岡は笑顔で目の前のカップに注がれたコーヒーを一口啜る。




 そんな染岡の姿を不愉快そうな顔で見つめる男。


「国からの要請って言われたら、従うしかないでしょう」


 男は自分の前にあるコーヒーに目線すら向けず、呑気にしている染岡を睨みつけている。


 男の格好はきっちりとした染岡への当てつけのように、寝起きそのままで寝癖のついた天然パーマの髪、上はTシャツに白衣、下はジーパンというほぼ寝巻のような恰好だった。

 とても要人に会うような恰好ではないが、この場にこの男を咎めるような人物は誰もいない。染岡の秘書も、給仕をしている女性も、出入口を守っているボディーガードも、勿論染岡自身も。


 それはこの男が、8年前にいきなり地球へとやってきた地球外生命体『アントル』を倒した、八英雄の一人だからだ。









 8年前、突如地球に襲来した生命体、アントル。


 彼らは地上に降り立つと、次々と人々を虐殺していった。


 人類はこれを『地球外生命体による侵略行為』と判断し、全勢力をもって応戦。しかし2024年の軍事技術ではアントルを倒すことはほぼ不可能だった。


 世界中でアントルによる侵略行為が行われている中、どこからともなく現れた八人の英雄。


 彼らは皆、全身を鎧で包み込み、剣や拳で次々とアントルたちを倒していく。


 圧倒的な力の差を感じ取ったアントルは、乗ってきた宇宙船に戻って地球を脱出していった。









 この男――三井みつい悠馬ゆうまこそ、地球をアントルの脅威から救った八英雄の一人なのだ。


 しかし、この事実は世間には秘匿されている。世間一般的には、アントルの殲滅はあくまでも各国の軍隊が総力を結集して行ったことになっている。


 八英雄の存在を世間に対して公表する場合、八人の謎の英雄がアントルを次々と倒してくれたおかげで地球は守られました――なんていう中身のない話では何の意味もない。必然的に悠馬たちが扱う武器や、彼ら自身についての情報も併せて公表しなければならない。

 それをしたときの彼らにかかる負担や世間からの目、そのプレッシャーなどを考慮した結果、政府の人間や軍に所属する人間のみにこの情報をとどめておくということで世界的に合意された。


「別に僕らからのお願いは強制ってわけじゃないんだよ?」


 コーヒーカップを音を立てずに皿の上に置き、膝の上で手を組む染岡。


「国の人間からの呼び出しに強制力が無いって、誰が信じるんすか」


 苛立ちを隠そうともせず、染岡に突っかかるように話す悠馬。しかし染岡は、そんな悠馬の態度もどこ吹く風とばかりに、余裕な態度を崩すことなく悠馬との話を続けている。


 染岡にとって、悠馬のこうした態度は寧ろかわいいものとしか思っていなかった。


「一応僕個人からのお願い、って形なんだけどなぁ」


 そんな染岡の言葉を、悠馬は鼻で笑い飛ばす。


「冗談きついっすよ、染岡さん。

 というか、そろそろ本題を話してくれませんか? わざわざ俺とお茶するために呼び出したわけじゃないんでしょう?」


「そんなに急がなくてもいいだろうに、仕方ないな……」


 苦笑いを零した染岡は、目線で横の秘書にタブレット端末を持ってくるように指示しつつ悠馬に問うた。


「悠馬君、戦い始めたのって中学一年生の頃からだっけ?」


「? ええまあそうですけど」


「じゃあ、まともに学生生活なんて送れてないんじゃない?」


 タブレット端末を受け取ると、幾つか操作する染岡。そしてひとつの画面をずい、と悠馬の前に持ってきた。


「……そういうことっすか」


 タブレットの画面には大きな文字で『外隊学園入校のご案内』と書かれていた。

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