第二話 キーワードは硬度

「ごめん……」

 素直に謝罪の言葉を口にする。林語さんを怒らせるつもりはなかったんだ。

 すると彼女はゆっくりと僕を向いてくれた。

「東村山浄水場と境浄水場はどこにあるか知ってるよね?」

 震える声で彼女は問いかける。きっとその答えに怒りの原因があるのだろう。

「東京都」

「じゃあ、この場所は?」

「埼玉県」

「何で埼玉県にある水を埼玉県人が飲めないの?」

 その理由は「元々この水は東京都の多摩川の水で、ダムも東京都が設置・管理しているから」とマジレスしそうになって僕は慌てて口をつぐんだ。先程の二の舞は御免だ。

 彼女だって分かっているのだ。だからこそ自分では解決できない理不尽さに身を焦がしている。その根本的な原因さえ分かれば、僕にも手助けできる可能性はある。

「じゃあ、逆に訊くけど、何で林語さんはここの水が飲みたいの?」

「だって……ここの水は……硬度が低いから……」

 彼女はもじもじしながら答えた。

 そうか、キーワードは硬度だ。

 僕は瞬時に推理を巡らせる。山口貯水池、所沢、そしてボルヴィック。この三つの要素を硬度で紐解けばいい。

「ボルヴィックの硬度は一リットルあたり60ミリグラム。これはWHO基準の軟水の上限値にあたる」

 この時の林語さんの表情が忘れられない。まるで目の前に救世主が現れたかのごとく瞳に輝きが戻りつつあった。

「僕はこう推理する。林語さんがいつもボルビックを持ち歩いているのは学校の水道水が飲めないから。きっと所沢の水道水は硬度が60以上なのだろう。そして山口貯水池の水は60以下」

「うん……その通りなの……」

 こうして林語さんの信頼を勝ち得た僕は、彼女から悩みを打ち明けられることになった。

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