第三話 林語さんの悩み
「武佐君ならボルビックの昨年のニュースを知ってるよね?」
「ああ、今までフランスから輸入販売していたキリンビバレッジが販売停止を発表した」
なんでも製造委託契約の満了が原因らしい。フランスのミネラルウォーターでありながら軟水という驚きもあって、僕はそのニュースを覚えていた。
「だからね、去年慌てて大量購入したんだけど、その賞味期限は二〇二二年なの。私には時間がない」
それにしても林語さんは何でボルヴィックに
「日本のミネラルウォーターはダメなの? 確か硬度は30から40くらいだと思ったけど」
すると意外な答えが返ってきた。
「もちろん日本の水は素晴らしくて問題ない。でもそれでは私が甘えてしまう」
そして僕の目を見ながら決意を語ったのだ。
「私は所沢が好き。だから水道水も軟水であって欲しい。ボルヴィックだって体調の悪い時はお腹がゴロゴロする。その度になんとかしなくちゃって思うようにしてるの」
と同時に「あっ」と顔を真っ赤にして、その表情を手で覆ってしまった。
大丈夫だよ林語さん。ゴロゴロなんて聞いてなかったから。女子から「ゴロちゃん」と呼ばれている理由なんて微塵も腑に落ちてないから。
正真正銘ストイックに信念を貫く彼女に感銘を受けた僕は、何か有益な情報はないかとスマホを操作する。すると所沢市上下水道局のページに興味深い説明が載っていた。
「おお、所沢市だって地下水を混ぜて硬度を下げようとしてるじゃないか」
「でも、まだ九割が荒川の水なの。その大久保浄水場の水質がネットで見れる」
言われる通りに情報を探すと、表示されたのは林語さんには厳しい数値。
「これは高い。80とか90という硬度が並んでる」
「でしょ?」
「荒川の硬度が高いのはもしかしたら上流の地質の影響なのかな?」
「そう言われてるわ」
「ならば硬度を下げるためには地下水の割合を増やすしかない。でも地下水の揚水量には限りがある」
「その通りよ。所沢の地下水って意外と素晴らしいの。硬度は50くらいで、昨年は市政七十周年記念で限定的に売り出していた。もちろん我が家でも買ったんだけど賞味期限が一年間でもう飲めなくなっちゃった……」
つまり八方塞がり。これ以上僕にはどうすることもできない。
「だからこの場所で叫んでるの。ここは東京からカメラマンが沢山来てるでしょ? 女子高生の訴えなら話題になるかもしれないし、ネットでバズれば状況が変わるかもしれない……」
最後は涙声になってしまった。ネットでバズるなんて本望ではないことは明らかじゃないか。
「週末、僕も何か考えてみるよ」
「ホント!?」
涙を拭いながら僕を見上げる彼女の瞳は夕陽にキラキラと輝いていた。だから僕は「任せといて」と言うしかなかったんだ。
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