きみいろのせかい
それから僕は、新しく何かを書き留めると赤城さんに見せるようになっていた。
彼女はいつも喜んで目を通してくれる。
それが何だか、嬉しかった。
人に見せるために書いていたわけではなかったのに。
赤城さんに共感してもらえたことが嬉しかった。
僕が書き留める内容には変化が生まれていた。
今までは、自分の思いや考えといった、内に留まって完結するものがほとんどだった。
最近は、明確な誰かに向けての内容が多くなってきている。
誰かというのは、赤城さんしかいない。
意識しているわけではないのに、浮かんでくる言葉は赤城さんに向けてのもので。
さすがにそれを本人に見せるのは恥ずかしいので、赤城さんに向けてのものは予備のノートの方に書き移すようにした。
そうしたらいつの間にか、予備のノートは「赤城さんノート」になってしまっていた。
何だかおかしくて、ちょっと笑ってしまった。
五時間目が始まって、僕は机の中に紙片が入れられていることに気付いた。
昼休みの間中席を外していたので、そのときに赤城さんが入れたのだろう。
「緑色のノートの方は見せてくれないの?また図書室で」
緑色のノートというのは「赤城さんノート」のことだ。普段赤城さんに見せているのは、黄色のノート。
いくら何でも見せられないよなあ…。
どうしようかと考えているうちに、放課後になってしまった。
図書室に向かいながらも、どう言って断ろうかと考える。
いい言い訳が思いつかない。
図書室に入ると、もう既に赤城さんがいつもの席に座っていた。
僕が彼女の向かいの席に座ると、早速紙片が差し出された。
「緑色のノート見せてほしいな」
「ごめん。ちょっと無理」
赤城さんは少し落ち込んだような表情で「何で」と書いて差し出した。
「見せられる内容じゃないんだ」
「そんなわけない。硲くんの言葉はいつだってきれいだよ」
「そういう問題じゃないんだ…」
「どういう問題?」
赤城さんの質問に、僕は答えられない。
だって、どういう問題か言ったら、内容にも触れることになっちゃうじゃないか。
「内容の問題だよ。見せられない内容なんだ」
どうにか端的に、内容に触れないよう説明する。
赤城さんは首を傾げ、ノートにシャーペンを走らせる。
「硲くんの言葉が好きだよ」
だから、見せてよ。
赤城さんはそう言っている。
ずるい。
僕は黙って、緑色のノートを手渡した。
赤城さんも黙って、ノートを受け取る。
ゆっくりと、頁が捲られていく。
僕は何をするでもなく、ただ僕の言葉を追っている赤城さんを見た。
あまりにも真剣に読んでくれるので、自分の言葉の拙さが申し訳なくなってくる。
僕なんかが赤城さんに向けて言葉を残すなんて、すぎた真似だったのかもしれない。
赤城さんと僕以外に利用者がいない図書室に、時計の針が動く音と、紙が擦れる音だけが聞こえる。
赤城さんはシャーペンを手に取って、さささ、と何かを喋り始めた。
「これ全部、私に向けて?」
僕は頷く。
赤城さんの顔を直視できない。
「全部素敵だね。ありがとう。とても嬉しい」
言葉が一枚追加される。
「硲くんが好きだよ」
一瞬、意味を理解できなかった。
「言葉が、ではなく?」
僕の問に、赤城さんは頷く。
嬉しいのか恥ずかしいのか、僕はよくわからずに、机に伏した。
目のやり場に困っていたし、顔を見られたくなかった。
しばらくして頭が冷えてきたところで、顔を上げた。
すると、赤城さんの言葉が目に入った。
「もう少しで私の誕生日なの。詩を作って欲しいな」
彼女はにこにこと笑みを浮かべていた。
「詩で、いいの?」
「とってもとっても想いを込めて作って」
「わかった。頑張る」
詩なんかでいいのかな、と思ったけれど。
甘く見ちゃ駄目だ。
赤城さんは、普段読んでいる僕の詩の、数段先を求めている。
想いを込めて、と言われているからには、赤城さんに向けてのものを作らなければ。言われなくてもそうするけれど。
赤城は僕に「赤城さんノート」を差し出した。
頁が開かれたままになっている。
同じような景色広がる色の中に
きみの色だけが浮いていた
いつだって同じだったような「今日」が
たしかに違うせかいに変わっていく
虹色に輝いたなんて嘘は言わないけど
少し鮮やかになったのは本当だよ
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