三十か月経っても産まれない子(巻五「女不義方便ある事 おんなふぎてたてあること」)

 尾州びしゅう名古屋なごや本町ほんまち小刀屋こかたなや七兵衛と云う者は、ひどく患った際に、召使いの下女に五十日ほど昼夜寝ずの看病をしてもらった。

 その後、無事に恢復した七兵衛は考えた。

「己は色を好む性格でもない。たとえ見目容貌かたちが優れていたとしても、思いやりがなければ、どうして添い遂げることができようか。そうであれば、妻として迎えるのに、あの下女の思いやりを措いて他にはあるまい」

 こうして、下女を吾が仏と崇め、夫婦の語らいをすることとなった。


 それから二、三年後、七兵衛は再び病の心地がしたので、家財を残りなく妻に譲り、とうとう身罷った。

 七兵衛の死の直前、妻は妊娠している旨を夫に云い聞かせていた。


 後家となり、三十か月が過ぎたが、女はまだ腹が膨れたままに見えた。

 ここで女の容貌についてだが、額が突き出ていて、片目は白く濁り、頬は秋山の枯葉色をしていて、まさしく顔であった。

 七兵衛の住居の向かいには、周囲の人々にひどく嫌われた寡男が住んでいた。

 七兵衛存命の折から、彼の住居に親しく出入りをしており、彼の妻と密通していたのだ。

 そして夫の没後、蓼喰う虫か、財産目当てか、男は後家の後添えとなった。

 女は子を孕んだ際の対策として、前もって妊娠したかのように腹を膨らませておいたのであった。

 二人は始めこそ忍んでいたが、後には人目もはばかることなく、仲睦まじい様子を晒していた。


 本当に女ほど信用できないものはない。

 七兵衛は貞節な女だと思ったからこそ、見た目で選ばずに妻と定め、多くの財産をも譲ったというのに、その恩も忘れて色気を出し、自分の好む道に要らぬ謀り事を巡らせた、信夫摺しのぶずりの乱れ合った心根は非常に嘆かわしいことだ。


 子を多く儲けたからと云って、女に心を許してはいけないと昔の人は云ったとか。

 女性の云うことを深く信じるものではない。

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