夜這いに行ったら母だった(巻五「女男に恥辱をあたふ事 おんなおとこにちじょくをあたうこと」)
江戸木挽町三丁目に、ある若い男が母親と暮らしていた。
母が召し使っている下女が可愛らしいので、
「夜になったらこっそり逢いに行くよ」
と男は下女を口説いた。
母親は寡であれば、夜はいつも下女を近くに寝かせていた。
その夜、下女はいつも自分が寝ている場所に母親を寝かせて、自分は別な場所で寝た。
男はそうとも知らず、こっそりと母が寝ているところへやって来て、
「行く末までもこの想いは変わらないよ」
などと囁いてきたので、母は、
「思いもよらず、もっての外の、
そう正気づいて全く物も云わず、ただ熟睡しているふりをして対応した。
翌日、下女は嘲笑しながら、
「昨晩はどうして来てくださらなかったのですか」
さも恨み言を云うふりをした。
「昨晩、
男がひそひそ声で答えると、下女は食い気味に、
「いえいえ、昨日そこで寝ていたのは貴方の母君ですよ」
そう云った。
「云われてみれば昨晩の様子には思い当たる節がある。己はなんと恐ろしい誓言を立てたのだ。面目がない」
男はすぐに家を出て、落髪し、行方を晦ませた。
そして高野山に上ると、一心不乱の道心となったということだ。
過剰なくらい
若い身の上が女に夜這いすることは、かつては珍しいことではなかったらしい。
この下女の心根が
「外面は菩薩に似るが、内面は夜叉のごとし」
そう云って仏も恐れたと云われているのはこのことだ。
誠にこのような邪悪なことをして、一体どんな益があるというのだ。
ああ、恐ろしい、恐ろしい。
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