後妻を喰い殺した死霊(巻四「死霊後妻を喰殺す事 しりょうのちつまをくいころすこと」)
三河国の鈴木何某と云う者の妻は、夫に妾がいることを深く妬み、それが元で終には患いつき、身罷った。
その四十九日も終わらぬうちに、夫は妾を家に引き入れて、憚る所もなく振舞っていた。
そのようであるから、先妻のことを思い出すこともなく、坊主に頼んで供養することもなく、過ごしていた。
先妻の乳母も家にいたが、秋の末つ方、小雨がしめやかに降る中、することもなく退屈なので機を織りながら、庭の柿の木に実が盛んに成っている様をうち眺めていた。
「去年までは奥様はご存命で、あの庭の柿を愛でておりましたのに、儚き世の習いとて、あの日々も夢のようになってしまうとは」
乳母は物思いに耽り、目に涙を湛えた。
ト、生前と少しも違わぬ姿で先妻が庭に立っているのが見えた。
「なんと恐ろしいことでしょう」
乳母は目を覆い、念仏を唱えた。
先妻は機の前の、管を浸し置く用の水をごきゅごきゅ飲んでいる。
乳母は血の気が引き、身が冷たくなっていくのを感じた。
壁一枚隔てた部屋では、今の妻が昼寝をしていたが、乳母に二声三声呼びかけられたので、目を覚まして見れば、先妻の幽霊が柿の木の陰に立っているではないか。
先妻は鉄漿を塗った歯を覗かせ、唇を動かして、ニイと笑うと、雪に水を注いだように消え失せた。
乳母が急ぎ、機小屋から降りて、今の妻の部屋へ行って見れば、喉を食い破られ、真っ赤に染まって死んでいた。
誠に恐ろしい亡魂である。
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